神童拓人が周囲の人間からどう思われているか。拓人本人はそんなこと気に掛けたことはなかった。だが近頃、意識して周囲の雑音に耳を傾けてみたところ自分は随分と真面目な優等生として映っているらしい。そしてそう思わせる一因に二年生にしてサッカー部の部長を務めていることも挙げられているらしく、サッカーをする人間への偏見だなと思わず笑ってしまった。 良い子ちゃんだと思われることに大した感想はない。関わり合いのない人間の意見など尊重されるはずもなく拓人は己が向き合う人間とのみ真摯に付き合っていればよかった。それは友情にしろ恋情にしろ同じこと。
 だから拓人が水鳥と付き合い始めてからというもの、「あの神童がねえ」と呟かれることが増えたとしても一向に構わない。その理由がお坊ちゃんで優等生な神童拓人が恋愛なんかにうつつを抜かすとはねという軽蔑を含んだ浅ましい感情に端を発するのであれば。俺はそんな出来た人間ではないよと微笑んでみるのも一興だろう。そう話を持ちかけてみれば付き合の長い幼馴染は悪趣味だとその少女のような可愛らしい顔を顰めた。それよりも自分が上目遣いに他人の恋路を批評するような言は慎んだ方が良いのではと微笑んだ方が効果的ではないかとほざきやがったので拓人はまずその幼馴染に行儀の良い立ち振る舞いを覚えるようにお薦めしておいた。拓人の幼馴染は首から上は可愛らしかったがその他諸々は見事に男らしかったので。
 その点、自分の恋人である水鳥はお転婆で物言いが粗雑なところもあるけれど万事可愛らしくて申し分ないと拓人はふんぞり返る。幼馴染は踵を返す。彼はこれまでサッカーやそれ以外でも拓人に根気よく付き合ってきてくれた人間だけれど、拓人が恋人について語り始めると途端にその場を逃げ出してしまうのだから困ったものだ。焼きもちかと尋ねると割と本気の正拳突きを頂く羽目になるので冗談はほどほどにしておく方が良い。
 さて話が逸れたが拓人が周囲から得る評価が水鳥と付き合うようになってから様々に流転し変容していく様を彼自身は割と面白がって眺めて拝聴していた節がある。幼馴染によると悪趣味らしいが本人の知らないということになっている場所でこそこそ拓人を語る人間がいることの方がよっぽど悪趣味というものだ。だから自分は悪くない。拓人は同級生の中では頭の回転が速い方だったから方向転換も責任転換も得意だった。放っておけば鎮火していく火種をわざわざ蹴り上げたのは拓人でも、火種を生んだこと自体が許しがたいことなのだと説くことはそう難しくはなかった。何せ前評判が良いもので。事なかれ主義の教師を丸め込むくらい造作ない。温厚さの中にどろどろに渦巻く黒い感情の名前を拓人は知らないけれど、辿れば愛情の端に引っかかるものだからこれは正しい考え方だと割り切っている。
 拓人が耳を傾ける雑音の中から取捨選択を意図せず攻撃的な手段を以て捻り潰そうとするもの。それが全て恋人である瀬戸水鳥に関係する事柄であると知っているのは既に拓人に廃された人間の身で、彼等は手と手を取り合い身を寄せ合って慰め合うことをしている訳ではないので情報は整理されず校内という狭い社会にてんで広まらない。だから被害者も減らない。
 水鳥と付き合うことが優等生だった拓人の品を下げているだとか。
 結局サッカー部のマネージャーになったのは男目当てだったんだとか。
 品行方正でもない水鳥と拓人が付き合っているのは彼のお情けだとか。
 そういった心無い言葉に拓人は無関心を貫くことがどうしても出来ない。相手が男だろうと女だろうと年上だろうと年下だろうとそこは関係ない。拓人は自分の人生に品など重きを置く点だとは思っていない。水鳥がサッカー部に入部したのは少なくとも拓人とは無関係の場所に理由がある。制服や言葉遣いの粗雑さで水鳥が堕ちた位置にいると思っている時点で拓人には我慢が利かないほど腹が立つのだ。
 拓人がそうした、自分と水鳥が付き合っていることに物申した輩を排除したことを知ると、水鳥は決まって渋い顔をする。放っておけばいいだろうにと呆れもする。だがそれ以上に自分の所為でやはり拓人に迷惑をかけているのではと申し訳なさそうに表情を曇らせるから彼も悲しくなってしまう。恋人という関係に収まること自体ある意味閉鎖的な環境を作ることだとは思うけれど、拓人には聊かその閉鎖的を望む気が強いように水鳥は感じていた。それが悪いことかどうかはこの際論点にはならない。

