自分の身長が学年平均以下であることは自覚済みだったけれど、嘆くにはまだ成長期も迎えていない段階だから時期尚早だと思っていた。ネタにされてからかわれれば不愉快で怒ったりもするけれど、自分から卑屈になって他人を羨むようなことはしなかった。
 しかし、今回ばかりは倉間は生まれて初めて己の身長の低さと成長期到来の遅さを嘆き、沈黙した。目の前に置かれた自転車がどうした乗らないのかと語りかけて来た気がする。だが実際語りかけて来たのは当然自転車であるはずもなく、持ち主である水鳥が不思議そうに倉間の動向を見守っているのみであった。
 部活中にドリンクの粉がきれて、まだ部活も始まったばかりでないと困るから買い足しに行くことは何ら不思議ではない。たまたま手の空いていた水鳥が挙手をして、では任せたで終われば良かった話題が他の女子二人によって独りで大丈夫かという話題に移り変わったばっかりに荷物持ちとして倉間が駆り出されることになった責任は、単に話を聞いていなかった迂闊さと、それを知りながら面白がって話を振った浜野と巻き込まれた速水にあるのだろう。なあなあで適当な返事を繰り返していたら、それじゃあいってらっしゃいと送り出されていた。
 いつも乗っている自転車に二人乗りしていこうと言い出した水鳥に反論はなかったけれど、校則的にはアウトだがさっさと用事を済ませて練習に加わりたい倉間としては大いにありだった。だから二つ返事で水鳥の提案に頷いた。校門まで自転車を持って行くから先に行って待っていろとの言葉にも大人しく従った。特別無駄に待たされることもなく、水鳥は自転車に乗って校門までやって来た。そうして自転車を降りてから、倉間に一言「漕いで」と言った。最初は何言ってんだコイツと思ったものの、実際女子の漕ぐ自転車の荷台に座る男子なんて絵面は悲しすぎた。しかも、脳内のイメージ映像はしっかり自分と水鳥で再生されていたから尚更。
 仕方ない、とあくまで率先してではない風を装いつつ、自転車のハンドルに手を掛けた所で倉間は停止する。そして冒頭に至る。
 ――サドル高くね!?
 この一言を、倉間はもう数分言い出せずにいる。だって情けないにも程がある。同い年の女子が使用している自転車のサドルが高くて足が地面に着きそうにないから下げても良いかなんて絶対に聞きたくない。何より相手が水鳥だから一層のこと。 笑われるとか、馬鹿にされるからだとかは実際それ程心配していない。ただ単純に倉間のプライドの問題だ。自分に正直な水鳥だから、倉間の要求にそういえばそうだなと笑ったとしてもそこに悪意は微塵もない。からかいだとか、怒りの琴線に触れる軽口はちゃんと時と場の空気を読んで発する。意外だったけれど、水鳥は日頃の言動の粗雑さが余程直情的に映っているが本人は至って冷静に一歩引いて全体を見渡せることの出来る少女だった。ただ、折角冷静に見渡した事態を語るときに自分の思った所を多く含みすぎるから彼女の人物像は付き合いの浅い人間にはなかなか正しく理解されない。我ばかりが強ければ、当初サッカーに何の興味も持っていなかった水鳥が、誰かさんの応援団長と名乗りマネージャーの名称を否定しながら仕事はきっちり手伝うなんてこと続けられる筈がないだろう。そこには、きっと自分以外に向ける優しさや愛情といった温かい感情が存在している筈なのだ。
 そんな風に瀬戸水鳥という少女の像を捉え始めてから、倉間が彼女に抱く感情は割と好意的なものとなった。だから現在進行形で、張り通してもわがままにしかならない意地をどうにか貫く道を探している。水鳥の前では格好つけたいなんて誰かに打ち明けたら、それは恋だよなんて囁かれて、片意地を張ってもそれでは疲れるだけで虚勢を見抜かれた時により情けなさが増すだけだと気付けただろうか。もしもはもしものまま、倉間の前に可能性として存在し事実には成り得ていない。そして悪あがきの沈黙を続ければそれを破ろうとするのが水鳥の気の短さである。不思議そうだった表情は訝しみに染まり、やがて苛立ちへと変化する。これではいつまで立っても買い出しに行けないではないかと。

「倉間、さっきから何で黙ってんの?」
「………いや、」
「あー、もう漕ぎたくないなら良いよ!あたしが漕ぐから後ろ乗りな」
「いや、俺が漕ぐ………だから」
「…だから?」
「ちょっとサドル下げていいか」
「は?」

 今度は、水鳥が倉間の言葉を理解する為に沈黙を必要とした。それから数度倉間と自転車を見比べて、成程と納得し直ぐにサドルを下げてやった。二人乗りをするなら確実に足の着く高さでないと何かと危ない。勿論、倉間がサドルの高低調節を申請した理由が安全性の問題からではないことくらい水鳥にもわかる。でなければあそこまで気まずそうに口を噤む理由がない。
 ――そんな気にすることじゃないだろうに。
 思ったけれど、倉間の気持ちを察したことを隠す為に言わなかった。お世辞にも背が高いとは言えない。浜野辺りにからかわれて成長期が遅いだけだと憤慨している場面を遠目に見たこともある。実際その通りなのだから、気にする必要なんてあまりないだろう。水鳥からすれば倉間の身長が平均より低いという、大勢と比較した認識などしていない。単純に自分より低いとしか思っていなかった。尤も、水鳥を異性として好ましく思っている倉間からすればそこが一番問題なのかもしれないが、それは水鳥に想いを伝えない限り気付かれることはないだろう。

「ほら、さっさと行こ」
「ん、」
「よーし、じゃあ後ろ乗るからな。重いとか言ってふらついたらどつくから」
「わかったから早くしろ」

 女の子みたいなことを水鳥も気にするんだなと失礼なことを思いながら、倉間はゆっくりと自転車を漕ぎ出した。ちらりと背後を伺うように視線を送れば、荷台に横向に座って片手で髪を抑えたりしているものだからまたも意外だと思う。水鳥のことだから、荷台を跨いで座ったり最悪立ち乗りするかもと考えていた。彼女の性格を加味すれば確かにそちらの方が性にあっているのだが、なにせスカートが長いので無理なのだ。
 倉間も直ぐにそこに気付いて、今度は性格がこんなに快活なのだから、スカートを短くした方が動きやすいのではないかと余計な考えに飛び始める。だけど実際スカートを短くした水鳥を前にしたら、今度は目線のやり場的な意味で思い悩むのだろう。倉間は自分の単純さが軟弱さに思えてこっそりと息を吐き出す。
 先程から安全の為にと水鳥の手が肩に置かれていることにすら落ち着かなくて、心臓が早鐘を打っていることが彼女にバレないかヒヤヒヤしているのだ。そんな感じなので、今走行している道が目的地への物から逸れてしまっていることなど倉間には気付けなかった。水鳥は彼の後ろで「もっと早く漕げー!」と暢気に笑っているのだから、道間違いに気付いて二人して苦笑しながら引き返すことになるのはもう少し先の話だ。



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嗚呼、好いたのは結局
Title by『Largo』




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