十年越しの片想いなんだなんて打ち明けたのならば、誰かはドラマや小説みたいだねなんて笑ってくれるけど、実際は脚本もない人生上のリアルな恋愛がどんなエンディングを迎えるかも知れないこっちはいつだって爆弾抱えて彼女と顔を突き合わせているようなもんだと思う。子どもの頃は良かった。じゃれあいはじゃれあいでしかなくて、スキンシップは悪戯とお説教に巻き込まれて微塵も意識されないんだから。社会人同士の戯れって精々隣に座って酒でも飲まなきゃ滅多なことじゃ相手に触れたりはしないんだ。だって勘繰られたら困るじゃん。その勘繰りが正解だったとして、それがきっかけで今更警戒されたら俺はいったいどの地点まで戻ってやり直せばいいわけ。出会ったことは恋愛感情差し引いての感謝で凝り固まって、じゃあ好きになった辺りから修正するかあ、なんて気楽に言えるもんじゃない。明確なきっかけなんて覚えてないし、現時点で叶ってない恋だからって全くの脈なしだからとかそんな理由で諦めるつもりも今の所ないのだから。


 そんな悶々とした思考に耽る木暮に背を向けて、春奈は鼻歌交じりに台所で野菜を切っている。普段ならば木枯し荘の管理にである秋が陣取っている場所に春奈が立っていることに木暮は若干の違和感を抱えながらも言葉にせずに見守っている。
 毎月の決まった収入に対して計画的に支出を行っている木暮にも社会人であるからこそ突然な出費というものがある。だからと言って貯蓄を毎度切り詰めていたら貯まるものも貯まらないのでそこは生活費を切り詰めて上手くやりくりするのが大人というものだと木暮は思っている。しかしご祝儀も香典も接待も避けようがないのでそんな事柄が立て続けに舞い込んでくると給料前の財布事情が厳しくなる。その度に宿の管理人である秋には食事の面で世話になることが多かったのだが、どこでその話を聞きつけたのかわからない春奈が給料日前最後の日曜日に昼前から木暮の部屋に強襲をかけてきたことは全くの予想外という外ない。

「今月ピンチの木暮君の為に料理作ってあげようと思って!」
「……結構です」
「遠慮しない!」

 こんなやりとりと共に自室から引きずり出され台所へ連れ出された木暮は、結局手伝いすら断られたままおとなしく席についているしかすることがない。「肉じゃがを作るから」と宣言した春奈に「昼から?」と言えばリクエストがあるのかと睨まれ、今は発言すら控えている。十年前のキャラバンでの旅や世界大会中も春奈が料理をしていたことを知っているのでこれから出てくるであろう料理に対しては何の不安もない。それでも釈然としない靄の様なものが木暮の心から晴れることがないのは春奈の行動の意図が読めないからだろう。
 意図なんて探るまでもなく、ありがとうと彼女を歓迎できる関係であれたなら。それは木暮の理想であって現実とはまた違う。勿論、よき友人ではあるのだから、意図は探れども純粋な厚意を疑うつもりはない。ただそれが厚意に留まっているという事実が切なくて、友人の為にわざわざそこまでしてくれなくて良いよという自棄にも似た遠慮が顔を出してしまう。料理している春奈の後姿を眺めながら、夫婦みたいだなんてだらしない妄想に溺れられたらまだ気も楽だったろうに。

「なあ音無……教師って暇なの?」
「折角来たのにそういう聞き方しか出来ないの?」
「……いや、だっていきなり何でって思うじゃん」
「ふうん、昨日スーパーで秋さんに会って木暮君の話題になった時に聞いたの。今月は結婚式が多かったんでしょ?」
「うん、おかげで休日も潰れるからめでたいんだかよくわかんないよ」
「それを言うなら私だって休日は大体部活を見なきゃだからないも同然だよ?」
「サッカー出来るならそっちの方が断然マシだよ」
「あはは!そっか」

