ここ数日、葵の姿を天馬の住まいでもある木枯し荘で頻繁に見かける。どこか回りくどい言い方を用いるのは、木枯し荘にいる葵は天馬の存在など一向に気に掛けず、台所に立つ秋の隣に引っ付いてその手元を覗き込んでばかりいるのだ。勿論、覗き込むばかりではなく手伝いなり、自分の作業の途中で秋に助言を求めたりはしている。だが天馬が自分にも何か手伝えることはないかと近寄っていくと邪魔だからあっちに行ってと冷たく邪険に扱われてしまうのである。
 ――理不尽だ!
 天馬が学校の部活仲間に憤慨して訴えると、彼等は揃いも揃って「親子みたいなやりとりをしてると見せかけた惚気だろ?」とまともに取り合ってはくれない。自宅に幼馴染の女の子が常駐していることが思春期男子的には美味しい展開だなんてお前らそれでもサッカー部なのかと言い返せばそれは論点がずれているとすかさず言い負かされた。天馬はこの手の言い合いに滅法弱い。だってまず前提として敷かれた幼馴染の特別性とやらをどう打ち消していい者かがわからないのだ。同級生のいう、幼馴染だからの一語に含意された諸々の事項を是非一度明確に文章にして説明して頂きたいくらい、天馬は殊に葵とのやりとりを話題に出すと幼馴染と言う単語を盾に随分ぞんざいな扱いを受け続けているのである。
「葵だってあるんじゃないの?」
「……何が?」
「幼馴染だからって話まともに聞いて貰えないこと!」
「それは私が友だちに天馬のことで聞いて貰いたい話があるのに幼馴染の仲良し話はお腹いっぱいだから結構ですとか言われちゃったことがあるんじゃないかってこと?」
「そう!っていうか具体的だね!あるんだ!?」
「そりゃあね、私もこの天馬と私をワンセットとカウントするような雑な扱いには常日頃問題があるとは思ってるよ」
「流石葵、話がわかる!」
「ところで天馬、話は変わるんだけどこれちょっと食べてみて」
「ん?何々、プリン?」
 教室で、席についている葵の前に陣取っていると彼女は唐突に鞄の中から掌サイズのタッパーを取り出した。蓋を開けると中身は色合い的にプリンだろうなと尋ねれば葵は「まあ取りあえず食べてみて」と天馬にスプーンを手渡した。そういう間の取り方は嫌な予感しかしないのだがと天馬は硬直するが、これがここ数日間秋に師事して作り上げた料理であると説明され、それならばまあ食べられないことはないだろうと大人しくプリン(と思しきもの)を掬い上げた。その流れに今度は葵が「どうして秋さんの保証がないと手を出さないのよ」と拗ね始めるが、それには秋は食材を無駄遣いしたりすると怒るからとそれっぽい理由を答えておいた。
 葵の料理の腕前から考えてさほど奇天烈な味付けの料理が飛び出してくるとは思えないので躊躇いもなく掬い上げたプリンを口に放り込んだ。下の上で転がして味を吟味し嚥下する。残ったのは、予想外の風味と違和感。黙り込んでしまった天馬のリアクションに「美味しくなかった?」と不安げなリアクションを浮かべるどころか真顔で「やっぱりそうなるよね」と納得の腕組みをしていた。
 ――謀られた!
「……葵、これ何?」
「不味くはないでしょう?寧ろ美味しいはず!」
「否定はしないけど、プリンだよね?」
「そうプリンを和風にアレンジしようとあれやこれやと試行錯誤を重ね秋さんの協力を取り付けて完成した超大作!」
「つまりこれは茶碗蒸しってことで良いのかな?」
「ずばっと言わないで!」
「茶碗蒸しって知ってたらものすごく美味しいと俺は言うよ」
「プリンと言い張ったら?」
「微妙」
「だよねー」
 ぐでんと机に伏してしまった葵の為に容器を手に持って残りのプリンではなく茶碗蒸しを平らげようとスプーンを進める。和風にしようとして出汁を入れてしまったのか薄切りの椎茸までトッピングされてこれはまごうことなき茶碗蒸しだなと天馬は認識を新たにする。先程も述べたように、認識さえ間違えなければ齟齬なくこれは美味だった。
 葵曰く、町内会の奥さん同士で様々な料理で新しい味を開発して品評会を開こうというブームが到来しているらしく、葵の茶碗蒸しもその一環らしい。母親に話を聞いて面白そうと勇んで参加しようとしたのだとか。新味のお菓子ってコンビニの新商品じゃないんだからそこまでノリノリにならなくてもと思うのだが、葵と料理をしていた秋も何やら楽しそうだったことを思い出すとその感性は女性観の間で通じ合える何か共通のものなのだろうかと不明瞭な疑問として仕舞っておくことにした。天馬にすれば、美味しければなんだって良いじゃないかと常時腹ペコな運動部の少年そのものの意見しか浮かばないのだけれど。
「ねえ、天馬はどんな味のプリンだったら新しい味になると思う?」
「プリンはプリンでしょ!牛乳とかコーヒー牛乳とかは見かけるけど、それ以外でフルーツとかに走ったらそれはもうゼリーっぽくない?」
「ゼリーに卵は使わなくない?」
「プリンの色は卵の色じゃないの?」
「じゃあ牛乳プリンの白は牛乳の色なの?卵はどこにいったの?」
「え……どこだろう…」
 何かとてつもない難解に出くわしてしまったかのように、天馬と葵の間に緊張が走る。ここにサッカー部の同級生がいたら確実に突っ込んでもらえただろうに、クラス内には幼馴染二人は相変わらず一緒にいるんだねと生暖かい目で距離を置きながら気を使ってくれる優しいクラスメイトしかいなかった。
 手にした器の中身を完食した天馬はうんうんと悩み続ける空気の中であろうとも礼儀として「ごちそうさま」と手を合わせ、葵はそれに対して「お粗末様でした」と返し、天馬の手から空の容器を受け取るとバンダナに包んで鞄の中に仕舞った。そして顔を上げると再びまた悩み始めるのだ。こういう傍から見ているとふざけているようにしか映らないことを、当事者たちは真剣に考えているのだからそれは天馬と葵の波長が合っているという証拠なのだろう。
「これは調べる必要があると思うわ」
「そうだね…じゃあ帰りにスーパーに寄ってこう」
「よし、じゃあ天馬、今日は部活終わったら着替え急いでね」
「任せて!」
 二人顔を見合わせて、作戦決行は放課後!と敬礼を決めてから何食わぬ顔をして別行動を取り始める。授業が終わり部活も終わり、いつもなら友人と話しながら着替えを行い先輩たちに急げと急かされるくらいの天馬がいの一番に部室を出て行った。何か用事があるのだろうかと不思議そうに見送る部員たちの視線を振り切って、天馬は校門で待っていた葵と合流、帰り道のスーパーにいざ出陣。果たしてプリンと牛乳プリンの原材料の違いは色の違いに決定的な影響を与えているのか否か!
「―――で?」
 翌日の昼休み、サッカー部一年は屋上に集合という天馬の号令に従いやって来た剣城の前には大量のプリン、プリン、時々ゼリー。先にやって来ていた信助たちは既にカップを手にもぐもぐと口を動かしている。天馬は剣城に「遅いよー!」と笑いかけるとこの大量のプリンを食べるのを手伝ってくれと言い放った。
「いやー、昨日葵とスーパーでプリンとかゼリーを沢山買ったんだけどね、家に帰ったら秋ネエもいっぱいプリン作っててね、明日部活に差し入れしてあげてねって言うし、葵のお母さんもプリン作っててお友達にも分けてあげなさいって言われて合計すればなんと三十個を超えるプリンが手元に残っちゃってさあ、だから是非みんなにも食べるの協力して欲しいなあって思って…!」
 凄い偶然だよねと、てへっと効果音がつきそうな首の傾げ方。天馬の後ろで葵も彼に倣って同様のリアクションをしている。元々みんなへの差し入れとして大量に作られたのだから迷惑を掛けるとは思っていないし、剣城も別に迷惑だとは思っていない。信助やマサキや輝も美味しそうにプリンを食べながら談笑している。
「―――で?」
「でって何が?」
「お前ら、これ自分たちで買ったプリンも混ざってんだろ。それはもう良いのかよ」
「ああそっか…!えーと、どうすればいいんだっけ葵?」
「取り敢えず今信助が食べてるプリンが一番美味しいと思う。私的にはね!」
「やっぱり!?俺もそう思う!」
「値段が一回り高いだけのことはあるよね!」
「うんうん、……剣城?」
「何でもない」
 ぽんぽん切り替わる話題と目的を常に一定に保とうとするなんて不可能だ。そんな修正役を進んでこなそうとするほど露骨な貧乏籤に引っかかる馬鹿じゃない。剣城は未だ盛り上がっている二人を残して自分が食べるプリンを選ぶ。つい先ほど天馬たちが一番美味しいと言っていた、信助が食べているのと同じものを選ぶ。彼等の意見を参考にしたわけでは決してない。
 耳を澄ませば、天馬と葵は今では何故かババロアについて盛り上がっている。お菓子繋がりだろうがどう話が転んだらプリンからババロアに流れていくのか。ここまで同調する幼馴染も珍しいだろう。特に男女という性別の差があるにも関わらず。尤も、そんな彼等に慣れきってしまった剣城たちは、今更天馬や葵が思春期を理由に距離を挟んでは違和感しか覚えないだろうけれど。
「あー、プリンうめえー」
 剣城の呟きをかき消すように、葵の「天馬―!」という怒鳴り声が響いていた。



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脱線するスカイライン
Title by『ダボスへ』


『ミタカくんと私』より想起を得ています。





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