※数年後、円堂とまこの関係が不純。色々注意。

昔はもっと恋というものは純粋に綺麗で楽しいものだと思っていた。少なくとも、ブラウスとスカートの下に手を伸ばす必要なんてどこにもないと思っていた。
 円堂ちゃんが好きだった。恋だったか、憧れだったかはもう曖昧で忘れてしまった。忘れてしまった方が楽だろう。少なくとも、あの頃は私の上に獣のような目をして覆い被さってくるような円堂ちゃんなんて知らなかったのだから。
 高校生になった私のブラウスのボタンを外していく円堂ちゃんの手つきは、普段の大雑把な雰囲気とは裏腹に優しくて丁寧だ。そんなことで、私は何やら円堂ちゃんの気持ちを勘違いしてしまいそうで、いつも泣きそうになってしまう。こんなことならいっそ乱暴に引きちぎられた方がよっぽど心は穏やかだろうに。まあ、実際毎度毎度そんなことされていたら制服のブラウスを買い直す事になって財布には優しくないだろう。それとも、責任を取る形で円堂ちゃんに買い直して貰えるだろうか。経済的には、それくらいの余裕今の円堂ちゃんにはあるのだろう。
 毎度違うホテルで交わす情事というものは存外味気ない。色気よりも背徳感が勝って結局私は一人で円堂ちゃんの下で唇を噛んで涙を必死に耐えることしか考えられない。昔から円堂ちゃんは女心の分からない男だとは思っていたけれど、この点ばかりは何年経っても進歩しなかったみたいだ。身体のことなら分かるのに、否、それだけ分かれば男の本能としては充分なのかもしれない。

「まこ、どうかした?」
「……別に、」

 理解なんて一ミリも出来ない癖に、妙なタイミングで勘を働かせるから円堂ちゃんはやっかいだ。右手は既に私のブラのホックに掛かっていて、瞳の奥の熱はさっさとその先を求めて蠢いている。それでも言葉だけは私を気遣ってみせる。円堂ちゃんと事に及ぶ時は必ずフロントホックのブラを着けている私も大分円堂ちゃんに対して気を使っていると思うのだけれどどうだろう?本人に言ったら素で礼を言ってきそうで嫌だ。
 私と円堂ちゃんは恋人じゃない。でもきっと友達でもなくて他人でもない。だから、クラスで一番仲の良い友達にだってこの関係を打ち明けることはしない。円堂ちゃんだって、誰にも言っていないだろう。恋人でもない年下の、しかも高校生と体の関係を持っていますだなんて、胸を張って言える筈もない。
 円堂ちゃんの恋人の有無を、私は確かめたことがない。昔の記憶を遡れば、彼はえらくモテていたような気がするのだが、あの頃の円堂ちゃんはいつかサッカーボールと結婚するんじゃないかと思われているくらいサッカーしかしていなかった。それ以外を知らなかったのかもしれない。
 時間と共にこじ開けられた世界は円堂ちゃんを少しずつ捻じ曲げてしまった。サッカーにだけはひたむきであろうとして、それ以外はどうでも良いと走り続けた終着点がこんな薄暗い安っぽいホテルのベッドの上なんだとしたらきっと彼はかわいそうな人だ。愛しさなんてものは湧いてこないけれど、なるべく優しくなるよう気を付けて円堂ちゃんの頭を撫でた。

「…まこ?」
「何?」
「…いや、まこが俺に触ってくるの珍しいよな」
「こんなことしてるんだから、そんなことないでしょ」
「はは、かもな」

 既に上半身の下着を取り払われた状態で行う問答はなんだかとっても滑稽だった。にこにこ笑う円堂ちゃんは、一瞬昔の、出会った頃の彼と見間違う程に変らない。だけど、今彼が手を伸ばしているのはあの頃日が暮れるまで追いかけ続けたサッカーボールなどでは無くて、平均よりも少し短めに折られた私の制服のスカートの内側なのだ。
 そろそろと私の太腿を這う手の感触がくすぐったい。だけど笑ったりもしない。いやらしいことをしているのかなあ、しているんだろうなあと思う。好きだったのになあ、とも。じゃあ、今は?いつまでもずるずると続く円堂ちゃんとの関係を断ち切るのはきっといつだって私の言葉に委ねられている。
 きっかけは、もう朧気で、でもたぶん円堂ちゃんの良いか、という問いかけに頷いてしまったんだろう。腐っても、無理矢理なんて最低なことをする人間ではなかったのかもしれない。
 私のショーツの端に円堂ちゃんの右手が掛かった辺り、何故か唐突に私の初恋はきっと円堂ちゃんで、きっとその残り火は今も現在進行形でこの胸に燻り続けているんだろうと思い当たった。そしてそれと同時に円堂ちゃん以上に自分が惨めでかわいそうな存在の様に思えてくる。自惚れだろう。だけど。
 たった今私の鎖骨に残された円堂ちゃんからのキスマークを見つめながら、私は自宅の浴室で一人彼を思って泣くのだろう。薄汚れた初恋は純粋なまま、これからも私と円堂ちゃんの体だけを繋いで行く。それが良いか悪いか、私はもう気にすることもないだろう。流れてしまえば、それで良い。



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きみに包まれて死ぬ幸福をまだ誰も知らない
Title by『にやり』





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