携帯を開いてメールボタンを押して新着メールの確認。数秒の間と新着メールはありませんの文字にそんな馬鹿なと噛み付いて、「もっとよく探して!」と訴えても無機質な機械は春奈に同情して形ばかりの捜索なんて行ってはくれないのだ。そんなこと、FFIを終え日本に帰国した翌日には学習したはずだったのに。春奈はそれから毎日といって良いほど同じ動作と感情の起伏を繰り返している。それというのも、京都に帰ってからメールも電話も寄越さない木暮君が悪い、というのが春奈の言い分で雷門中サッカー部の面々はその旨を彼女に刷り込まれている。尤も、大半が笑って春奈の嘆きを受け流してしまうから彼女の不満も日に日に増大していくのだ。
 不満が不安にならなければ良いのだけれど、とは少なからず春奈の抱える事情を理解している秋や夏未の言で、アドレスを交換するだけでも悪戯と叱責の応酬、照れ隠しくらいもっと素直に出来ないのかと妙な呆れを抱きながら見守った木暮と春奈のやり取りを思い出せば現在こうして木暮からのメールを心待ちにしている春奈に肩入れしたくもなるのだが。

「ねえ音無さん、そんなに気になるならこっちからメールすれば良いんじゃない?」

 そんなごもっともな指摘を受ける度、春奈は駄々っ子のようにそれでは駄目なのだと首を振る。
 だって木暮君はメールしてくれるって言ったんです。空港でやっとこさアドレスを交換してでもそれだけじゃ駄目で。ちっぽけかもだけど目一杯勇気出してメール頂戴ねって言ったら木暮君わかったって頷いてくれてじゃあお前ちゃんと返事寄越せよって言うから勿論返すよって答えたんです。だから木暮君がメールを出さなきゃ駄目なんです。アドレスは私から聞いたんだもの。私からばっかり木暮君を追い駆けてたらきっとその内疲れちゃっていつの間にかぽっかり距離が開いちゃうかもしれないもの。そんなの、京都とか、遠いのに、もっと遠くなったら私どうすれば良いんですか?
 最後の言葉は殆ど涙声で、それでも意地でも携帯は手放さない春奈の姿に、周囲はその言葉の根底にある感情をさっさと当人の前でぶちまけてしまえば万事解決なんだろうにと焦れったく思う。
 恋愛に於いて第三者の介入はいつだって余計なお節介となりロクな結果をもたらさないから敬遠されがちであるが木暮と春奈の場合はどうにも放っておけない感が漂っている。生い立ちだとか物理的距離だとか。近いような遠いような間合いを保ちながらそれでもお互いを好きだと想うことは出来るのに。言葉にすることは難しいようで。木暮と春奈の場合で言えば、素直になるという前提の方か。しかし付き合ってもいないのに、周囲も当人同士もどこか両想いを確信しているかのような状況は案外腰を重くするばかりなのだなと結局は傍観者を増やすしか出来ないでいた。


 数日後、風の噂というかサッカー部の噂というか。マネジからの情報によると木暮からのメールは無事届いたらしい。帰国後、空港でまたいつかと手を振りながらも絶対にメールを頂戴と念を押して別れてから二週間近く。早ければその日の内に無事京都に着いたなり面と向かっては言えなかったFFI中の彼女の働きぶりに対する感謝の言葉をメールに書き綴って送信しても良かったろうに。そんな春奈を含めた周囲からの疑問に対する木暮の答えは至極単純なもので。
「漫遊寺って校内での携帯使用禁止なんだ」
 春奈に届いたメールには流石に二週間も音信不通ですまないと詫びた後にこう書き記されていた。イナズマキャラバンで訪れた際の漫遊寺中の様子を思い出す。確かに携帯電話なんて文明の利器を堂々と使いこなしているような雰囲気ではなかった。偏見だが、パソコンすらなさそうである。
 要するに、授業中だけでなく校内での使用も禁止されている携帯電話を春奈へのメールを作成している最中に見咎められ没収されていたらしい。放課後、サッカーをする為にグラウンドに向かう途中でのこと。最初は一週間で返却される予定だったのだが五日目で木暮の悪戯癖が出てしまい、その罰則で更に一週間没収期間が追加されてしまったのだとか。
 正直木暮にとって携帯電話を若干宝の持ち腐れと言われても仕方がないくらいの頻度でしか使用しないものであった為、構わないかなという呑気な気持ちも少なからず抱いていた。直ぐに春奈との約束を思い出しどうしようかなと途方に暮れたもののそのまま暮れ続けて明けることはなかった。だって説明のしようがなかったのだ。大切な女の子とメールをする約束をしているから携帯を返してくださいだなんて。恥ずかしすぎて口が裂けても言えやしない。そんなことを口にする自分を想像したら恥ずかしいやら気色悪いやらで落ち着かなくなりつい心の平穏を求めて悪戯に走ってしまったらしい。結果は木暮にとって泣きっ面に蜂となったわけだが一時の平穏は確かに訪れたそうだ。

