サッカーを辞めてからもう随分と時間が経つけれど、それ以前から親交のある幼馴染との付き合いは相変わらず続いていて、これがいわゆる腐れ縁というものだろうかと蘭丸は大人になってからというものふとした瞬間にしみじみと感じ入らずにはいられない。思えば、現在自分と一緒に暮らしている恋人である茜と出会ったのは中学生の時で、それ以来細々と繋いでいた縁がいつしか恋になり結ばれて今では寝食を共にするようになっている。当時は自分と彼女がそんな関係になるなんて思いもしなかった。どちからといえば、彼女は自分の幼馴染に心惹かれていたような気がするから。それを当人等に正直に打ち明けると、一人はあれは憧れをこじらせたはしかみたいなものだよと苦笑して、もう一人は全く心当たりがないと言いたげに首を傾げる。相も変わらず鈍い所のある幼馴染が、こうした瞬間心配になって手を差し伸べたくなるから困る。さっさと好い人を見つけてくれれば良いのだけれど。
 茜の元来趣味でしかなかったというカメラを持つ機会が減っていくに従って、彼女は蘭丸と手を繋ぐ時間が増えていった。隣を並んで歩けば自然と繋がっている手はいつだって心地よくもう少しこのままでいたいとどれだけ時間を過ぎても思うのだから、茜はこの気持ちを恋ではなく愛と呼ぶことにした。蘭丸と出会った頃、茜の心の大部分を占めていた感情は恋や愛ではなく憧れで、もしかしたら恋と勘違いしていた時期もあったかもしれない。神童拓人という少年に憧れて、カメラのレンズを向け続けて飛び込んだ世界で茜はあっさりとその境界線を見つけて割り切った。たった一人への憧れが、仲間への尊敬と愛着と絆に変わり、彼女の世界は予想外に広がって行った。そうして出会った蘭丸が特別になる頃には、拓人への憧れは大多数へのものと変わらない友情に落ち着いていた。

「ねえ、神童君は今日何時に来るの?」
「仕事早めに切り上げて来るって言ってたけどそれでも7時過ぎだろうな」
「じゃあ先にお風呂入っちゃってくれる?」
「茜は?」
「私は夕飯の準備だよ」

 高校生活も大学生活もあっという間に通り過ぎて、気付けば社会人なんて誰から見ても文句なしに大人と呼ばれる齢に到達していた。蘭丸と茜が恋人同士になったのは高校生の時で、大した波乱もなく緩やかに愛を育んだ二人は大学を出ると同時に一緒に暮らし始めた。中学時代からの友人はもう結婚してしまえと囃し立てた物だけれど、それに対して二人して真顔でそれは働いてある程度資金が貯まってからと返せば揃ってごちそうさまですと呆れられてしまった。その時、拓人だけは苦笑しながらもそういえばまだ結婚してなかったっけなと珍しい茶々を入れて来たものだから、今更そんなに初心な関係でもないくせに蘭丸も茜も妙に照れてしまったことを覚えている。
 一時期は音楽の道を進むか悩んでいた拓人も結局は実家の企業を継ぎ、蘭丸もそれなりに良い所の商社に就職した。楽な仕事という物など存在しないだろうが、拓人は自分の家の会社ということもあり逆に気張っていそうだと蘭丸は心配している。器用だし、能力もあるから結果だけ見れば淡々と仕事をこなしているように見えても思った以上に根を詰めていたりする彼だから、偶に交わす電話で疲れているなと感じたら自分たちの家に誘うようにしていた。特別何かを癒せる訳でもないが、幼馴染の性というか何というか。お坊ちゃんの肩書に抵抗があるのか自宅を出ている拓人の食生活が如何なものかなんて面倒を見る必要なんかなくとも心配なものは心配で、それを茜に打ち明ければじゃあ私がご馳走してあげようと言い出したのは彼女の方だった。
 そして、もはや定例イベントとなりつつある拓人を招いて三人で夕食をする当日。カレンダー上では休日であり拓人の会社も同様であったはずが、申し訳ないが一件だけ急いで済ませなければならない仕事が入ったから遅れるかもしれないと電話が入ったのが午前中のこと。電話越しの声がやけに申し訳なさそうだったので、そんなに気にするなと言い聞かせたけれど果たして効果はあったのかなかったのか。材料は昨日のうちに茜が購入しているから今日は買い物に出る必要もなく、蘭丸は掃除の手伝いを終えるとリビングのソファでぼんやりとテレビを見て過ごしていた。台所から夕飯の下拵えをしている茜の鼻歌が聞こえてきて、それに耳を傾けている間にうとうとと微睡んで、そのままいつの間にか眠ってしまっていた。

