※下品
※拓茜+蘭



 女の子みたく可愛らしい顔をしている霧野君でさえ夜な夜ないやらしい雑誌や映像を餌に自慰に明け暮れているのかしら?
 もしそうだとしたらちょっぴり悲しい。茜はそんな風に思いながらも、そういえば霧野君は男の子だったと思い出す。そういえばと前置きするまでもなく立派な男の子だと蘭丸は言い募るのだけれど、茜は彼を頭の天辺から爪先まで視線を滑らせてからわざとらしく小首を傾げて見せる。ふわりと揺れるツインテールがあざといわ、微笑めば蘭丸も笑う。口端を釣り上げるだけの笑みは好きじゃない。だって蘭丸が男の子みたいに見えるから。
 保健医のいない保健室はイケないことをする為にあるだなんて本気で思っているのだろうか。だとしたら、それは漫画の読みすぎだと茜は思う。二つ並んだパイプベッドの片方、衝立で仕切られた奥。教室が内側から鍵を掛けられることは知っていたけれど、保健室も同じように内側から鍵が掛けられることを知ったのはつい最近のこと。今、校舎内で本当に具合の悪い人が居てもこの保健室に入ることは出来ない。きっと扉には保健医からの伝言と称して具合が悪い生徒は担任の先生に相談してねだとか、自分の存在価値を揺るがす言葉が綴られているに違いなかった。この保健室は今蘭丸によって占拠されてしまっている。人質は茜ひとり。質というより宝そのものなんだけどと言う蘭丸の言葉は褒め言葉ではないので鵜呑みにしないように。

「霧野君はエッチなことばかり考えてるの?」
「四六時中じゃない。でも考える時は全力で考える」
「男の子ってみんなそうなのかな…」
「お前が想像してるほど神童は清らかじゃないぞ」
「うるさい」

 こんなエッチなことばかり考えている人に気持ちを読まれてしまうことが悔しいので、茜は手近にあった枕を投げつけた。保健室のベッドは何故か小さくて固い。具合の悪い生徒を癒すためにも、もっと大きくてふかふかした物に交換するべきだ。蘭丸は至近距離から飛んできた枕を難なくキャッチして膝の上に落とした。蘭丸がベッドの中央にあぐらをかいている所為で、先に横になっていた茜は足を延ばすことが出来ない。
 茜は別に神童に性欲がないだなんて微塵も考えていない。彼だって人の子で人の親になる可能性を持っている。大人の男女が結婚すればある日ひょっこり子どもがやってくる幻想はいつの間にか当たり前のように消えている。保健の授業で習うセックスと受精の仕組みは拙い図説ではどうにもわかりにくかった。「じゃあ実践するか」とほざく蘭丸の鼻を摘まんでやった回数は今となってはもう数えきれない。彼の見た目に騙されて可愛らしいなんて印象を抱いている人間は即刻その情報を削除するべろう。

「神童と俺はあまり好みが被らないからアイツがどんなのをネタにしてるかは知らないけどさ」
「知る必要ない」
「山菜の写真とかだったらどうする?」
「今すぐシン様の前で脱いでくる」
「マジか。それが俺だったら?」
「水鳥ちゃんに頼んで股間潰して貰う」
「この差は?」
「愛」
「ふうむ、」

 茜の淀みない神童への愛の宣誓に、蘭丸は腕を組んで考え込む体を取った。真面目そうに見えて、悩んでいる内容なんてくだらない。彼女でもない同級生の女の子を前にして「君をおかずにして抜いてもいいですか」とか、どうぞとでも言うと思うのか。しかし言うかもしれないのが山菜茜である。勿論、相手が神童拓人であった場合のみ。
 茜は先程投げつけた枕を回収し、本来の場所に戻して横になった。身体を伸ばして眠るには蘭丸が邪魔だったので、横向に小さくうずくまる体勢だ。もう君の相手などしてあげないよという茜の態度に、蘭丸は不満げに彼女を揺すった。眠るつもりはなかったけれど、随分鬱陶しい反応だった。

「疲れてるんだからやめて」
「大丈夫大丈夫」
「何で霧野君が言うの」
「どうせ初めてじゃないんだろ」
「………」
「いつも学校でヤってんの?」
「内緒」
「ふーん」

 蘭丸の言い方は嫌らしいと思う。対象を伏せておけば此方が淡い期待を抱いて誤魔化そうとすると思ったのか。追い詰める快感はそれを好む性癖を持たない茜にはわからないけれど。蘭丸は虐める側と虐められる側だったら何となく前者のように思えた。こんな顔をしているのに不思議だ。
 戸締まりはきちんとしていたはずなので、蘭丸が自分たちのしていたことを逐一観察していたわけではないだろう。けれど痕跡やら気配やら、感づかれる要素もあったのかもしれない。保健医不在のプレートを掲げて施錠されているはずの保健室から神童が出て来て、更に室内には茜がひとりベッドで横になっているのだから、性への妄想勇ましい蘭丸ならば状況証拠を見事真実へと繋ぎ合わせたに違いない。
 尤も。神童と茜が保健室でセックスしていたことを突き止めた所でどうにもならないとは思うのだが。
 いつも学校でセックスしていらかというといつもではなく大半だ。元来生真面目な神童は茜への負担を思いやる面とリスクを避ける面から両親が出掛けている間の彼女の自宅だったり隣町の締まりの緩そうなラブホテルだったり兎に角寝具の上での情事が好ましいようだ。けれどそれは優先事項ではないようで、身体が反応してしまえばその瞬間神童は茜に手を伸ばす。だから茜は、神童に性欲がないだなんて微塵も考えていないのだ。案外蘭丸よりも性に旺盛な思春期なのかもしれない。自分も含めて。

「山菜って神童と付き合ってたっけ?」
「どうでしょう?」
「うわ、不健全だな」
「体にモヤモヤを貯めない健全なお付き合い。私はシン様が好きで、シン様も私のこと好きって言ってくれたよ」
「何だ、普通に両想いじゃん」
「だけど部活忙しいから、セックス以外に付き合ってるようなことしてない」
「そういうもんなの?」
「私たち、エッチなのかなあ」
「年頃だしな」
「霧野君が言うと言い訳くさいね」
「おい」

 布団を口元まで被ったままくすくすと声を出して笑う。室内で繰り広げられているのが情事にしろ談笑にしろ誰かに中に人がいることを知られては面倒だから、静かにしているに越したことはない。これまでの品のない会話で声のトーンを気にしたりは一切しなかったので今更だ。
 セックスを終えてからまだ一時間も経っていない部屋で、こうして蘭丸と話し込んでいることを知ったらきっと神童は驚くだろう。換気扇の効力がどれほどのものか、室内に残っている茜にはよくわからなくて、正直蘭丸が保健室に入ってきたときは内心焦った。口を突いて飛び出す言葉が卑猥な部類のものばかりで、警戒するだけ無意味だなと悟った。茜が厭う真面目な説教だけはしないと確信出来た。
 ベッドで眠りながら余韻に浸るつもりでいた茜には、蘭丸が侵略者であったことには変わりない。太腿を擦り合わせると、今でも神童と繋がっていた感触が蘇ってきて子宮が縮まるような気がした。最中はいつだってもう無理と懇願するように絶頂を迎え整わない呼吸のまま倒れ込むというのに、少し時間が経つと直ぐこれだ。性欲には際限がないのだろうか、これが茜の最近の疑問。保健の教科書には生憎限界値という記述はなかった。

「――山菜、神童のこと考えてるだろ」
「…わかる?」
「バッチリ顔に出てる」
「本当に気持ち良かったんだよ?」
「あーもうさっきから山菜の発言が地味にショックなんだけど」
「どうして?」
「だっていっつもカメラ構えてぽわぽわしてると思ってた山菜ががっつり経験済みとかさ…」
「私が霧野君こんな可愛いお顔してるのに毎晩自慰してるのかと思うと何だか悲しくなっちゃうのと同じ感じ? 」
「いやそこはほっとけよ」

 うなだれる蘭丸を、茜はちらり視界の端に捉える。大袈裟な表現で心底落ち込んでいるわけじゃない。身近な人間一歩先に進んでしまったかのような落胆。けれど蘭丸ならば何も焦る必要はないだろう。何度も言うが彼の顔は可愛らしい。中身には一切触れないが、顔は本当に可愛らしいのだ。これなら蘭丸がその気を維持しながら妥協を覚えさえすれば男女問わず何人か引っ掛かるだろう。

「そうだ霧野君、もし保健室でするならきちんとゴムつけて、ベッド汚さないようにね」
「何で?洗濯機あるじゃん」
「洗剤がきれてるからあんまり汚れ落ちないよ」
「へえ、覚えとく」

 その内保険委員辺りが備品として補充するだろうけれど念の為。
 そして茜は段々と眠気に襲われ始めた。目蓋を閉じればやはり数十分前の神童の温もりが思い出される。もう一度保健室に戻って来て抱いてくれたら良いのに。思うけれど、神童のクラスは自習の時間がないから無理だ。彼は授業の欠席を好まない。茜の前にいる蘭丸は現在進行形で授業をエスケープしているが。自分も男性教諭に対する絶対呪文「生理痛」を盾にここに居座っているので偉そうなことは言えない。

「しっかし、保健室ってやっぱイケないことしちゃう場所だな」
「それは漫画の読み過ぎ」
「実際してたのお前らじゃん」
「セックスはイケないことじゃありません」
「ほう?」

 ぴしゃりと言いきった茜に、蘭丸は感心した様子で何度も頷いていた。何も大したことは言っていないのに。
 しかしまあ、何度も交わってその快感に従順過ぎる私たちはきっとイケない子なのだろう。それでも誰にも怒られなことも知っているので、茜は誰に気後れすることなく今度こそ目を閉じて蘭丸の声を遮った。
 寝てる間にいかがわしいことしたら本当に水鳥ちゃんに股間潰して貰うからねと忠告することも忘れずに。



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純粋培養の知識
Title by『にやり』




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