降りかかってくる面倒を避けるのは割と得意な方だった。だからか、避けても避けても追い縋ってくる面倒やら災難に直面するのは初めてで流石の松野も疲れていたのかもしれない。その場しのぎで適当な言葉を選んで逃げ出した。それは結局問題を先延ばしにしているに過ぎないというのに。

「じゃあやかましさんが次のテストで総合10位以内に入ったらそのお願い聞いてあげるよ」
「本当ですか!?よーし、覚悟しといてくださいね!」

 何の覚悟だと思いながらも早速テスト勉強ですと走り去ってしまった春奈にやっぱりなしなんて反故は言い出せないまま。部活中の話を聞いている限りそれほど秀でた成績を収めている様子もないから、たぶん大丈夫だろうなんて曖昧な高を括っていた。なにせ所属している部活が部活だ。勉強よりもサッカーしようぜとは口にしないものの確実に思っている輩が集っている部活だから、学校側がテスト前だからと部活を禁止している期間のぎりぎり直前まで活動している。それでも優秀な人間は優秀だから、結局個人の自己管理が全てとも言えるが。それでもそんな部活のマネージャーだし、テスト前だから勉強させてくださいと言い出すタイプでもないし、挙句他校の情報収集と称して日々動き回っている春奈のことだから、テスト勉強に心血を注ぐこともあるまい、もしくはそんな集中力は持っておるまいというのが松野の失礼な見識だった。
 だがしかし。

「ふっふーん!見てください松野先輩!総合7位!ラッキーセブンですよ!」
「は!?」

 テストが終わり暫くして、松野自身自分の不用意な発言などうっすら忘れかけていた頃にその衝撃はやって来た。部室で先輩かつ男子が着替えているというのに帰りのSHRが終わったテンションそのままで部室の扉を開いて押し入ってきた春奈に、松野を含めその場にいた全員が硬直した。春奈はお目当ての松野以外眼中に入っていないのか、着替え中に乱入したことを詫びるでもなく、服をちゃんと着ていない異性に照れることもなく手にしていた小さな紙を松野の前にずいっと差し出した。
 視界に移ったその文字は、確かに春奈の今回のテスト結果を表していて、各教科の点数を追って右端の総合順位を見ればそこにはたしかに数字の「7」が鎮座しており、松野は頬が引き攣るのを感じた。

「っていうか、全教科85点以上って何!?そんな頭良くなかったでしょ!?」
「ふふふ、松野先輩、私が誰の妹かお忘れですか!」
「は!?」
「他の先輩に去年のこの時期のテストの問題用紙を拝借してそこからお兄ちゃんに予想問題集を作ってもらった私に死角はありませんでした!」
「何それ、凄いのやかましさんじゃなくて鬼道じゃん!」
「そこは恋の為なら兄すら利用する私の行動力を讃えてください!」
「おい音無、それは間違っても鬼道の前で言うなよ」

 最後の台詞は風丸の言だが、松野を除く全員がこのやりとりを見て同じことを思ったし、彼女が松野しか見えていないことを悟り早々に部室から退散していた。風丸も、この一言を最後に部室を出て行った。松野は出遅れたことを心底悔いたけれど、それ以上に数週間前の自分の軽率な発言を恨む。確かに春奈は行動力だけはずば抜けているのだからこれくらいのことはするだろう。そしてきっと鬼道には自分との約束は話していないに違いない。ばれたら面倒だと内心冷や汗をかきながら、一度交わしてしまった約束である以上仕方ないかと必死に自分に諦めろと言い聞かせる。別に、それほど無理難題を押し付けられている訳ではないのだから。

「……一緒に買い物行きたいんだっけ?」
「はい!この間新しく出来たショッピングモールに行きたいんです!」
「それは良いけど服とか時間掛かりそうな買い物には付き合わないからね」
「大丈夫です!寧ろ服とかは松野先輩と出掛ける前に買いに行かなきゃいけませんから!」
「いや別にそんな気合い入れなくていいよ」

 褒め言葉とか豊富じゃないしと目を逸らした松野に、春奈はそれまでの高々なテンションを少しばかり抑えてそこはデートだからですよと微笑んで見せた。それを、顔を背けながらも横目で見ていた松野はこっそりと溜息を吐く。普段からそれくらい穏やかに距離を詰めてくれていたのなら、もう少し優しく対応してやれるかもしれないのに。しおらしい女の子が好きな訳ではない。ただ春奈の近付き方は飛びつかんばかりの勢いだから、受け止めようにもきっとその勢いを殺せずに押し潰されてしまうだろう。そう思うと、どうにも松野は春奈を敬遠しがちになってしまう。しおらしい女の子が好きな訳ではないように、騒がしい音無春奈が嫌いな訳でもないのだが。彼女の為に妥協してやれる部分が松野には少なすぎるという話。春奈の無邪気さが視野の狭い我儘に映るように、松野もまた身勝手に自分を優先させる我儘だった。
 ――デート。うん、デートねえ。
 一緒に出掛けることを、連れが異性ならばそう呼ぶことも出来るだろう。道行く人の視線に映り込めば恋人同士だと思われるかもしれない。だけどそれは結局自分たちのことを何も知らない赤の他人の勘違いだ。松野からすれば否定しなくても数分後には意識されない些細なこと。それでもきっと、春奈はそんな勘違いを喜ぶのだろう。松野への好意を隠そうともせず、松野の及び腰に憶病になることもなく。もしかしたらそれは、そうして貰えることは、人としてとても光栄なことなのかもしれない。同じだけの想いを返すだけの心の揺れは、未だ松野には生まれていないけれど。少なくとも、春奈以外の女の子に好きと言われてもその脳裏に彼女の姿が浮かんでしまうくらいには浸食されていると言っていいだろう。重いというと語弊があるし、努力の量に比例して結ばれる恋などではない。それでも、一番に自分を想ってくれている女の子といったら松野には今の所春奈が真っ先に思い当たるのだ。こんなこと、本人には勿論、嫌味かと言われそうだから誰にも打ち明けられないし、打ち明けるつもりもない。

「…まあ張り切るのは良いけど楽しみで眠れなかったとか言って寝坊するのはやめてよね」
「失礼な!……頑張ります」

 どこか自惚れの混じる松野の台詞に噛みつくことなく想像して自信なさげに宣言する春奈は、贈る好意に具体的な見返りを求めることはしない。それをすればただ想うだけの現実に疲弊してしまうからか、単に自分が松野を好きだという事実を重んじているのかはわからない。尋ねれば墓穴を掘りそうだから、松野は聞かない。
 だけど、もしデート当日になって待ち合わせ場所に真新しい衣装に身を包んだ春奈がやって来たのなら、聞こえるか聞こえないかくらいの声音でも良いなら「可愛い」と言ってあげても良いかもしれない。


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20万打企画/柚茶様リクエスト

僕の中心で君は笑う
Title by『にやり』





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