新しい傘を買って貰ったのだと、塔子が鬼道の自宅まで嬉しそうに報告しにやって来た日の午後、空は雲一つない晴天だった。だから鬼道は、玄関先で部屋に上がるよう促す間もなく真新しい傘を広げてはしゃいで見せる塔子に、何故だか複雑な気分になってしまった。だって鬼道は、この先一週間は天気予報で雨マークが示されていないことも知っていたから、今は満面の笑顔を浮かべている塔子のそれが、日に日に萎んでいってしまうのではないかと案じてしまう。かといって、天候を動かすだけの力なんて当然持っている筈もないから結局何も出来ずにせめて一日でも早く天気が崩れますようにと、スポーツ少年には似つかわしくない祈りをひとつ捧げるしかない。
 青地に白の水玉模様を散りばめた傘を、塔子はくるくると回しながら時折彼女自身もひらりと回る。「似合う?」と首を傾げてみせるその姿に、新しい服を試着してもそんな女の子らしい仕草はしないだろうにと鬼道は苦笑する。そんなポーズを取る塔子が可愛いなんて率直に伝えてしまえば、目の前の少女は「そんな話はしていない!」と和やかな空気を一転させて怒り出してしまうだろうから、こみ上げかけていた言葉は不自然な咳払いで誤魔化す。

「同じ奴で黄色とピンクもあったんだけど青にしたんだ」
「そうか」
「何でかわかる?」
「いや、」
「ちょっとは考えろよ!」
「……早く青空が広がるように、か?」
「うーん、それもある!」

 どうやら完全回答を求められているらしく、鬼道は腕を組んで考え込む仕草を取る。こういう場合、塔子は問題に降参して欲しいのではなく寧ろ正解して欲しいと思っているのだろう。期待に瞳を輝かせて自分を見てくる彼女の無邪気さに、考えても全く心当たりのない鬼道はたじろぐ。早々に降参してしまいたいのだけれど、塔子は自分ならばきっとわかってくれると過度の期待を寄越している。何故だろうとも思うが、そこまで探るのは不躾というものだろう。塔子が差し出す感情は小難しいことなど一切考えず溢れ出た瞬間には相手に届いている物だから。
 しかし塔子が新しい傘ひとつでここまでご機嫌になるとは思わなかった。大好きな父親に買って貰ったとか、そんな理由もあるのかもしれないが、それにしたって一直線に鬼道の自宅にまで押し掛けるなんてよっぽどだ。可愛い雑貨や洋服よりもサッカーボールやタオルを買ってあげた方がよっぽど喜ぶ彼女は普段は雨なんて退屈以外の何物でもないと唇を尖らせるタイプの人間だろうに。挙句雨でもお構いなしにグラウンドに飛び出して行ってしまうから、雨の日に彼女と行動を共にしていると色々大変なのだ。家に連れ帰り風呂に入るよう促しびしょ濡れのユニフォームをお手伝いさんに洗って乾かしてもらいそのまま一緒に夕食を取って塔子の迎えが来るまで他愛ない雑談に花を咲かせる。最初の頃は体調を崩すからだとか、小さな子どもじゃないんだからと口賢しく注意もしていたのだけれど、するだけ無駄だと割り切って鬼道は最近ではまたかと溜息を吐くことしかしない。塔子がそんな幼子のようにはしゃぎまわるのが大抵自分と一緒にいる時だと知ったから、寧ろ僅かな優越感すら覚えて彼女の世話を焼くように傍に留めている。
 塔子と出会ってから、彼女の父親を除く異性の仲間では一番彼女と時間を共に過ごしていると思う。そうなるように予定を割いて顔を合わせるように努力した。それは勿論自覚ある好意が根底に広がっていて、緻密に策略立てて恋の成就を狙う鬼道の傍に危機感なく駆け寄ってくる塔子は明らかに恋愛など二の次にして生きてきたに違いなかった。そんな彼女だったから、まさか告白してその意味が説明せずとも通じた上に自分も同じ気持ちだと頷いたときは思わず告白した鬼道の方が彼女の返答を聞き直してしまったくらいだ。当然怒られた。
 そんな風にして、異性として一番近くにいて、ゆくゆくは性別関係なく彼女の隣を陣取る為に日々努力している鬼道でもわからないことはわからないこととしてある。それが塔子のことであっても、ころころ表情も感情も変化するから、自分とは違うと惹かれる反面理解に苦しむことも様々に存在している。

「すまない、ちょっと俺にはわからないな」
「えー?ちゃんと考えた?」
「ああ。かなり真剣に」

 実際は半分以上が回想に逸れてしまっていたが。それでも塔子のことばかり考えてしまうのはもはや日常で言葉は悪いが随分毒されたものだと諦めを含めて首を振って見せればそれが塔子にはやけに真剣に悩んでいるように映ったのだろう。それじゃあ仕方ないと、塔子は漸く開きっぱなしだった傘を閉じた。

「この青がね、見た瞬間に鬼道の色だなって思ったんだ」
「この傘の色がか?」
「うん。ほら、あたし達が初めて会ったときの鬼道のマントと同じ色だろ?」
「……そう言われれば」
「帝国とか、FFIの時とかは赤だったけど、あたしと鬼道が同じフィールドで一緒にサッカーして、いつも見てた色はやっぱりこっちだなって思って、ついパパに買ってってお願いしちゃったんだ」
「そうか…」
「やっぱりちょっと難しかったかな」

 思いもよらない正解は、塔子自身打ち明けて気恥ずかしい部分があるのか、その照れを誤魔化すように閉じたばかりの傘を再び開いては閉じてまた開いてと遊んでいる。塔子がこうなってしまっては、場を取り繕ってやるべきなのは鬼道だが生憎それも出来そうにない。
 ――いつも見てた色
 何気ない一言だった。深い意味もないかもしれない。見慣れた色を言い換えただけかもしれないただの一語が、鬼道の鼓動を一瞬で速まらせたことなど、塔子はちっとも気付いていやしないだろう。二人して玄関に立ち尽くしたまま顔を赤くしている状況にどうしてものかと思いながら乱された思考はちっともまとまる気配を見せない。だからあと少しだけこのまま。頬に集まった熱を散らせたら、懐かしい青いマントを取り出して塔子にサッカーをしに行こうと誘いを掛けよう。新しい傘は暫く使えそうにないけれど、その青に心惹かれたというのなら傘を広げずとも自分がまた懐かしい青を纏って彼女の隣に居れば良いだけの話だ。


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見事、僕の心に着地
Title by『にやり』





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