「神童は周りの言葉に反応し過ぎ」
「うん、それは俺も思ってはいるんだがついかっとなると自制が利かなくてな…。すまない」
「何で?別に謝るようなことじゃないだろ?問題にもなってないし」

 責めたつもりもないのに肩を落としてしまった拓人の背中をばしっと叩く。泣き虫なところはあるけれど、丸まった背中ばかりを他人に見せる拓人など水鳥は好きではない。キャプテンとして堂々と背筋を伸ばす彼の方がよっぽど好ましいし彼らしい。その左腕に着けていた赤い印は少し前に後輩に譲ってしまったが。

「あたしも少しだけ申し訳ないとは思ってるんだ。せめて制服くらい校則通りにしとくべきだったかなとかさ」
「俺は今のままの瀬戸で十分だ」
「…そうだね、神童はきっとそう言ってくれるって知ってた」
「今のままの瀬戸を好きになったんだからな」
「…あんたそんな恥ずかしい台詞さらっと言える男だったっけ?」
「どうして言えない男だと思ったんだ?」
「むかつく!」

 顔を真っ赤にしながらぷりぷり怒っている水鳥も可愛らしいと思っている拓人の根底などたったひとつ彼女への好意で塗り潰されている。想いが通じ合ってからは猶更。そして同じように拓人を思っている水鳥の根底だって段々と似たようなものへと変容して来ている。ただ拓人ほど顕著でないのは周囲の雑音が語るような戯言が水鳥に引け目を与えるから。耳を奪われ気にしているのは案外拓人より自分の方なのかもしれないと項垂れたとしても彼等の言葉は水鳥にすれば言い掛かりも甚だしい暴言だ。喧嘩を売られているというのなら買い取ることも厭わないが拓人と違い間違いなく喧嘩という手法を用いて事態を解決しようとしてしまう時点でそれは既に解決ではなくなってしまう。だから無視を決め込むことにした。人の噂も七十五日というし、二カ月以上もあるのかよとげんなりしたことは秘密だ。
 そんな水鳥の忍耐宣言を知らぬ拓人は自分ばかりの耳に雑音が収束しているとでも思っているのかものの見事に自分たちの野次馬を追い払ってみせるのだから有り難いような申し訳ないような複雑な気持ちになってしまう。

「しーんどー」
「何だ?」
「………好き」
「ああ、知ってるし、俺も好きだ」
「―――恥ずっ!」

 拓人の行動すべて、自分への愛情だなんて思いながら彼の肩に頭を預けて素直になってみる。拓人の反応は予想通りにオープンかついつも通りだ。こんなだから、拓人の幼馴染に公衆の面前でいちゃついてんじゃねえとお叱りを受けることになるのだ。水鳥が冗談交じりに焼きもちかと尋ねた時の「一瞬お前が神童に見えて正拳突きを繰り出すところだった」という発言を思い出す。あれはつまり、言葉通りの意味なのだろう。水鳥の言動が段々と拓人に似通い始めたらしく。勿論それは水鳥が神童のようにお上品な言動を身に着け始めたということではない。もっと本質的な内側の問題。
 それは大いに結構なことだ。拓人の肩に頭を預けたまま水鳥は微笑んだ。そしてその穏やかな気配が拓人にも伝播したらしく彼も緩く微笑む息遣いを感じ取り、水鳥は満足そうに瞳を閉じた。こうしていると幸せなだけで周囲の雑音など微塵も気に掛からない。そしてこれが本来の傲慢な自分たちらしい在り方なのだ。文句も賞賛も忠告もいらない。二人でいられるのならばそれで良い。神童拓人と瀬戸水鳥は恋人同士であるので。


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Title by『にやり』





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