拓人が突然の通り雨に打たれてしまったのは、珍しく部活のないいつもより早めの帰り道のことだった。運動部で普段から汗まみれには慣れているし、悪天候の中試合をこなしたこともある。だからいっそ濡れ鼠になって帰ってしまっても良かったのだが、そんな拓人の考えを引き留めたのは彼の隣を歩いていた恋人である茜の存在だった。彼女の所持品と聞いて真っ先にイメージされるもの。ピンク色のカメラ、それは流石に雨に濡れてはまずいだろう。帰り道ということもあり今は手にしていないけれどきっと肩にかけた鞄の中に入っているに違いない。そう思ったから、拓人は雨に気付いて鞄からタオルを取り出していた茜の手を掴んで一応ペースを配慮しながら雨宿りの場所を探して走り出していた。結果、コンビニの入り口付近の軒下という場所に落ち着いた。拓人からするとスローペースだったとはいえ、やはり茜には少々ハイペースだったらしく、彼女の呼吸は思ったよりも乱れていてなんだか悪いことをしたなという気になってしまう。そんな感情が表情にしっかりと出ていたのか、茜は拓人の顔を見て直ぐに微笑んでありがとうと礼を言ってくれた。取り出したまま雨の中を走ってしまったけれど、手にしていたタオルはさほど濡れなかったようで。

「シン様、制服濡れちゃいましたね」
「山菜もな」
「でもブラウスは濡れても洗濯機で洗えるけど学ランは違うでしょう?」
「ああ、それもそうか」

 あまり意味はないかもと言いながら、茜はタオルで拓人の制服の肩付近をぽんぽんと叩く。自然と近くなった間合いと、拓人の目に移りこんできた光景とが相俟って思わず彼女の肩を掴んでぐいっと遠ざけてしまう。しまったと思った時にはもう遅い。疑問と一瞬で湧き上がった不安に揺れる瞳のまま、茜の口が何か言おうとまごつく。きっと出過ぎた真似をしてごめんなさいだとか、およそ同級生に向けるような台詞とは思えない言葉を言い立てようとしているのだろう。茜は気付いていないのだろうか、つい直前まで彼女の腕を掴んで走っていたのは自分の方だというのに。それ以前に、自分たちの関係が同じ部活の仲間から恋人に変化したことに。その所為で詰める距離感を慎重に探り合うようになってしまったのか、こうしてふとした瞬間に縮まる距離に呼吸まで詰まってしまうのだからお互い初心なのだろう。
 わたわたと視線を彷徨わせながらも拓人の制服に出来た雨水のシミが気になってしまうのか、茜はタオルを手に持ったまま下ろせずにいる。その姿が小動物の様に可愛らしかったので、拓人は思わず微笑んでいた。それから、早く茜の不安を解消する為に自分の学ランを脱ぐと彼女の肩に掛けてやる。気温が低い訳でもないのにと、理解が追い付かず不思議そうに拓人を見つめてくる茜に理由を説明してやらなければならないのだが、今度は拓人が気恥ずかしさで彼女から視線を彷徨わせる番だった。

「その、ブラウスが…」
「……ブラウス?」
「雨で濡れてその……透けてるんだ」
「!」

 そんな不躾に見ていた訳ではないからと言い訳の証明として視線を逸らし続けながら、教えてやれば茜は慌てて拓人が掛けた学ランを両手で胸元が見えないようにと引き寄せた。顔を真っ赤にしているのは茜は勿論、直ぐに目を逸らして近過ぎる距離を開けたとはいえしっかり彼女のブラウスの下を見てしまった拓人も同様だった。こんな気まずい空気の時に限って人通りが全くないのだから偶然というものに悪意を感じてしまう。
 雨が止まないことだとか、カメラは濡れなかったかだとか話題なら探せばきっといくらでもあるのだろう。それでも頭の中で「水色のストライプ」という言葉が映像と共にリピート再生されてしまう拓人は本人の自覚はなしに思春期真只中であり、普段友人らと猥談に興じることもない彼には何の耐性もないのである意味仕方なかった。下世話な話題に勤しむ男子を同年代の女子が割と冷めた目で見つめていることだけは知っていて、拓人は茜もそうだろうと根拠はないが思っている。だから、現在進行形でブラウス越しに透けた彼女の下着を見たことで変に意識してしまっている自分を気取られたくなかった。

「……シン様、見た?」
「………少し」
「うう…」
「本当に少しだけだ!直ぐに目を逸らしたから!」

 気取られたくないとはいえ嘘を吐いて見なかったと言い張るには直前の行動が許さない。素直に打ち明ければ茜は今度こそ羞恥心の限界を突破してしまったらしくしゃがみ込んでしまう。慌てて拓人もしゃがみ込んで彼女の顔を覗き込むようにすると、耳まで赤くした茜の瞳は涙を浮かべていて数度瞬きしたら零れてしまうのではないかと思えた。慌ててすまないと謝れば茜は違うのだと首を振る。恥ずかしいだけだから大丈夫だと、見たところ全く大丈夫ではない顔で笑おうと努めるから、拓人は途端に未だ止まない通り雨が憎たらしくなってきた。

「ごめんなさいシン様…学ランもうちょっと借りても良い?」
「ああ、構わない。それよりその…本当にすまない。もうちょっと言い方を考えるべきだったな」
「良いの。あの、えっと…見られてもシン様だから…シン様なら良いの」
「―――っ!」

 爆弾投下と言ってもいいだろう。それくらい、今の茜の発言は拓人にとっては破壊力抜群だった。何を破壊するか、それは彼の理性でそれでも場所が場所だから結局耐える以外の道がない。どれだけ落ち着こうと念じても去らない体中の熱は雨に濡れたとは思えないほどで、油断して風邪などひかないようにしないとと意識を逸らそうにも上手くいかない。
 二人してコンビニの軒先にしゃがみ込んだまま、茜が膝に置いていた手に拓人は自分の手を重ねる。今はこれが精一杯で唯一の触れ合いだ。茜のブラウスの下を覗く為に雨水の悪戯に唆されるのではなく己の指で釦を外す日もいつか来るかもしれないけれど、屋外でそんなことする訳にもいかない。
 さっさと店内に入って傘でも買ってしまえば良いのに。もしかしたら、店員だってそう思いながら呆れたように自分たちを見ているのではないか。そう思うと場所だけ借りている現状が申し訳なくもあるけれど。触れていた手はおずおずと握り返されていて。だからもう暫くは、拓人も茜も動き出せそうになかった。


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20万打企画/さき様リクエスト

呼吸をあかるく纏めておいで
Title by『ダボスへ』





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