寂しそうな背中を見つけると放っておけない。それが菜花黄名子の性分だった。楽しいことが大好きで、笑っていることが幸せ。黄名子がそんな気持ちにくるまれる最たる象徴がサッカーだったりするのだが、勿論地球人類に自分の法則が当てはまるだなんて思ってはいない。けれど、今黄名子の前で寂しそうに背中を丸めている彼にならば同じことが言えるのではないかと、そう思った。だから黄名子は、寂しそうな背中を見つけると放っておけない。
 雨宮太陽は、黄名子が彼の入院していた病院で知り合った友人だ。一緒にサッカーをしたことは残念ながらないけれど、二人を友人として結び付けたのは間違いなくサッカーだった。暫く会わない間に無事完治して退院していたらしく、雷門に合流しエルドラドとの闘いに協力を申し出てくれたまでは良かった。雷門のみんなは太陽を好意的に受け入れてくれたし、彼も新たな力を得たことでよりチームに馴染んだように思っていたのだが。
 背後から、足音を忍ばせて太陽に近付いていく。覇気のない背中に活を入れる為に勢いよく飛びつく。反射的に上がった悲鳴が思いの外情けなくて、黄名子も驚いてしまった。余りのことに、何だかとてもいけないことをしてしまったような気持ちになってしまう。引っ付いていた背中から離れて正面に回り込み、顔を覗いて謝れば事態を把握した太陽も自分の取り乱し方が大袈裟だったことを察して恥ずかしそうに微笑んだ。

「太陽どうしたん?背中に元気なかったやんね!」
「そうかな?そんなつもりはなかったんだけど…」
「あった!だからうちの元気パワー注入してあげなって思ったんよ!」
「そっか、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして!」

 笑い合う二人の周囲には温かな空気が漂う。黄名子の言葉通り、引っ付いた背中越しに彼女から元気パワーを貰ったのか、しかし無言の微笑みが永遠に続くはずがなく。ふ、と笑みが途切れた瞬間、太陽は黄名子が飛びつくまで見つめていた方向に再び視線を向けて、直前と変わらぬ光景が広がっていることを確認して溜息を吐いた。
 真正面から太陽の表情の変化を見つめる形になった黄名子は、一体どうしたことだと彼の視線を追いかけた。そこには黄名子も大好きな天馬や葵、信助や剣城が何やら固まって盛り上がっていた。特別何かを話す為に集まった訳ではなく、偶然進行方向が同じだったとか、用はなくとも見かけたから近寄ってみたり引き寄せてみただけの集団だろう。それでも天馬が中心にいればそこに葵がいること、信助がいること、剣城がいること、その全てが当たり前のように映り込む。彼らは仲が良いから、だからいつだってその面子で一緒にいるのだと錯覚するくらいに。実際には、仲が良いことは事実だとしてもそこまで排他的な集団ではない。だから、この場に放っておけない太陽がいなかったとしたら、黄名子は迷うことなく天馬たちに向かって駆け出していたことだろう。普段から忙しなく動き回り予測不可能に飛び出してくる自分を、彼等は笑顔ひとつで輪の中に加えてくれるに違いない。
 天馬たちを見つめていた視線をもう一度太陽に戻す。彼はまだ仲睦まじい彼等に視線を送り続けていて、その瞳には黄名子が先程彼の背中から感じた寂しそうな色がゆらゆらと浮かんでいる。背中ではないけれど、見つけてしまったから黄名子には放っておけない。

「…太陽、キャプテンたちがどうかしたのん?」
「え…いや、別に?」
「たーいーよー!」
「うっ…、本当に大したことじゃないんだけど、」
「ふんふん」
「あそこ、いっつも本当に仲良いなあって」
「知らなかったん?」
「天馬がよくお見舞いに来てくれた時に聞かせてくれてたから全く知らなかったわけじゃないよ。でも実際目の当たりにするとやっぱり毎日同じ学校に通ってるだけあって、何て言うか、その…」
「――寂しい?」
「………、うん。そうだね、僕は寂しいんだと思う。ピッチの中では対等で平等だから、仲間として認めて貰えればそれだけで充分満足なプレーが出来るよ。でもそこから離れると、やっぱり元々雷門の生徒じゃない僕には敷居が高いって感じることも多いんだ」
「…今はウチが傍にいるやんね?」
「でも黄名子だって元から雷門の選手じゃないか。やっぱりちょっと違うよ」
「違くないよ」
「え…」
「だってウチ、忘れられてたもん」

 最近ではチームに溶け込んで忘れていた悲しみが、言葉にしたことで少しずつ表面に滲み出して来る。太陽が感じている寂しさは、これまで一対一でしか向き合ってこなかった友人がその他大勢とも笑い合っていることからくる疎外感であって孤独ではない。けれど黄名子にある日を境に突然降りかかった寂しさの名前は孤独だった。昨日まで自分に友好的に接してくれていた人が、また明日ねと手を振った人が、翌日顔を合わせた時には綺麗さっぱり自分のことを忘れてしまっていたことへの悲しみ。衝撃と傷みは簡単には消え去ってくれなかった。笑顔で数々の誤差を指摘し修正しながら、黄名子はいつだってどうしてと泣き叫びたかった。けれど相手に悪意も過失もないことは明らかで、彼女は被害者だったが加害者を設定することは難しかった。ひどいことをされたと嘆けても、黄名子が天馬たちを嫌いになれるはずがないのだから。
 次々と思い出す楽しかった記憶と、それらはもう忘却の彼方だという事実が黄名子の表情を曇らせる。もうこれ以上はと繋ぎ止めるように、いつの間にか太陽の手を握っていた。太陽は少しだけ驚いたけれど、黄名子の沈みきった様子が気掛かりでその手を握り返した。断片的な言葉では、黄名子の気持ちを正確に推し量ることは難しい。
 けれど話には聞いている。菜花黄名子は、天馬たちが戦国時代にタイムジャンプしていた間に生まれたタイムパラドックスの一つらしいということ。サッカー禁止令が出るよりも前に病院で彼女と知り合った記憶を持つ太陽には俄には信じられないこと。実際天馬たち戦国時代に出掛けていた人間以外には最初から黄名子が雷門に在籍していた記憶があるのだ。しかし天馬やフェイからすればだからこそなのだろう。黄名子の人懐っこさと実力は戸惑う彼等にあっさりとその存在を認めさせたし、初めこそぎこちなかった呼称だとか態度も次第に緩和されて太陽の感じる元通りになっていったので、彼女ももう突然生じた異変のことなど気にしていないものとばかり思っていた。しかし実際は、奥に奥にと仕舞い込んでいただけ。太陽がサッカーをしている間は大丈夫と寂しさを誤魔化すように、黄名子は恐怖を隠している。

「…僕は黄名子を忘れたりしてないよ?」
「…うん。でもわからんやん?タイムジャンプして帰ってきたらまた誰かウチのこと忘れとるかもしれないんよ?だから、だからウチは絶対タイムジャンプするメンバーに選ばれたい。そうすればタイムパラドックスとかいうんが起きても影響されんのでしょ?」
「うん」
「太陽も絶対ウチとタイムジャンプしてくれる?」

 いつの間にか、励ましを必要としているのは太陽ではなく黄名子になっていた。不安げに茶色の丸い瞳を揺らしている。繋いでいる手とは反対の空いていた片方の手は太陽の上着の裾を握りしめている。
 きっと此処で、太陽が未来のことを確定的に断言することは出来ないと小さな黄名子を突き放すような答えを選ぼうものなら、彼女はきっと泣いてしまうだろう。わんわん大声を上げて、寂しいのは嫌だと、忘れられるのは嫌だと泣くだろう。そして太陽は、そんな彼女に釣られて泣くだろう。彼もまた、寂しいのは嫌なのだ。
 しかし実際太陽はそんな非情な人間ではなかったので、繋いだ手から少しでも彼女を安心させるパワーが伝わることを願って痛がらせない程度に力を込める。それから出来るだけ自然にと不自然なまでに意識しながら微笑んで、言うのだ。

「僕はこの先も黄名子のこと忘れないよ」
「……ホント?」
「うん、好きな人のこと忘れちゃうなんて悲しいこと、絶対しない」
「―――!太陽、ウチのこと大好きなん!?」
「だ…、いや、うん僕は黄名子が大好きだ!」
「ウチも!ウチも太陽大好き!これって両想いやんね!」

 黄名子のご機嫌な反応に、正直太陽はあっさりと形成をひっくり返されたかのように呆気に取られていて情報の処理が追いつかない。正確無比が売りのMFであるはずなのに情けない。そう思うこと自体がもはや逃避である。
 大好きと大好きの応酬に、混乱している太陽は勿論感激しきりの黄名子ですらそれが友情か恋情かの区別はついていないのだ。そしてそれは彼女に言わせれば大した問題ではないのだろう。少なくとも、今現在では。
 喜びの余り正面からも恥じらいなく太陽に抱き付く黄名子の愛情表現と、事の発端は自分の発言だから責任を取って黄名子をお嫁さんにしなければならないのだろうかという太陽の思考の暴走は、二人の姿に気付いた天馬たちが「何いちゃいちゃしてるんだ二人ともー!」と突撃してくるまで続くのであった。
 全く、おちおち寂しがってもいられないチームである。



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愛してもらえなくなったらこの世の終わり
Title by『にやり』




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