「蘭丸君、蘭丸君、神童君来たよ?」
「――ん?」
「霧野も疲れてたのか…。なんかすまないな…」
「違うよー、蘭丸君のはただのお昼寝だから神童君は気にしないで」
「だが、」
「それとも、私の料理は食べたくない?」
「――いや、敵わないな」

 眠りの浅瀬から引き戻されて、頭上で交わされる会話を意識の隅でぼんやりと聞き取る。本当、大人になったものだ。拓人を言葉で丸め込む茜の姿など、出会ったばかりの頃では決して想像もつかなかったのに。なんて、一体何年前のことを思い出しているんだと頭を振って上体を伸ばす。二人しておはようと声を掛けてくるので素直に同じ言葉を返せばどうやらもう夕食の準備は済んでいるらしい。先に風呂に入ると言っていたもののどうやら間に合わなかったようだ。だが茜もそれほど気にしていないのか、冷めないうちに食べようと二人に席に着くよう促す。
 普段は向かい合って囲む食卓を、客人がいる時は蘭丸の隣に茜が座る。そして今日は蘭丸の前に拓人が座る形となった。拓人が来るときはいつもこの形で食事を取るのだが、彼もそれが習慣になっているのか迷わずいつもの定位置に腰を下ろしたことに蘭丸はやはり腐れ縁だなと感じる。

「それじゃあいただきます」
「はい、どうぞ」

 そんな一言を皮切りに、各々食事と会話を楽しみ始める。三人で顔を合わせても会話の内容は思い出話よりも近況報告の方が多くて、それだけ途切れることなく一緒にいたという事実が彼等の内側に確かに存在している。蘭丸が拓人に恋人出来ないのかと尋ねれば苦笑一つで返されて、じゃあ彼女が出来るまでは遠慮なく家で晩御飯を食べてねと冗談めかす茜と、お言葉に甘えてとやはり苦笑気味に返す拓人。下手な遠慮をするような、閉鎖的な環境に蘭丸と茜はいなかったし、そうでなければ不安で関係を保てないような二人ではなかった。絶対的な信頼と愛情で以て過去を自信として現在を幸せに暮らしている、昔からの付き合いの二人が、拓人には正直羨ましくもある。だからといって急いで相手を探して出会えるものでもないから、現在は仕事が恋人といった状態が続いているのだが。
 幼馴染も、部活仲間も。十年以上も前からの付き合いがこんな年齢になるまで続いているなんて思いもしなかった。それはきっと彼等も同様だろうと拓人は思っている。このまま日々が流れて、きっと蘭丸と茜は結婚をして子どもを設けて穏やかに年を重ねていくだろう。その時に、こうして時々で良いから顔を突き合わせていたいだなんて、招かれている立場の自分が願うには図々しいだろうかと、拓人はふと考え込んでしまう。年を取ったのかな、と苦笑すれば蘭丸はまだ若いと呆れてくれるに違いない。

「神童、どうした?やっぱり疲れてるのか?」
「いや、……二人のことが好きだなあと思ったらつい、な」
「はあ!?」
「ふふ、私も蘭丸君も神童君のこと好きだよ」
「ありがとう」
「……そんなに好きなら俺たちの結婚式で友人代表スピーチでも読んでくれて構わないぞ」
「わあ、神童君感極まって泣きそう」
「流石にもうそんな涙腺緩くないんだが…」

 三人きりでも、賑やかな食卓を囲めばやはりふとした瞬間に過去は過ぎる。あの頃は、憧れも恋も愛も知らずに目の前に現れる困難や相手にぶつかることに精一杯で、未来の自分たちなどまともに想像したこともなかったけれど。大人になってから子どもだった自分たちを振り返れば当時の必死さも拙さも愚かさも全部微笑ましいと笑ってやれるのだから、きっと後悔なんてしていないのだ。
 蘭丸と拓人は幼馴染のまま。蘭丸と茜は部活仲間から恋人になり、拓人と茜は憧れから友人へと少しずつその関係を変化させていったけれど、細くとも途切れない繋がりを解くことなくこのまま年老いていけたらなんて、言葉にはしないまま、三人は一様に同じことを願っている。だって、こんなにも好きなのだから。変わらないものなどないと思う根底で揺るがない気持ちを抱いて、蘭丸と茜、そして拓人は大人になり向かい合って笑い合っている。


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Title by『ダボスへ』


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