※高校生・同校設定

 ――教室の廊下に面した窓が二回ノックされたら、それが彼のやって来た合図なの。


 席替えが催される度、人気が出るのはいつだって後方で、尚且つ廊下とは反対の窓際の席が最高とされている。季節による寒暖差も多少選別の要素に含まれるが、結局廊下側は人の出入りがあるから落ち着かない。番号順、くじびき、自由選択、方法はいくつもあるけれど、春奈は今の所席替えをしたいとは微塵も思っていないので、今しがた席替えのくじを引いて大移動を終えたクラス中に立ち込めている歓喜や落胆の声を聞き流し、一人頬杖を着いて喧騒が落ち着くのを待っている。
 春奈の席は、一番端の廊下側。数分前までは前から三番目で、今は四番目に移動した所。友人曰く、くじ運がなかったとのこと。それでも、春奈には大きく息を吐いて安堵の感情を表したいくらいのベストポジションだった。なぜなら、窓際の席になってからその位置だからこその楽しみが出来たから。
 友人がいないわけではないけれど、昼食はどうしてか同学年のサッカー部で集まって食べるようになっていた。男子辺りはクラスの友人が部活仲間だったりするから不自然さはない。しかし同学年のサッカー部にマネージャーは春奈ひとりだから、当然彼女の友人はサッカー部ではない。男子と仲が悪いわけでも、逆に男子との仲を冷やかされることもない。結局春奈の気分次第で部活仲間とでも友人たちとでもそのどちらと昼食を取っても大丈夫なのだ。それでも、春奈が前回の廊下側の席に落ち着いてからはほぼ毎日サッカー部で昼食を取るようになっていた。その理由は至って単純で、四限目が終了して教科書を仕舞っていると決まって自分の真横にある窓がノックされるから。そしてその窓をノックするのが、隣のクラスの立向居だから。
 最初は「今日はどうする?」と尋ねられてその場で答えを考えていた。だけども、春奈がサッカー部と食べると答える度に「じゃあ一緒に行こうよ」と誘って貰えることが嬉しくなっていった。立向居に「お待たせ」と声を掛けると「全然」だとか、「今日は天気が良いから屋上だって」と返される言葉に添えられる笑顔が自分に向けられる笑顔が心地良くなっていった。立向居に絶賛片想い中の春奈にとって、こんな幸せな瞬間はないというくらい、ささやかながらも贅沢な時間がそこには広がっていたのだ。だから春奈は、今回の席替えでも廊下側を維持できたことに心底喜びを感じている。これでまた暫くは、立向居が迎えに来てくれるはずだから。

「あれ、席ずれた?」

 四限目が終わり、昼休みだとざわめき始めた教室に開いていた窓から顔を覗かせながら立向居が尋ねてくる。教科書を机の中に仕舞い終えて鞄からお弁当を取り出していた春奈にはなかなかの不意打ちで、思わず驚きで硬直してしまう。しかし直ぐに自分の席が移動したことを思い出し、今日席替えがあったのだと言うと立向居はなるほど、と一度顔を引っ込めて、閉じていた春奈に近い窓を開けてまた顔を見せた。

「音無は一個後ろに下がっただけ?」
「うん、結構お気に入りなの」
「へえ、変わってるね?」
「どうして?」
「どうしてって…窓際の方が人気じゃない?理由はよくわからないけど…」
「でも窓際って遠いじゃない」
「何に?――ああ、ドア?」
「ぶっぶー!違いまーす!」

 腕でバツを作り、春奈は席を立ち廊下に出た。立向居は春奈の返答にじゃあどうしてと聞きたそうにしていたが、それをさっさと昼食を食べに行こうよと有無を言わせずに促した。
 ――この様子じゃあまだまだ、かな。
 立向居のぴったり隣を維持しながら、春奈は内心溜息を吐くと共に気合いを入れ直す。毎日こうして自分を迎えに来てくれる立向居にだから、ひょっとしたらを期待することも少なくない。そんな期待をして、攻めが甘くて転ぶなんてことは絶対にしたくないから、恋とは大胆さと慎重さが求められる乙女の総力戦なのだ。
 仮に自分が廊下側から外れた席に位置したとして、立向居は今と変わらず自分を迎えにクラスを訪れてくれるだろう。きっかけは春奈が窓際の席になったからだけれど、何もそれは彼女が窓際に陣取っている間のみと契約されたものではないのだから。それでも、隔てるものが窓一枚から座席数列、クラスメイト数人を挟んでしまえば途方もない距離が開いたような気がしてしまうのは何故だろう。窓際からいなくなった自分に、果たして立向居はどうやって声を掛けるのか。入り口から少し声量を上げて呼ぶのか、昼休みだしと遠慮なく席まで来てくれるのか、それとも。近くにいた誰かに頼んで呼んでもらうのか。最後だったら、何だか嫌だ。
 ――教室の廊下に面した窓が二回ノックされたら、それが彼のやって来た合図なの。
 誰に囁くでもない、春奈の心の内でのみ唱えられる言葉。高校生の男子にしては控えめな優しいノックは、春奈だけを呼んでいる。そしてその呼び鈴に気付けるのも春奈だけ。今はまだ部活仲間でしかないとして、これを特別と呼べないだなんて春奈は疑わない。

「そういえばさっきの話だけど――」
「さっきの?」
「窓側は遠いってやつ」
「ああ、それが?」
「直接は関係ないかもだけど、明日から気を付けないとね」
「……?何を?」
「今日は窓が開いてたからあれって気付いたけどさ、癖で、いつもの窓をノックしたんじゃ音無気付かないよね」

 暗に、明日もこれからも迎えに行くと言ってくれているのかと、春奈はかあっと頬が一瞬で熱くなるのを感じた。並んで歩いているから、立向居から顔を背けて前を見れば気づかれないだろうとつい不自然なほど勢いよく会話の為に合わせていた視線を逸らしてしまった。不味いとも思ったけれど、これは不可抗力だ。だっていきなり期待をさせるようなことを、笑顔まで添えられて言われては反応しないはずがないのだ。恋する女の子はどんな些細なことでも期待するし自惚れるし喜ぶしその反対もまた然り。立向居が僅かでも、明日もまた自分と話し、歩くこの時間に想いを馳せてくれたのなら、それは十分嬉しいことなのだ。
 だけど。

「間違えたって、私は気付くと思うわ」
「――ん?なんか言った?」
「なあんにも!」

 ぽつりと呟かれた春奈の声は、立向居には聞き取れなかったらしい。満面の笑顔で自分を見上げて答えた春奈に「ご機嫌だね?」と尋ねれば「毎日よ!」と返される。感情表現が豊かな春奈だけれど、四六時中ご機嫌なんてそんな馬鹿な。思ったけれど、言わない。「毎日よ!」の前に、「貴方と二人でいられるこの時間は」の語が抜けていることを知る由もない立向居には、春奈の足取りの軽さは不思議なまま。
 それでも、明日も明後日も春奈を迎えに四限目が終わると直ぐにクラスを出て彼女の傍の窓をノックすることを、春奈は勿論、立向居もまた当たり前として捉えている。だから今は知らなくても良い。どうせ近い内に無自覚でいられない恋と共に知ることになるのだから。


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炎上の予感
Title by『ダボスへ』





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