「木暮君の馬鹿!それならそうと早く言ってよ!」
『だから言おうにも携帯没収されてたんだって。それにそっちだって二週間メールも電話も寄越してないんだからお相子だろー?』
「私は木暮君が先にメールをくれるっていう約束を信じて待ってたんだもん」
『それって空港の?順番決めた?拘らなくても良いじゃん』
「駄目です!記念すべき私たちのメール一号なんだから」

 電話越しにも、春奈が胸を張った気配が伝わってきて木暮はそんなに重要な約束だったのかと初めて知った。しかしそれを知っていたとして、二週間ぶりに開いた携帯のメールフォルダにも着信履歴にも登録したばかりの春奈の名前が挙がらなかったのはそれなりに堪えたことだろう。悔しいので絶対打ち明けたりはしないが、存外彼女の方もやきもきしながら日々を過ごしていたようだ。
勝手に引き分けだなと納得した木暮とは対照的に、春奈はこの二週間心を痛めて過ごした時間が全く以て無意味だったと嘆き続けている。この先暫くは直接会うことの叶わない交流が続いていくと言うのに不安なスタートとなってしまったことが不満なのだろうか。
 女子って難しい。面倒だとは思わないのは、やはり相手が春奈だから。今頃唇を尖らせて、短い毛先を弄りながら拗ねているのだろうか。悪戯をしても駆けつけて叱るような気安い距離はたった二週間で遠い思い出になってしまったけれど、脳裏に浮かぶ彼女の面影が淡くぼやけることなど有り得なくて、木暮はもう少し素直に言葉を交わして別れていたらなあと今更ながらに悔やむ。それでも、素直でないから次こそはと意気込めるのかもしれないと己を鼓舞してどうにかこの通話の内に春奈の機嫌を直さなくてはと意識を切り替える。ごめんと謝るだけでは、春奈の二週間分の鬱屈は払拭されてはくれないようだ。だから木暮は考える。今この場で自分にできること。それは、出来るだけ正しい言葉を選ぶことなのだろう。恥じらいとか意地とか、そういう自分の体面を傷つけない為の膜を張らずに出来るだけ優しく、ありのままの気持ちを伝えること。出来るかなあと、一抹の不安。だけど、幸いにも電話という面と向かってに比べたら幾分マシな状況だろうと己を奮い立たせる。

『なあ音無、これからはちゃんとメールするからさ、そんなに怒んなよ』
「怒ってないもん。なんで木暮君にそんなことわかるの」
『わかるよ』
「………意地悪」
『は?』
「こっちの話―!仕方ないから許してあげよう!」
『はいはい、ありがとうございます』
「ふふ、ねえ木暮君、それじゃあ明日からはちゃんとメールしてね」
『わかったよ。毎日は無理かもだけど』
「努力する!」
『えー』

 正解のど真ん中を突いたかどうかはわからないが、どうにか春奈の機嫌は上向いたらしく、木暮は安堵の息を吐く。余計なことを言わないで済む電話という手段はある意味素晴らしいけれど、顔色を窺えばあっさりと理解できるであろうことが覚束なくなるのはしんどい。それでも春奈のことなら大体わかるけどなんて付き合ってもいないくせにどうなんだろうと苦笑してしまう。
 次会えるのはいつになるかな。そんなことを考えながら、木暮は矢継ぎ早な春奈の話題にひとつひとつ相槌を打っていく。てっとり早いのは、漫遊寺もFFに参加する様仲間を説得してしまうことだろうか。全国大会でならきっと会えるはずだから。

「木暮君ちゃんと聞いてる?」
『聞いてる聞いてる』

 会いたいねと言葉にしなくてもお互いが抱く願いを繋ぐように、二人は暫く他愛ない会話を繰り返した。



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明日知らず
Title by『にやり』





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