十年越しの片想いなんだと言葉に出来たとして。十年前の自分を知っている人はきっと驚いて目を見張ることだろう。もしくは、相手次第ではやっぱりそうだったのかと納得するのかもしれない。そのどちらだとしても、木暮は自信が抱える気持ちを微塵も表に出さないまま大人になった。中学時代に出逢い、心を開いた春奈も同じように大人になった。出会ってから暫くして聞かされた彼女の夢は見事に叶えられたらしく、赴任先も自分の母校であることを喜ぶ春奈に木暮もまた手放しに喜んでおめでとうという言葉を電話越しに贈ったのはもう暫く前のこと。
 子どものころとは違う意味で忙しい日々を過ごしながら、辛い日々を送っている訳ではないので溢れているのは充実感。流れる日々が予想外に早く感じられて、伝えそびれた恋心を捨てることも出来ずに顔を合わせる機会も減っていく。それでも選んだ職場が学生時代よりもずっと春奈の傍にあることはほんの少しの幸いだった。就職の基準に自分の恋を加味したかといえば全くそんなことはないから猶更。
 休日に木枯し荘の面々とサッカーをしながらも、同じ屋根の下で暮らしている天馬が今日も部活だと自分たちよりずっと早くに飛び出していく背中を見送りそれならば春奈も今頃顧問として雷門中で部活を見守っているのだろうなんて考える。子どもの頃は自分が大人になるなんて想像はしてもどこか現実味がなくて、それでもこうして想像の中の自分に追いついてしまった現在、あの頃直ぐ傍にいた少女が辺りを見渡しても見つからないことに落ち込んだりもしない。見渡してしまう時点でダメかな、と肩を竦める木暮を見て全てを察してくれる人間なんていなくて、監督である秋だけは相も変わらず優しい視線と共にそこにいる。
 休日とはいえ社会人を含むチームの予定が毎度空いていて夕方までサッカーばかりしているわけにもいかず。秋も夕飯の材料を買いに行かなくちゃねと日が傾くより少し前に練習を切り上げた。真っ直ぐ木枯し荘に帰る者もいれば寄り道をしてから帰る人間もいる。今日の木暮は後者で、少しだけ散歩してから帰ろうと普段の帰り道とは反対方向へ足を向けた。

「木暮君?」
「―――?」
「こっちこっち」
「…音無?」
「そ、久しぶりね」

 にぎやかな商店街、人混みに紛れて歩いているとふと名前を呼ばれた。最初どこから呼ばれたのかわからずに首を傾げていると直ぐにもう一度声を掛けられ今度は肩を叩かれた。そして叩かれた肩の方に目線を向ければ春奈がにっこりと笑みを湛えながらそこにいた。何故春奈がここにいるのだと疑問に思ったが、きっと部活が終わって彼女も帰宅する途中なのだろうと思い当たった為尋ねることはしなかった。すると今度は次に何を話せばいいのか咄嗟には思い浮かばずに木暮は沈黙してしまう。そんな自分の態度を失態として即座に悔やむ木暮の心情など知らない春奈は彼の格好から彼も今日はサッカーをしていたと察しを付けた。春奈と木暮を廻りあわせたきっかけともいえるサッカーを、大人になった今、サッカーを職業とはしなかった木暮がこうして続けてくれているだけで春奈は素直に嬉しいと感じている。勿論それは木暮の勝手によって選択されることだし、春奈の為でもなくまた春奈の利となることもないけれど。
 中学、高校を京都の学校で過ごした木暮と顔を合わせる機会はサッカーの全国大会か、時折円堂がかつての仲間を招集してサッカーをしようと提案し都合が合って木暮も参加した時くらいのものだった。アドレスも電話番号もずっと以前から春奈の携帯に登録されていたけれど、特別彼を贔屓して連絡を取り合うだけのきっかけも事情もなかった。就職先は稲妻町に決まったと聞かされた時は突然縮まった距離に驚いたものだ。それから、少しだけだが以前より連絡を取り合う回数が増えたような気もする。その途中、木枯し荘の住民で作るサッカーチームのキャプテンになったと聞かされたりもしていたが、お互い仕事があるし春奈に至っては土日も殆ど部活の顧問として返上しなければならない為顔を合わせる機会はやはり殆どないままだった。

