テスト前の勉強会が、休憩と銘打ってもお茶会になりつつあることに冬花はむむっと唇を尖らせる。勉強を教えて欲しいと彼女を自宅に招いたのは円堂の方なのだから、最低限真面目に取り組む義務がある。決して今までの態度が不真面目だった訳ではないが、階下からお茶を取りに来なさいと声が掛かった瞬間弾かれたように顔を上げて嬉しそうに部屋を出て行ってしまった円堂には少々釈然としないものを感じる。
 ――教え方、下手だったかしら。
 円堂が開いていた英語のノートを手に取って初めからページを捲る。祖父に似てお世辞にも綺麗とは言えない文字が並んでいる。流石に慣れないと読むことが出来ないレベルにひどくはない。それでも赤や青を交えないシャープペンの黒でばかり綴られたそれはテスト前に復習に使用するにはふさわしくなかった。きっと、機械的に映すという作業をしただけなのだ。書くと同時に覚えるということをしないから、円堂はいつもテスト前になって膨大な勉強をこなさなければならなくなる。呆れるよりも、もうずっとこうだったんだろうなあという納得が先に立つ。中学生である円堂が学問に身を入れずに何をしているかなんて聞くまでもなくサッカーしかない。サッカーがなければ自分が今こうして円堂の部屋にいるということもなかったろう。更に言うなら、円堂が勉学を疎かにしてまでサッカーに打ち込んで世界代表の座を射止めなければ尚の事。ならばこの歪な文字と円堂の学力は自分たちの今の為に犠牲になったのか。なんてね、とひとりごちて自分の筆箱からピンクの蛍光マーカーを取り出す。今回のテスト範囲までノートを捲ると、要点となる個所にピンクのラインを引いていく。時折ピンクと黒が混じりあって、冬花のペン先を汚す。普段自分でノートを取るだけなら絶対にやらないことだ。シャープペンではなくボールペンで、かつきちんと乾いたことを確認してからでないとマーカーは使用しないのが、今回はなんとなく。
 インクの残量は惜しいけれど、この際ノート最後までチェックを入れてしまって使用済み扱いしてしまおうか。ラインを引きながら、書かれた内容をざっと頭に流し込んでいく。どうやら、チェックだけでなく補足もしてあげた方が良さそうだということに気付く。再び筆箱を漁り赤ペンを取り出しキャップを外したところで一人分だというのに随分賑やかな足音が階段を上ってくることに気付いて手を止めた。
 立ち上がって、部屋を出た際に閉められていたドアを開けてやれば案の定トレーで両手を塞がれた状態の円堂が立っていた。冬花のタイミングの良さに驚いた様子だったが、「足音」と呟けば自分のそれが喧しかったからだと察して恥ずかしそうに笑って謝られた。ここは円堂の家なのだから、自分に謝る必要なんてどこにもないだろうにと思ったけれど、母親に注意されたことがあるのだろう。気にしないでと言うにはやはりこの家の人間ではない自分の台詞ではないので「わかりやすかったよ」と適当に場を濁してこの話題を終わりにする。そして円堂がトレーを置けるようにと、勉強に使っていたローテーブルの上に広がっている教科書やノートを床に下ろしていく。
 礼と同時に円堂が置いたトレーの上に乗せられていたのは、冬花がこれまで友人宅に遊びに行って出されてきたお菓子よりも随分丁寧な物だった。ジュースを注ぐグラスではなくソーサーに伏せられたカップとティーポッド。お皿に盛られた洋菓子は見たことがないもので思わず首を傾げた。
 皿を凝視したまま動かない冬花に、円堂は「昨日フィディオから届いたんだ!」と破顔しながら教えてくれた。FFIを通して出会ったライバル達とは偶にではあるがこうして交流があるらしい。尤も、イナズマジャパンの人間でいえば円堂くらいのものだろう。過日の手紙に、イタリアチームで撮った写真が同封されていて、それに映っていたこの菓子を冬花同様見たことがないと尋ねた円堂に、陽気な友人はじゃあ今度送ってあげるよと安請け合いしたのである。だが実物を見ても同封されていた手紙が読めない円堂には目の前にある菓子の名前はわからない。

「フィディオも気を使ってイタリア語じゃなくて英語で書いてくれてるんだけどさ、それでも辞書なしじゃ無理だし時間もかかるからテスト終わったら解読しようと思って」
「……英語なの?じゃあちょっとそれ見せて」
「おう、えーと確か引き出しに……これだ」

 国際交流も楽ではない。面と向き合えば「サッカーしようぜ」の一言で済むことなのに。手紙一枚瞬時に読み込めないのは言語の壁か、円堂の学力の壁か。他人に宛てられた手紙を隅々まで把握するつもりはないので、冬花は飛び飛びでわかりやすい単語だけを訳して目当てのことが書かれている個所に目星をつける。円堂より英語は出来るつもりだが、それでも中学生以上の学力は持ち合わせていないので、所々辞書の力を借りながら二、三行の文章を訳していく。

「冬っぺわかった?」
「――うん、ここかな。カ、サ…カッサータ」
「へえ!冬っぺ凄いな!俺いつもフィディオからの手紙訳すのめちゃくちゃ時間掛かるのに!」
「このお菓子のとこしか訳してないよ…。あとそう思うなら守君、もうちょっと真面目に授業受けなくちゃね」

 冬花の言葉にうっと詰まる円堂に、先程手を加えたノートを手渡す。自分のノートだがこれが何かと停止している彼に中身を確認させれば彼女によって線を引かれていることに直ぐ気付く。

「一応今回の要点だけ」
「やった、ありがと冬っぺ!」
「見てるだけじゃ覚えられないよ?」
「わかってます…」

 目に見えて肩を落としてしまった円堂に、これ以上は本当に落ち込ませてしまうかなと未だ手つかずだったティーポッドからカップに中身を注げば香りからカモミールだと知る。鎮静効果があるそうだから、理解できない勉学でこんがらがって加熱した円堂に、テスト勉強を頑張るようにと母親からの厚意だろうか。それでも、頑張っていない訳ではないけれど今回のテストも厳しいかなあと失礼ながら勝手に予想する。だって円堂のことだから、本当は今にだってボールを手に外に飛び出したいに決まっているのだから。そして冬花としても、部屋に閉じこもっていう彼よりも、大空の下ボールを追いかけている方がずっと魅力的だと認めている。学生である内は、テスト結果が芳しくなければその魅力を発揮することすら出来ないのだから世知辛い。

「そうだ守君、その手紙にたしか今回のテストに出る構文使われてたよ」
「えっ…」
「ふふ、訳してみよっか?」

 名案だと微笑む冬花に逃げ道はないと悟ったのか、円堂は大人しくノートを置いて手紙を手に取った。友人からの手紙も読めてテスト勉強にもなるのだからまさに一石二鳥だろう。折角送ってくれたお菓子はもう暫く放置してしまうことになるだろうけれど、その分返事の手紙はいつもより早く届くだろうから許して欲しい。
 お茶を取りに部屋を出て行った際の円堂の嬉しそうな顔を思い出す。あれは勉強から逃げられるからではなく、珍しいお菓子を自分にも早く食べて欲しかったからだと冬花は気付いているけれど。その所為で勉強会がお茶会に切り替わって修正が利かなければお茶とお菓子を済ませたら自分は早々に円堂宅を後にすることになるかもしれない。それなら、会話は少なくとも勉強会にかこつけて二人きり、同じ部屋で出来るだけ長く過ごしていたかった。ついでに、いつの間にか外が暗くなって円堂に家まで送って貰えれば素敵。
 珍しい外国の美味しいお菓子を食べるよりもずっと幸せなことだと、冬花は円堂が訳したばかりの英文に、間違っていると赤ペンでバツをつける。これは思った以上に時間が掛かりそうだ。


―――――――――――

20万打企画/まいこ様リクエスト

あの手紙は今どうしてる
Title by『ダボスへ』





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -