※捏造過多
※αβγが幼馴染設定
※α(→)←←←β←←γ


■■■

 無人の廊下を一人歩き続ける。唯一響くのは自身の靴底が床と当たる音。如何にそれを品よく軽やかに鳴らし続けるか、背筋を伸ばし歩くベータの機嫌は良くも悪くもない。今日はまだ誰とも遭遇していないので陶然といえば当然。心の中の自問自答で気分に浮き沈みをもたらすことも出来るけれど、ベータは基本的に自分を沈ませるような物思いに耽ることはしない。まずは自分を凛と立たせること。絶対的な存在として確立すること。そうすれば、他者の認識なんてあっという間に簡単なものとなる。要るか要らないか。役に立つか立たないか。有害か無害か。実益が先に立ってベータに他者の価値観を生み出させる。時折少しの好きか嫌いかという実益を度外視した感情論。尤も、ベータがベータである以上、マスターから与えられる任務を共にこなす以外で付き合いを持つ人間なんて殆どいない。だからそうした感情論で彼女が定めた縄張りの輪の中に好意的な感情を以て誰かを傍に置こうと意識したこともない。
 そう考えると、ベータにとっては排除すべき敵の方がよっぽど命として認識されているのかもしれない。端から自分の傍にさえいないから、好きでも嫌いでもなんでもないから、どう認識しようとベータの自由だった。好きだけど、消せる。嫌いだから、消せる。同じ結果に結びつこうとも過程が大事などとは言わないが。
 穏やかに優しくも見えるベータがそう見えること自体、彼女が彼女であることの絶対的自負だった。他人如きと見下せるから優しくもなれる。少なくとも、ベータにとって優しさとはそういう、自分本位の、他者の為になど存在しえないものだった。

「やあ、×××」

 認識できない音が彼女の鼓膜を叩いた。だが誰の声かということは認識できた。だからベータは一瞬で心を閉じた。アイツは、嫌いだ。自己防衛本能が心の扉を閉めきる。だがプライドと関係性が逃亡することを許さない。だから精一杯の不快を伝える為に、ベータは背後から話し掛けた人物を振り返り睨みつけた。誰のものでもないこの廊下で、自分の縄張りを犯した人間を排除しようと如何にもな臨戦態勢を整えながら。
「何か用か、ガンマ」
「おや、素早い入れ替わりだねえ。君じゃなくてさ、彼女に話が合ったんだけど戻ってくれない」
「断る。お前嫌われてるんだからいい加減諦めるんだな」
「ナイトのつもりかい?」
「はっ、違えよ。俺も×××も同じ一人の人間だ。俺がお前を嫌いだと言ったらアイツもお前を嫌いなんだよ」
 ベータとガンマが顔を合わせる度、これと似たような会話を交わす。そしてそれ以外の話で場が盛り上がるということはない。損益でしか他人を測れないベータが、感情の動きで認識する他人の、数少ないひとりがガンマだった。抱いたのは、嫌悪感。我の塊であるベータには、彼のナルシシズムが気色悪くて仕方がなかった。だってそれは絶対にベータを尊重してはくれないのだ。そしてそんな癖に傾倒している奴が自分よりも上回った実力を保持していることが許せない。耐えられない。
 何より、その嫌悪している対象が馴れ馴れしく自分に接してくることもベータには屈辱だった。見下されているとも思った。無遠慮に紡がれる×××という単語。ベータはそれを認識しない。心がそれを遮断した。だってそれは、もう遠い過去に捨てた彼女の名前。エルドラドに属するずっと前、ベータは確かに×××という音が紡がれればそれは自分のことを指しているのだと、返事をしたし振り返ったし微笑んだ。だがそれは決してこのガンマという男の為じゃない。
 ――私が微笑むのも、寄り添うのも、触れるのも、呼んでほしいと願うのも全部全部全部全部――!!!!
 感情の荒波がベータを飲み込むのと同時、彼女はガンマを突き飛ばし走り出した。元々の進行方向へ向かって。任務中でもないのにと、誰かに見られたら訝しいと眉を顰められるかもしれない。声を掛けられるかもしれない。だがそんなことはどうでもいい。背後からガンマが自分を呼ぶ声がした。今度は「ベータ」という正しい呼称で。だがそれではもう遅い。
 ――汚された!
 そんな気がした。未練もなく捨て去った名前を呼ばれただけで。お前なんかが呼ぶなと、気性の激しい彼女に頼らなくても声を荒げてしまいそうなほどの拒絶反応。声が纏わりついて彼女を覆ってしまっているかのようだった。だからベータはエルドラドの施設内をはしたないと知りながらも駆け抜ける。一刻も早く自分にへばりついた汚れを削ぎ落す為に、走り続けた。


■■■


 エルドラドで行われるトレーニングは機関曰く地獄のようなものであるらしい。アルファにとって地獄とはどういうものかを知らない為不用意に頷くことは出来ないが確かに一から十までを人為的に管理された無理を強いられるようなものであることは間違いない。それでも生き物である以上不眠不休で動き回るには必然として限界があることを組織というものは自然と理解している。人間を駒として管理することは組織の方針によりけりだが、無機物のように扱ってもそうだという前提を作ってはいけない。最低限の食事と睡眠は確保されて然るべき。エルドラドがその辺りを理解しているだけでアルファは特に現状に不満を抱くことなく与えられた課題をこなすべく練習を積んでいる。
 シュートを打ち、バーに当たってからボールがネットに吸いこまれていく。その際の鉄を打つ音が響き騒音の様だとアルファは不快に感じた。だがその不快を打ち消す様に、少女の甲高い声が響きアルファの意識を浚った。

「△△△!!」

 たった一語である筈なのに、アルファにはそれが何と言っているのか全く理解できなかった。そして今トレーニング場にいるのはアルファ一人だった。それが幸いだったかどうかはわからないが、突然この部屋に続く唯一の扉が開かれたと思うと、入り口に立っていたベータは彼女らしからぬ不安げに揺れた瞳でアルファを見つめていた。肩で息をして、前髪も少し乱れている。疲労を感じるほどの距離を走って来た訳ではなく、精神的な動揺が呼吸を乱しているのだろう。それを見抜けば、アルファはそれを未熟さと判じるしかない。だがベータはアルファの認識など待たず、再び駆け出したと思うとアルファに真正面から抱き着いた。流石のアルファも驚きで僅かに目を見開いたが言葉は発しない。勿論、抱き締め返したりもするはずがない。
「…ベータ?」
「聞いてください△△△、ガンマが私のことを×××だなんて呼んだんです。酷いでしょう?あんな人が私のことを呼ぶ資格なんてないんですよ!?汚らわしいです、本当に!」
「―――、」
「ねえ△△△、ガンマに呼ばれるのは耐えられないけど、貴方になら呼んで欲しいの。ダメ?」
 抱き着いたままアルファを見上げるベータの視線は潤んでいる。先程までの嫌悪感に怯えている訳ではなく、多少の計算を含んだ懇願。だがアルファの耳にはベータの言葉の半分も届いていない。時折走るノイズは何をかき消してしまったのか。探ろうとも思えなかった。任務の伝令でもない、プライベートの部分では、アルファはベータに対して限りなく無関心に近かったのだから。
 それはベータとて同様で、理解している筈なのに彼女は時折予期せぬタイミングで彼の前に姿を見せる。ノイズ交じりの言葉を発する。何かを呼んでと懇願する。アルファに呼びかけるように、アルファ以外の音を発し見つめてくる。彼には聞こえていない、微笑まないし触れないし反応しない。それを、ベータは認めようとしない。諦めようとしない。

「――ベータ、」

 ねえ呼んでと繰り返すから、アルファはベータを呼んだのに。瞬間、凍りついたかのように彼女の瞳は固まってしまった。密着させていた身体を離して俯く。それでも向き合ったままアルファの両腕を掴んだ手はそのままだ。少しだけ、その手の力が強まる。痛みを与えるほどではないが、はっきりと。
「…ベータ?私が、貴方は…私の…ねえ、何故、アルファ?」
「―――?」
「……酷い」
 譫言のようにぽつりと繋がりを持たない言葉を繰り返し、最後に弱々しくベータはアルファを詰った。声だけで判じるならば今にも泣いてしまいそうなか細さで。だが俯いている彼女の表情など伺えず、膝を折って確認しようとも思わない。
 耳の奥で先程のノイズが再生される。ノイズはいつだって耳障りで、何も新しい音など拾えはしないというのに。無意識に近い感覚でアルファは何度もベータの口が発したノイズとその唇の動きを巻き戻そうとする。だがいつもあと少しという場所で上手くいかない。ぱちんと目の前で本を閉じるようにあっさりと現実に引き戻される。今だってそう。繰り返していたノイズと映像は消え、目の前には俯いているベータ。らしくない弱さを晒している、彼女。
 アルファは小さく嘆息し、願わくばこのままこんな彼女を目撃する人物が現れないこと。攻撃的な彼女の方でも良いから兎に角いつものベータに戻ってくれることを願った。それから少しだけ、彼女をこんな状態にしたガンマのことを思い出し眉を顰めた。けれどそれは無意識のことで、アルファには全く自覚がないことだった。



―――――――――――

よべばよいのに
Title by『ダボスへ』




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -