※茜目線


 休日の部活動、午前と午後を跨ぐ練習は当然間に何度かの休憩と昼食の時間を設けている。母親の手作り、コンビニ弁当、流石に自分で作ってくるような強者はいないが、監督の指示を受けた神童が昼食の休憩を宣言すると全員待ってましたと言わんばかりに疲労に染まっていた表情を輝かせる休日練習のお楽しみの一つだ。部室で食べることもあるが、晴れて風と気温も落ち着いている日にはグラウンドの端、ベンチと芝生に適当に腰を下ろして遠足のように外で昼食を取ることもある。学年毎、更にその中で仲の良いグループ内ではじゃんけんに負けた物が飲み物を買ってくるお決まりのゲームを実行したりもして。普段学校の教室内、制服で机を寄せ合ってのものとは違った楽しさを満喫している中、同じように母親が作った弁当の卵焼きを箸で摘まみあげていた茜は自分の直線状に座っていた錦が珍しいものを手にしていることに気付き、卵焼きを口に放り込もうとする手を止めた。
 錦が手にしていたもの自体は実際珍しくもなんともないただのおにぎりだった。以前師匠である染岡が彼に差し入れていたものもおにぎりで、好物でもあるようだから昼食にそれを食べていても何ら不思議ではない。だが、錦がおにぎりを手に取る直前までそれらを包んでいた布地の方は茜の視線を惹き付ける物だった。
 桃色の下地に白の花柄。明らかに錦の趣味ではないそれに茜はもしやと思い彼に声を掛ける。

「…錦君、それ差し入れ?」
「ん?そうけんど?」
「ふーん、包み可愛いね、女の子?」
「おお、隣のクラスとか言うとったぜよ」
「――だって、水鳥ちゃん」
「何で私に振るんだよ」

 後ろめたいことは何もないと茜の質問に馬鹿正直に答えてくれる錦に、茜は少しだけ頭を抱えたい気持ちになる。貴方は私の隣に座っている女の子の姿が見えていないのかしらと無頓着な錦の代わりに茜は自分の隣で昼食を取っていた水鳥に声を掛けてみればやはりしっかりと会話を聞いていたらしく、だがその会話に加わる気はないと言いたげに素っ気なく返されてしまった。
 膝の上に弁当箱を広げている茜とは違い、水鳥はコンビニで買ってきたパンをビニール袋をベンチの上に投げ出して口に放り込んでいる。成長期にコンビニで買った食料だけだなんて身体に悪いと口を出してくる残り一人のマネージャーである葵は一年生組に混ざって昼食を取っている為この場にいない。ベンチに座っているのは茜と水鳥だけだった。錦はベンチの少し前で浜野や速水と混じって一緒に昼食を食べていたのだが、茜が声を掛けたことにより彼だけが輪の中の会話から外れている。水鳥が会話に加わってこないのは、錦の近くに浜野や速水がいるからかもしれない。何せ彼等は錦と水鳥が殊更仲良しなことを面白半分で勘繰ってからかってくる常習犯だから。茜からすれば、彼らが勘繰るような関係にさっさとなってくれたらどれだけ楽かといったところ。恋愛に不慣れな水鳥の気性は彼等のからかいをからかいと受け流すことが出来なくて、時折意固地になって錦とはそういう関係ではないと自分に蓋をするかのように言い放ってしまうから、実際は無関係な他人であるはずの茜が浜野たちの行いに腹を立てることもある。
 そんな意地っ張りな水鳥だから、たとえ何も言わなくとも錦が他のクラスの女の子に差し入れを貰ったと聞いて心中穏やかであるはずがない。わざわざ休日に差し入れをする為に学校にやって来るような子なのだろう。口先で如何に否定して見せたって、先程から水鳥の睨みつけている視線の先に在るものは茜が指摘したばかりの花柄の包みで。それは恋敵と呼ぶにはあまりに無抵抗だ。

「錦君それ美味しい?」
「不味いおにぎりなんてないき」
「おにぎりなら何でも良いのかよ…」
「でも水鳥ちゃんはおにぎり作るの上手だよ。ね?」
「は!?」

 茜からの振りに、水鳥は完全に予想外だと加えていたパンを膝に落とした。勿体ないからと三秒ルールを発動した茜はその落ちたパンを素早く拾い上げ自分の口に放り込んでしまう。反射的な行動とはいえ申し訳ないと茜は自分の弁当箱からからあげをひとつ摘まんで丁度抗議の声を上げようとしていた水鳥の口内に放り込んでやった。吐き出す訳にもいかず咀嚼の為黙り込んでしまった水鳥を置いて、茜は錦に今度水鳥におにぎりを作ってもらうと良いよと入れ知恵を施す。茜の他意など気付かない錦は水鳥に期待の眼差しを込めて良いのかと問うてくる。勝手な苛立ちを覚えていた水鳥はその純粋な瞳に毒気を抜かれてしまったのか、もうどうでも良いと諦めたのかから揚げをもぐもぐと咀嚼しながらわかったと頷いた。

「ふふ、楽しみ」

 思わず零れた茜の呟きに錦は何故だと首を傾げ、水鳥はやられたと項垂れた。
 さて、茜のお膳立てによりおにぎりで錦と水鳥の距離を縮めるきっかけは用意されたわけだが。どうせ恋を恋と意識しないからじゃれ合う友人の枠に収まっているだけの二人だから、傍から見ていれば最初から両想い以外の何物でもないやり取りを覗き見するのは茜の趣味ではないので、結局錦と水鳥がどうなったかは知らない。以前天馬が下宿している木枯し荘で秋の教えの元水鳥がおにぎりを作った際は常識の規格を飛び越えた物を仕上げていたが果たして今回は。水鳥も茜も知らない女の子手製のそれは随分丸っこくて見ている分には可愛らしかったけれど。あれではちっとも水鳥らしくないから間違っても真似なんかしないで貰いたい。そんな茜の心配を余所に、水鳥は錦に期待するなよときつく念を押して翌日の昼食用に作って持っていくと約束を交わした。そして翌日、茜の記憶通りの巨大なおにぎりを錦に手渡して、錦は錦で最初こそ驚いたものの直ぐに水鳥らしいおにぎりだと笑ってそれを受け取ったらしい。
 その後、何度か錦が昼食で巨大なおにぎりを一つお弁当として食している姿が目撃されるようになる。そしてその度に他の部員はおにぎりだけの錦におかずを分けてやろうと申し出るのだが当の本人は幸せそうに満腹だからとそれらを断ったりしている。時には錦の傍らで水鳥本人が今日のおにぎりは力作なんだと胸を張っている姿もあって。普段ならばからかう浜野たちも、付き合っていないと公言している二人がもはや夫婦の様なやりとりを交わしている姿に何も言えなくなってしまった。そしてそんな浜野たちの隣で茜はごちそうさまと笑い手にしたカメラのピントを錦と水鳥に合わせてシャッターを切る。後で現像して見せたら水鳥は勝手に撮るなと顔を真っ赤にして怒るかもしれない。だけどこれくらいの駄賃はあっても良いでしょう。そう開き直って、茜はどうしたらあの二人は付き合いだすのかと割と真剣に考えだす。
 カメラを下ろして再び視線を向けた先では、水鳥が錦の頬に付いた米粒を取っていたものだから茜はもう一度小さくごちそうさまと呟いた。


―――――――――――

20万打企画/はるお様リクエスト

神様だって知らない結末
Title by『にやり』





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -