※一→秋→円

カラカラと頼りない音を立てながら車輪は回る。自転車の荷台に座る秋に余計な振動が伝わらないように、進路の上の目に着く小石を蹴り飛ばす。本当はさっさと俺がサドルに座って漕ぎ出してしまえば、早くことも済むのだけれど、なんとなく俺は歩きながら自転車を押し続けていた。
部活中、荷物を持ったまま転倒して足首を痛めた秋を円堂が背負いながら送ってくと宣言した時、俺の表情は間違いなくひきつっていたんだと思う。微かな期待と、だけどそれ以上に円堂に迷惑は掛けられないと遠慮する秋の、相手が円堂だから故の謙虚さに付け込んで、なら俺が送って行こうかと割り込んだ。たまたま、朝寝坊して間に合いそうになかった俺は今日だけ自転車で登校していたから、秋を送って行っても別に帰りがいつもより遅くなるなんてことはなかったから。
結局秋は、俺の申し出を受け入れた。思い人への気恥ずかしさより、ただの幼馴染への気安さを選ばせた俺は、相も変わらず秋が好きだ。だから、ちゃんと申し訳なくだって思ってる。円堂のことだから、俺が入り込まなきゃ、あの懐っこい笑顔で、秋の戸惑いも押し切って本気で彼女を背負って帰宅していたに違いない。それは秋を堪らなく恥ずかしがらせて、そして喜ばせるんだろう。

「ごめんね、秋」
「…?何が?」
「何でもないよ」

 前方に延びる影が、その黒が、じりじりと俺を責めているような気がする。優しいね、秋は。好きだよ。きっと俺は、自分で思っている以上に簡単に言葉を選んで秋に気持ちを告げることができる。今この瞬間だってそう。だけど、その全てを秋に信じてもらうことが、何故だかいたく困難なんだ。
 近過ぎる関係が、俺の下心を隠すために纏った馴れ馴れしさが、格好ばかり気にした無理な笑顔が、全部が全部秋に俺を異性だと認識させてはくれなかった。だけどそれが、俺をいつだって秋の隣にいることを許してくれるのだ。或いは、円堂の、鈍感さも一役買っているのかもしれない。

「本当にごめん、秋」
「一之瀬君、泣いてるの?」
「え?」

 荷台に腰かけた秋が、驚いて振り向いた俺の頬に手を伸ばす。瞬間、強張った俺の身体は支えていたハンドルを離してしまう。同時に傾ぐ自転車から、秋は小さく驚いた声を上げて小さく跳んで下りた。着地は、痛めていない片足で行った為、秋もバランスを崩し掛けたが、そこを慌てて俺が支える。引き寄せて、抱きしめる形になったことに、俺の心臓は馬鹿みたいに激しく揺れる。秋は、なんてことなさげにありがとう、と呟いた。肩越しで見えない彼女は、今きっと優しく微笑んでいるんだろう。伝わらない恋の影で惨めさに震える俺の気持ちも知らぬまま。
 秋に指摘されるまでまったく気付かなかった涙が、どんどん溢れてくるのが分かる。秋の制服のシャツに出来る俺の涙のシミを、まるで他人の物の様に眺める。俺は、ずっと納得いかなかったのかもしれない。秋に叶いもしない恋をする俺はいつだってこの気持ちの所為で深く沈んでいるのに、円堂に叶うかもわからない恋をする秋はどうしてこうも優しくて綺麗なままなんだろう。好意故のフィルターなどでは、決してなく。俺はきっと、円堂以上に秋を嫉んだのかもしれない。いつまでも、俺と同じ闇に落ちてくれない、君を。
 円堂は、俺の恋敵だとは出会ったその日に理解した。だけど、それ以上にサッカーという俺の一生を捧げるであろうものにおいて、これ以上ない好敵手だとも本能が告げた。秋とサッカーと円堂。不思議なくらい、俺は何一つ無くしたくなかった。恋も夢も友情も、俺は何一つ失えない。
 秋の肩に顔を押し付けて、俺は息も乱さず泣いた。秋は初めて見るであろう俺の弱さに戸惑っている。それでも直ぐに俺の背をさすってくれる彼女は、俺の好きな彼女のまま此処にいる。もうずっと、何年も前から。

「…秋、円堂のどこが好き?」
「……」
「秋?」
「一之瀬君は、本当にそんなこと聞きたいの?」
「……ごめん、やっぱりいいや」

 打ち消した質問の代わり、秋を支える為に、彼女の腰に廻していた腕に少し力を込める。そして俺はまた馬鹿みたいにごめんねと繰り返す。諦めてやれなくて、ごめん。だけど、好きになったことだけは謝れない。だからごめん。秋は音に乗せない俺の言葉が届いているとでも言うのか「良いの」と言った。
 人通りのない帰り道で、俺たちは何をしているのだろう。涙も止まり、段々と冷静になって、思考は帰らなくてはと命令を出す。また謝罪して秋を離し倒れた自転車を起こす。籠に入れていた鞄は地面に落ちていて、投げ出されたそれが妙に寂しげに俺の視界に入り込む。大股で近づき拾い上げて、意味無くそっとまた籠に入れる。
 今度はちゃんと、二人乗りで漕ぎ始める。危ないから、腰に捕まるように言えば秋は何の躊躇もなく俺の腰に腕をまわしてくるから、俺は帰る前の円堂と秋のやりとりを思い出して、まだ俺は秋の近くに存在しているんだなんて確認している。

「一之瀬君、」
「何?」
「私ね、円堂君のこと、好きだよ」
「……うん、知ってる」

 優しい秋は、きっと俺を拒まない。受け流すこともせず抱き締めるだろう。俺が、自分自身と本気で向き合って、秋に想いを告げることが出来た時は、きっと。だけど俺は、ずる賢くて臆病で、世界中の誰よりも秋を想っている俺は。明日も明後日も、秋の怪我が治るまで自転車で秋を迎えに行って、帰りも彼女も送るんだろう。円堂の純粋さと、秋の優しさに付け込んで。



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ずるくて卑怯で臆病でそれでいて優しい
Title by『彼女の為に泣いた』




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