「木暮君は帰り道…とは逆よね?これからどこか出掛けるの?」
「いや、サッカーして今はちょっと散歩してるだけ。音無は帰るの?」
「ええ。その前に買い物していくつもりなんだけど…木暮君暇なら一緒に行こうよ」
「…買い物ってすっげえ沢山荷物出るんじゃないよな?」
「失礼な、スーパーで食料買うだけよ」
「じゃあ行く」

 思いもがけない展開に、木暮はつい乗っかってしまった。それまで足を向けていた方向とは違う方面へ進む春奈の隣に立って何気ない会話に花を咲かせながら歩く。尤も、話題を提供するのは専ら春奈で、木暮は相変わらず何を喋っていいのかわからないまま。昔はもっと気楽に話せていただろうにと振り返ると、自分から起こすアクションは大抵彼女の怒りスイッチを押す悪戯ばかりだったなと己の幼さに肩を落とす。もう、そんなことは出来ないし、しようとも思わない。
 向かい側から歩いてくる人たちを、春奈とはぐれないようにと避けながら歩く木暮はもう体格も立派な大人で。商店街の店先に立つ店員は客引きの為に木暮と春奈を恋人同士と勘違いして声を掛け店に引き込もうとする。それを少し恥ずかしそうに頬を染めながら断る春奈と、もう隣に並んで歩けば恋人に見えるようになったのだなあと感じ入っている木暮。
 似たようなことが数回続いた所為で春奈の羞恥によって集まった頬の熱はなかなか去ることをしない。掌で扇いでもあまり効果はなく、隣に視線を向けても木暮は照れた素振りなど全く見せないものだから反射的に「む、」と口先を尖らせてしまう。木暮が照れた様子を見せないのは、内心相手方の勘違いに浮かれている部分があるからなのだが、そのことを知らない春奈は自分ばかりが焦っているような気がして気に食わない。自分と恋人に間違われることに全く思う所がないというのだろうか。

「……木暮君」
「ん?何だよ」
「木暮君は今みたいに私と恋人と間違われることについて何とも思わないの?」
「ああ、昔だったら絶対姉弟と間違われてたからちょっと嬉しい」
「――嬉しい!?」
「ん?…いや、あれだぞ、俺も成長したなって意味でだぞ!?」
「はあ!?…そう、そうよね!」

 変な言い方するから焦っちゃったわと木暮から顔を背ける春奈は、耳まで真っ赤にして自分の発言に他意はないということを説明しようとしているようだがどうにも上手く纏まった言葉を紡ぐことが出来ない。
 逆に、そんな春奈の様子を見た木暮はと言えばこれはもしかして期待しても良いのだろうかと漸く気恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じ始める。大人の男女二人が揃って顔を赤くしながら歩いている光景は、周囲から見るとおかしなもので、だけどそれ以上に初々しいか、仲が良いと映っていることを当事者である二人は知らない。
 付かず離れず、それでも確かに間に挟んでいた距離を飛び越える覚悟を、そろそろ決めても良いのだろうか。たった一度のもしかしたらで、十年越しの片想いを実らせるか散らせるかの大勝負に出るなんて単純すぎる。自分で自分を制御しようにも一度都合よく傾いてしまった天秤はそう簡単には平行に戻せない。
 だが商店街で歩きながら告白なんてムードの欠片もないから、告白するにしたってそれはまだ先の話で時期を伺っている間にまた冷静になって憶病に引っ込んでしまうのかもしれない。付き合いの長い恋心だけに、どうにかして守ってやろうとしてしまう。それでも、この先一緒に買い物をするスーパーで今度は夫婦に間違われてしまうから、今度こそ木暮は春奈に十年越しの想いを伝えようと決意することになるのであった。恋人や夫婦に間違われる度に顔を真っ赤にする春奈の返事は勿論、たったひとつだ。


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すべてがうまくいく世の中ではないけれど、愛することは究極の自由だ
Title by『にやり』





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