客人用の物がないという正当な理由があって、同じ布団に横になりながら寝物語を求める塔子の神経の図太さを、吹雪はこの数分でいやというほどに実感していた。そもそも、突然の思いつきで北海道までやって来て唯一の知り合いである吹雪を呼び出して案内人をさせるまでは何の問題もなかった。知り合いだと素っ気ないから友人と呼んでもいい。それなら、僅か一日分の労力など喜んで費やせるから。しかし思いつきはどこまでも思いつきで計画性など微塵も存在していなかった。寝床を確保しないで日を跨ぐ旅路に勇むのは如何なものか。そんな常識を塔子に説いても無駄だろう。彼女は言葉で教えるよりも態度で示す方を美徳とする人間だから。かといって、吹雪が計画的に旅行をしてその成果を塔子にどうだと見せつけても「お土産は?」と一蹴されそうだから結局は諦めるしかないのだ。
 泊まる場所がないと、端から誰かさんをアテにしていたであろう塔子を自宅に泊めることにして、なんの警戒心もなくよろしく頼むと男らしい言葉で頭を下げた彼女に、吹雪は若干の落胆と疲労で頭を下げる。僕も男なんだよなんてありきたりなオオカミの台詞は襲う覚悟を決めた人間だから使っていい言葉だろう。塔子が自分に軟弱なイメージを持っていたことは知っているが、果たしてそのイメージは払拭されているのだろうか。もし払拭されないままカモにされているのであれば大いに抗議をしなければならない。今が真冬でなければ気合いで宿探しをするよう勧めているところだ。流石に、極寒の寒空に女の子かつ元チームメイトを放り出すほど吹雪は冷徹ではないし、なにより女の子には優しくするのがモットーだ。尤も、女の子だから優しくすることと、女の子だから家に泊めるということは若干イコールではないのだが、吹雪はそこは敢えて突き詰めないようにしている。きっと、空しくなるから。
 ――だって、好きとか言って、伝わって、それでも平気な顔して一緒の布団で仲良く寝るってそれはもう僕の価値っていうか、男としての意義っていうか、そういうの全部根こそぎダメにしてくれそうじゃない。
 あっけらかんと、全てに大らかな塔子の気性が好ましくもあったけれど、二人きりという状況に於いてはこうも残酷なのだと吹雪はまざまざと思い知った。

「明日はどうするの?」
「うーん、午前中は適当にぶらぶらしてよっかなー」
「午後は?」
「吹雪んとこの部活に出てサッカーする!」
「…まあ、そんな気はしてたよ」

 想像するだけで今から楽しみなのか、塔子は布団の中で足をばたばたと動かす。掛け毛布二枚と布団の重さをものともしない塔子の脚力は大したものだがこれから寝ようというのに足元を冷やす風を入れて欲しくはない。騒がないでと注意すれば塔子は素直に動きを止めた。そしてまた何か寝物語を強請って来るから吹雪は今度こそ盛大に溜息を吐いた。今よりずっと昔、母親に部屋の電気を消されてもしきりに自分に話しかけてきたアツヤのことを思い出す。そんな幼い姿に重ねられているとは露とも知らない塔子は、旅に出て高揚した気分のまま一向に眠気が訪れないらしい。何か話せと言われても、この年になって寝物語定番のお伽話など語り出しては子ども扱いするなと怒るのだろうか。そうなると、吹雪にはもう何を話していいのか全くわからない。部員の紹介も兼ねてひとりひとり特徴を今から教えておくのも良いけれど、それでは全員分話し終わる前に彼女が退屈で眠ってしまったときに吹雪の方が仲間に申し訳なく思うから気が進まない。
 思えば、いきなり北海道にやって来て、案内してだの泊めてだの何か話してだの。こうも無条件に要求ばかりを突きつけられるのはなかなかに理不尽だと思う。自分から見返りを要求していないのが悪いと言えばその通りだが、突然の彼女のペースにかき乱されて落ち着いて物を考えること自体が不可能だった。だから、こうして夜布団に入ってからようやく塔子や自分について振り返ることが出来ている。纏まった考えかと言われると、未だ混乱しているというのが正直なところだが。
 塔子がどの程度自分のことを気安いと認識しているのか、吹雪にはわからない。だが多少なりともそう思っていなければいきなり自分を呼び出したりはしないだろう。個人的な旅行は、背に腹変えられない状況で行う物ではないだろう。では塔子は自分ならどの程度のことを許容してくれると思っているのだろう。あれもこれもと突きつけられる要求を、自分が拒まないとも限らない。そしてその拒否は、吹雪からすれば恐怖するべきものだ。それが行き過ぎて、自分の殻に閉じこもっていた過去を持つ吹雪からすると、塔子の切り込みは大胆すぎて受ける側である此方の方が怖くなるほどだ。もしそれが誰に対しても同じであるのなら、吹雪の機嫌は下降するだけ下降して、彼女が北海道を去る日まで曖昧な笑顔を浮かべて彼女に付き合って時間を浪費するのだろう。だけど、もし吹雪だからと甘えている部分があるのなら、自分の秘めた気持ちに一筋の光が差し込んだと舞い上がって塔子の手を取って時間を惜しむだろう。その差は、雲泥に近く真逆だ。しかし、肝心のその差を明らかにする言葉を吹雪は一つしか知らない。自分の恋心を晒して、その返答次第といったもの。それは、あまりにリスクが高すぎる。

「ねえ塔子さん…寝ようよ」
「えー!あたしまだ全然眠くないよ?」
「だって僕明日も学校だもの。それに気分は昂ぶってても飛行機とかで体は疲れてるから寝た方が良いって」
「……吹雪は久しぶりにあたしと会ったってのに積もる話のひとつもない訳?」
「そうは言わないけど…塔子さん僕の話興味ある?」
「あるからさっきからなんか喋ってって言ってるのに吹雪上の空なんだもん!つまんないよ…」
「…ごめん」
「………折角会いに来たのに…」

 最後にぼそりと呟かれた一言は、ひとつの布団に寝転がっているという距離の近さが拾わせた。「え?」と瞳を見開く吹雪と、しまったと顔を真っ赤にする塔子。二人きりの部屋には久方ぶりの沈黙。
 ――え、会いに来たって、それって、ねえ!
 一気に塔子のテンションを追い越す吹雪の思考と裏腹に、塔子は自分でも言うつもりのなかった言葉を漏らしてしまった羞恥心から必死に布団の中に頭まで潜り込もうとする。それを追いかけるように布団を捲り上げて問い質そうにも吹雪も自分のもしかしたらの想像が気恥ずかしくて上手く言葉を紡げない。二人して顔を赤くして、目を合わさないように必死になったり、何とかことの真意を聞き出そうと考え込んだりと忙しい。果たしてこのまま同じ布団で眠りについても良いものだろうか。というよりも眠れるだろうか。だって塔子の言葉を単純に都合よく解釈すれば吹雪はオオカミにだってなってしまう筈なので。

「やっぱり明日学校サボって塔子さんと一緒にいようかな」

 ぽつり呟いてみれば塔子に「調子乗るな馬鹿!」と枕を投げつけられた。だけどきっと吹雪は明日学校をサボるのだろう。わざわざ自分に会いに北海道まで単身やって来てくれた彼女を放っておくことなど吹雪には出来るはずがなかった。


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それは好きだという証拠
Titleby『にやり』




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