※捏造


 時々だけど。本当に時々だけど僕は黄名子のことを困った子だなあと思うことがある。だって彼女はこれっぽっちも僕の予想の範疇に収まってくれないから。
 例えば僕が前を向いていると、黄名子はきまって背後や真下とか僕の死角から飛び出してくる。そんな感じ。絶えず僕の心臓を脅かそうと隙を窺っているのかもしれない。僕が病床の身であることを知りながら。そのことを冬花さんに打ち明けたところ「穿ちすぎよ」と笑われてしまった。穿つとはいったいどういう意味かわからなかったけれど、彼女が僕の意見に賛同してくれていないことは明らかだったので「そうだろうか」と納得したふりをした。
 黄名子の目的は何であれ、底抜けに明るい性格は病院の白には鮮やかに映えて映った。雰囲気に合っているかというとまた疑問なんだけども。彼女が何処かを悪くしているようには見えなかったし、誰かを見舞う気遣わしげな表情を浮かべたこともなかったように思う。どうして僕と黄名子が出会うに至ったのか、いつかこの病院の七不思議に名を連ねるんじゃなかろうか。そのことを冬花さんに打ち明けたところ「飛躍しすぎよ」と笑われてしまった。僕はまた「そうだろうか」と納得したふりをした。
 黄名子の最近の楽しみが、如何に僕の意表を突いて登場するかであることは病院内ではなかなかに知れ渡った事実となっていた。一度窓の外から飛び込んで来た時は凄かった。這い登って来たのではなく、本当に飛び込んで来たのだ。もしも僕の病室が最上階にあったら屋上からロープを吊してターザンみたく飛び込んで来たかも知れない。下手をすれば命に関わる行為を、冬花さんたち大人は凄く怒った。僕も少しだけ、自ら進んでその健やかさを損なう振る舞いは止めて欲しいと釘を差した。黄名子は目に見えて肩を落としてしまったので、僕はもう何も言えなくなってしまった。今にも泣き出しそうな女の子を執拗に糾弾するには、僕は父性に欠けているらしい。それは当然のことだろう。黄名子と僕は同い年なのだから。
 女の子にしては珍しく、黄名子はサッカーをプレイすることが好きだった。僕らが仲良くなったきっかけは、やはりサッカーだった。女子選手は公式大会であるホーリーロードには出場出来ないから、僕の学校が本戦に出場する強豪校であることを彼女はとても羨ましそうにしていた。

「うちも今度から雷門の生徒になってサッカー部に入るんよ!」

 ある日黄名子は嬉しそうに僕に報告してくれた。雷門に入ってもやはり公式大会には出られないだろう。けれど一度対戦した彼らの顔を思い浮かべると、彼女はとても素晴らしい選択をしたのだと思えた。真っ先に過ぎった天馬と毎日サッカーが出来るのならば、今度は僕の方が少しだけ羨ましくなる。けれど口にするのは悔しくて、黙っていた。
 意表を突くためか、単純に自分が楽しいからなのか、黄名子は僕が先生の診察を受けて留守にしている間に病室に潜り込んでいることがある。勝手にベッドにまで上がり込み、気持ち良さそうに眠っていたこともある。時には弾力のないベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねていたし、下に潜り込んでそのまま居眠りをしてしまったこともある。いきなりベッドの下から鈍い音がして、頭を押さえながら黄名子が這い出てきた時は本当に驚いた。
 そして今日の黄名子はまたしても僕が病室を開けていだ間に布団を端に押しやって、ベッドの上にわざわざ持ち込んだらしきボード型の人生ゲームを広げて駒までスタート地点に準備して待っていた。僕に付き添ってくれていた冬花さんは、呆れた顔で息を吐いて「はしゃぎすぎないでね」と釘を差して仕事に戻っていった。僕はまだ彼女の行動に乗っかるかどうか決めかねていたのだけれど、冬花さんにはこの先僕がどうするかは当然のように決まっていたらしい。

「それ持ってきたの?大変じゃない?」
「ふふん、頑張ったやんね!そこに座って!太陽からスタートするやんね!」
「うん」

 突飛なことに対する耐性がついてしまったことを嘆くべきか、断るという選択肢を与えない辺りが黄名子の強みだろう。
 億万長者を目指して旅立つ車の駒に人を模した棒を突き刺していざ出発。正直僕は億万長者よりサッカー選手になりたいけれど。職業のマスを見てもどうやらスポーツ選手の選択肢はないらしい。結果によって年俸も違えば扱いが難しい。何てあれこれ考えていたら僕はゲーム内では低賃金の頂点サラリーマンになっていて黄名子は弁護士だった。給料の格差もそうだが実際には有り得なさそうな就職に僕は思わず声を上げて笑ってしまっていた。黄名子はそれを、僕が人生ゲームを楽しんでいるからだと思ったのか深くは追及してこなかった。

「これ、人生ゲームって言うかお金を稼ぐゲームだよね」
「確かにそうやんね」
「人生それだけじゃないはずなんだけどなあ」
「ふむふむ、例えば?」
「僕の場合は…そうだな、取り敢えず健康的な体かな」
「それはもうすぐ叶うやんね?」
「うん。それじゃあやっぱりサッカー。このゲームにはどう足掻いてもサッカーを挟み込めないから味気ないね」

 つらつらと言葉を紡ぎながら、僕はルーレットを回す。駒を進めると強制ストップのマス。どうやら就職の次の舞台、結婚を強いられる時が来たようだ。出来ればもっと華々しい恋愛を経験したかったが、位置の決まったこのマスが連想させるのは型にはまったお見合い結婚だった。車にもう一人分の棒を差す。黄名子は実際僕が結婚するとしたらどんな人だろうかとあれこれ言葉を並べ立てている。「サッカー選手になってたら綺麗な女子アナさんとかと結婚してるかもしれないやんね!」と若干興奮気味に身を乗り出してくる彼女に僕は若干気圧され気味で、曖昧に頷くことしか出来ない。内心ではそれは野球選手くさいのでモデルさんあたりが良いなあなんて思っていたりする。我ながら現金だ。
 二人ぼっちの人生ゲームはやっぱり淡々と味気なく、嫌がらせのマスに当たってしまえば強制的にお互いが対象になってしまうため気まずい。借金はしないで済んでいるけれど、いつの間にか四人も生まれてしまった子どもを養うためにはいったい僕はいつまでどれだけ働けばいいのだろう。盤上でサラリーマンの僕の人生は幸せだろうか。真剣に考えれば考えるだけバカバカしいとは知りながら、それでも想像を仕舞えないくらい僕の病室での生活には娯楽が少ない。そういう意味では、心底はしゃげるようなゲームではないとしても黄名子の気遣いは単純に嬉しかった。彼女だって、こんなゲームよりもサッカーをしていた方が何十倍も楽しいに決まっているのに。だから今回の黄名子の行動はどこまでも僕の為で、だけどそれを彼女は自己犠牲の精神だとは微塵も思っていなくて。そんな風に振舞えることが、友だちになるということなのかもしれない。

「おお!株で大儲けやんね!……株って何なん?」
「うーん、簡単に説明するのは難しいね。学校で社会の先生に聞いた方がわかりやすく説明してくれると思うよ」
「そんなこと言ってえ、太陽も知らないんと違うの?」
「黄名子だって知らないんだろう?」
「じゃあ太陽は知ってるん?」
「知らない。でもたぶん株はサッカーとはあんまり関係ないと思う」
「それなら別に問題ないやんね!」
「うん。あ、黄名子その儲けで借金完全返済出来るよ」
「ホント!?やったあ!」

 僕に比べて若干波乱を含んだ人生を進む黄名子は少し前に事故を起こしてその保障の為に借金を背負っていた。生憎ゲームに保険というシステムはついていなかった。今回の株で儲けた分を、借金返済を終えた黄名子はこれが第二のスタートだと言わんばかりにテンションが高いゴールから逆算すればもう人生の後半に差し掛かっているのだが。
 結局、二人きりの人生ゲームには僕が勝利した。勝利といっていいのかはわからないが、ゴールの億万長者のマスに辿り着いたのは僕が先で、手元のお金の残金も僕の方が多かった。黄名子は最後にまた借金を背負うという暴落に肩を落としながらゴールした。ゲームだからと励ますと黄名子にしては珍しく悲しげな声で「実際にこんな人生になったらどうしよう」等と呟くものだから、僕は目を見開いてまじまじと彼女を見る。いつもひまわりみたいに元気な彼女が、動物だったら耳と尻尾を落ち込みで垂らしているような姿。

「……大丈夫だよ。何度も言うけど、これはゲーム」
「…うん」
「大体黄名子弁護士になったのに借金まみれとかちょっと想像つかないでしょ」
「んー?」
「黄名子に弁護士は無理だね。それに僕もサラリーマンじゃなくてサッカー選手になりたい」
「おお!ウチも!」
「でしょ?」

 将来はサッカー選手という言葉に反応して、黄名子は一気に頬を紅潮させてはしゃぎだす。やっぱり、僕たちにとってサッカーは驚くくらいの力を持っている。
 その日、黄名子はそのまま人生ゲームを仕舞って帰って行った。なんと、紐で背中に括って運んできたらしい。そんな苦労をしなくとも、もっと小さい双六等を見繕ってくれれば良かったのに。思ったけれど、言わなかった。
 黄名子が帰ってから検温に来た冬花さんは「盛り上がってたわね」と少しだけ的外れなことを言った。僕は「そうだろうか」とよくわからないという返事をしたけれど、内心ではどうして騒いでいたわけでもないのにわかってしまうのだろうと疑問に思っていた。
 時々だけど。本当に時々だけど僕は黄名子のことを困った子だなあと思うことがある。だって彼女はこれっぽっちも僕の予想の範疇に収まってくれないから。ただのゲームだよと言いきったのは僕の方。だけど気付いてしまったんだ。ただのゲームで進める人生があんなにも味気ないのは、きっと黄名子みたいに突拍子のない行動で僕を驚かせて呆れさせて喜ばせてくれる子がいないからなんだって。
 本当に、菜花黄名子は僕を困らせる名人だ。



―――――――――――

野生の女の子
Title by『にやり』




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -