※生徒会パロディ
※高校生


 生徒たちからの陳情、各部活からの今年度の部費出納の内訳、委員会毎の活動報告、各教室の備品の具合チェックなど、生徒会らしい仕事もあればそれは余所に回していただきたい仕事まで、生徒会の業務は常日頃手いっぱいの状態を維持しているのが現状だった。会長副会長書記会計庶務と最低でも五人のメンバーで構成されているとはいえ人手不足は否めない。そうであるにも関わらず、連日生徒会室に姿を現しているのが会長である剣城京介と庶務である空野葵だけであることを不満に思っているのはどうやら庶務一人だけであるらしい。会長である剣城は、所狭しと会長の机に置かれた書類に目を通しては必要なサインや印鑑を押して手際よく作業を進めている。葵は今自分の手にしている書類を会計に回すか、今ここにいないのだから自分で処理しても構わないだろうかと悩んでいる所である。役員としては、剣城も葵も非常に優秀なので寧ろ仕事が捗っているような節がある。
 葵の所属する生徒会は、基本的に立候補者が一つの役職に重複しなければ無条件で承認される。立候補を優先し、募集期間内に立候補者が現れない以外では推薦も行われない生徒の自主性を重んじるという耳触りのいい言葉に肯定された効率を優先したシステムで構成されている。昨年度の生徒会役員が揃って引退を表明し、立候補者募集のポスターが学校中の掲示板に貼り出された矢先、葵は自分には無縁な世界の話だと一瞥をくれることもなく掲示板の前を通り過ぎていた。会長と副会長職は直ぐに立候補者が現れて承認され、次いで書記と会計も承認された。だが最後の一枠である庶務だけがなかなか決まっていないということを担任から朝のHRで聞かされた。やはり他人事だと聞き流し、字面からして雑用係という雰囲気に人気が出るはずがないと失礼なことを考えながら、ベランダの手すりに留まる雀に手を振っていた。
 そんな葵を生徒会に引きずり込んだのは、いつの間にか副会長に就任していた幼馴染であった。立候補期間最終日に、葵のクラスの入り口付近で幼稚園児のように地団太を踏んで駄々をこねられては折れるしかなかった。葵が本気で抵抗すれば無理矢理立候補を薦められることもなかっただろうが、彼女からすれば自分の幼馴染が副会長だなんて重役ポジションに就いていることが既に不安の種だったのである。放っておいてはいけないという謎の義務感にかられてその場の勢いで職員室に用紙を提出してしまったものだから、追々冷静になっても取り消すことは出来なかった。

「天馬に携帯繋がらない!」
「…天馬なら今頃隣町の商業高校だぞ」
「え?――ああ、何か打ち合わせがあるとか言ってたっけ。じゃあ今日みんな出払ってるのって似たような理由?」
「そうだな。少なくとも一時間は帰らないだろう」
「うわあ、会長お茶菓子食べちゃいますか!」
「……食べたいなら別に我慢しなくていいぞ。それと、書類は汚すなよ」
「あはは、天馬じゃあるまいし!」
「そうだな」

 結局書類を処理してしまった葵は、作業開始時に目標としていた分を終えた為に一度休憩を取ることにした。他校が催す地域との交流を含めたイベントに招待されたが故の打ち合わせなど、教員間の電話連絡で済ませてくれればいいものをと思うのだが、実際交流に駆り出されるのも生徒会役員なのだから仕方がなかった。備え付けのポッドから持ち込んだお気に入りのマグにお湯を注ぐ。生徒会に巻き込んだ罰として副会長が月一で購入するココアの粉末は某有名メーカーのもので自然と消費が早い。終わったら終わったで各自家から好き勝手ココアやお茶を持ち込んでくるのだから奢り甲斐がないと嘆いた幼馴染を思い出す。中学時代はサッカー部でキャプテンを務めていたこともあるが、正直生徒会にまで手を出すとは思わなかった。身体を動かす部長というポジションと実務処理能力が求められる副会長職は人の上に立つという点では似ていても求められる力は別物だからだ。
 会長に就任した剣城も、実は葵の幼馴染に誘われて立候補したらしい。興味はあるけど一人だと友だちとの時間が自分だけずれ込んで寂しくなるなあと迷っていた彼を、会長になれば多少の問題は目を瞑って貰えるだろうかと妙な期待で以て背を押したのが剣城だった。何せ彼、学校指定の制服を着用することを入学当時から断固拒否している問題児。だがそれ以外は成績優秀品行方正、人間関係も良好で何故制服だけを譲れないのかが学校中の謎になっているくらいであった。つまり元々有名人であったため、葵も剣城のことは知っていた。話したことは一度もなく、幼馴染と彼が親友と呼ばれるほど仲が良いとは知らなかった。男の子同士の付き合いまで把握する必要はないと割り切っているので、寂しいとかそういう感情は湧いてこなかったけれど。
 同じく葵が持ち込んだマグカップで、勝手に剣城専用と決めているカップにも同じようにココアを作り彼の利き手とは逆側に置く。書類に眼を落としながら、片手を挙げて礼を示す剣城に葵も静かに頷いてどういたしましてを伝える。幼馴染を放っておけないからと飛び込んだ生徒会で、葵はどちらかといえば剣城のサポートをする機会の方が多かった。勿論庶務という肩書上、割り振られればどんな仕事でもこなすのだが。くだらない理由で生徒会長という大役を買って出た割に、剣城の根は真面目だった。次から次へと湧いてくる仕事を処理しながら、適度な切り上げ時を無視してどんどん一人背負いこもうとするので、見兼ねた副会長が「権限発動!」と選手宣誓のように挙手をしながら葵を補佐役に着けたのである。そんなものは必要ないと顔を顰めながら、葵に向かって「お前に個人的嫌悪があるとかではないからな!」とやけに必死に訴えてきた姿が可愛らしくて、つい葵も副会長の提案に乗っかってしまったのである。会長以外が出払っている状況で葵に外に出払う仕事が回ってこないのはその冗談半分の役割が考慮されているからかもしれない。一人きりにすると、涼しげな顔をして無茶をする剣城のストッパー役なのだ。
 そんな役目は必要ないと渋い顔をしていた剣城だが、いざ傍に来た葵を邪険に扱うとかそういうことはない。女の子に乱暴をしてはいけないと教え込まれているらしい。次第に仕事を頼まれるようになってきた時は、葵は素直に嬉しいと思ってしまった。信頼を勝ち取ったのだと、態度で示された気がした。生徒会役員の中で唯一自主性を欠いて当選したことなど、全く気後れにならなくなっていた。

「そういえば会長」
「―――ん?」
「明後日から風紀委員が朝校門で服装検査するみたいよ」
「…情報源は?」
「これ、先週回収した委員会の活動報告書」
「………」
「今日は作業少し残して、明日の朝早く登校する理由でも作っておけば?」
「――そうする」

 そうと決まれば、本日の作業はそれほど急がなくても良いようだ。出払っている役員たちが帰って来るまでは生徒会室に残っているつもりなのだから、それまで仕事をして尚且つ明日の朝にも簡単な作業を残しておくには今のペースでは早すぎる。完全に手を止めて、剣城は葵の置いてくれたマグを手に取り口を付ける。ココアの中では高級な部類のようだが、剣城には質の高低がちっとも味の違いに現れている様には思えなかった。葵は鼻歌を歌いながら、マグを片手にお茶菓子が仕舞ってある引き出しを漁っていた。やがて本日のお茶請けを選定した葵は剣城にも「いる?」と首を傾げて仕草で問うてきたので、頷いて返した。

「はいどうぞ、」
「悪いな」
「いえいえ、庶務の私に比べたら、会長様の忙しさは比じゃないからね。このくらいの雑用は喜んで引き受けますよ」
「茶化すなよ」
「だって剣城君ここ最近眉間に皺寄りっぱなしなんだもん。部屋の雰囲気だけでも明るくしとかなきゃ」
「――そうか?」
「そうだよ。剣城君は自分のことには無頓着だから気付いてないだけ。その分私、しっかり見てるんだから。無茶なんかさせないからね」
「…頼りにしてる」
「うん、任せておいて、会長!」

 時折、無意識なのか葵が自分のことを「会長」と「剣城君」と二通りの呼び名を用いて呼ぶことに剣城は気付いている。特別な意味はないのだろう。けれど名前を呼ばれて心配するようなことを言われてしまうと、どこかで淡い想いを期待してしまう一面があることも剣城は気付いている。男とは単純な生き物なのだと、自分で自分を嘆いてみたりして。友だち同士、巻き込み合う形で生徒会に入った友人が、幼馴染の彼女を自分の傍に置き残していくような真似をした意味も、薄々感づいてはいるのだ。他の役員と比べて、名目があるとはいえ二人きりにされる機会が多いことを、どうしてか葵の方は全く勘繰ってはいないようだが。

「――剣城君?」
「…悪い、呆けてた。何だ?」
「天馬からメールでね、相手さん当日家の学校の代表者に壇上で挨拶して欲しいんだって。教員じゃなくて生徒で」
「…俺か」
「だね。大丈夫?手が空かないなら文面考えとこうか」
「頼む。話の流れだけでいい。後は適当に膨らます」
「じゃあ明日の朝までにやっとくね」
「平気か?」
「うん、大丈夫心配しないで」

 ココアを飲み干して、葵は一度マグカップを洗いに生徒会室を出て行った。隙間々々に捻り込まれてくる仕事に、溜息を一つ。それでもやることは決まっているのだからと、剣城は先程葵に渡された茶菓子のマドレーヌを口に放り込んでまた書類を手に取った。指先についていたマドレーヌの屑で書類が少し汚れてしまったが気にしない。
 明日の朝もまた二人、この生徒会室で積み重なる一方の書類を処理することになるのだ。一枚くらい、見逃して自分を甘やかしてやっても良いだろう。ぱたぱたと廊下を駆けて近付いてくる足音だけでそれが葵であるとわかるようになっていることに、剣城は無自覚に満ちた気持ちを抱き口元を綻ばせた。




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愛を満たす過労




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