 弾む会話に安堵して、調理の手を休めずに背を向けたままの春奈に寂しさなど感じない。まるで慣れ親しんだようにそこにいてくれる背中にやっぱり好きだなんて囁けやしないけれど思うのだ。地元を離れて就職先を決めた理由の中心に春奈はいないけれど。そういえばと、またこんな風に会える距離に期待しなかったといえば嘘になる。だから、自分のスペースに春奈自ら足を運んでくれたことは信じ難くまた嬉しかった。
 先程から会話が途切れるとつい考え込んでしまっていけない。木暮がそう自分に言い聞かせている間に春奈は「完成!」と声を上げて彼の方に振り向く。考え込んでいたこともあり驚いて何も返せない木暮に、不思議そうに首を傾げながらも盛り付けたお皿をテーブルに並べていく。置かれた二人分の皿と茶碗の模様がお揃いなのは珍しいことでもないのに、春奈がそう選んでいることすら意識してしまう自分は今日に限ってどこかおかしいと木暮は落ち着こうとするもののなかなかうまくいかない。当然、春奈の手料理を一対一で食べるのだって初めてだ。
 いただきますと手を合わせてから暫くはお互い無言で料理を食す。それからちらりと春奈が此方の様子を伺っていることに気付き、言うべき台詞は直ぐに理解したのだがどうにも照れくさくていちいち勇気がいる。

「…おいしいです」
「本当!?」
「うん」
「ありがとう!」
「いや、俺の方こそありがとう」

 箸を持ったまま手を叩いて喜んでいる春奈に、少しだけ昔のお転婆な面影を見つけた気がして、木暮は少しだけ緊張が解ける。好きでいた時間が長すぎて、自分がどの音無春奈を好きになったのかなんて奇妙な疑問に捕まっていたみたいだった。出会いと別れと再会と。長すぎる距離と時間の間に果たした成長は、少女を幾分大人の女性に変えてしまった気がして、自分の恋も目の前の大人になった彼女に合わせるように何らかの変化を迎えるのではとおかしな方向に身構えてしまったから、昔は覚えなかった緊張に固まってしまった。
 いざ向かい合ってみれば、自分のたった一言でこんなにも感情を揺らした、あの頃と何にも変わっていやしないのだ。自分に対して、やたらと世話焼きだった所も。
 だけど、変わっていないとほっとした気持ちも事実だけれど。変わって欲しいと、変えたいと思うものがあるのもまた確かな事実。例えば、春奈が自分に向ける感情の名前だとか、それに伴う自分たちの関係の名前だとか。

「来月も木暮君が月末ピンチだったら作りに来てあげても良いよ!」
「うん、作ってよ。毎日でも」
「へ?」
「結婚して、毎日当たり前に俺の為に作ってよ」
「こ、ここ木暮君!?」
「ん?………あ、」

――何言ってんの俺!?
 春奈の得意げな態度にそそのかされてしまったのか、頭で思うだけで済ませるはずだった本音がぽろりと口を突いて零れ出ていた。言い出しっぺの木暮は勿論、突然求婚の言葉を受けた春奈も赤面したまま食事の手も止めて重苦しい沈黙が走る。ふいにしようにも顔の熱が一向に引かなくて作り笑いなんて作れそうにない。どうするどうすると焦る木暮の混乱がありありと表情に浮かんでいるのを見た春奈は、冷静になんて到底なれないけれどそれでも必死に沈黙を破る為の言葉を探して口を開く。

「こ…木暮君」
「……はい」
「本気ですか」
「……はい?」
「だから、結婚とか、毎日作ってとか、本気で言ったのって聞いてるの!」
「ああ、それは本気」
「え、」
「冗談で言うようなことじゃないだろ」
「そ…そうね」

 そして再びの沈黙。こんな気まずい状況を打破するように、誰か木枯し荘の住民が帰宅してくれれば良いのにと木暮が脳内で逃避を始めそうになる程度には、全く以て人の気配がしない。だから尚の事、場を支配する静けさが痛いほどに早く早くと次の言葉、仕草を急かしているように思えてならない。混乱を通り過ぎて冷静に至り、あまりの軽率な自身の暴挙に泣き出したい心境の木暮にはもう弁解も逃げ道もないのだろう。だからもう、無責任かもしれないけれど、あとは春奈の反応次第でこの十年越しの片想いのエンディングは決定されるのだ。見込みなんて、数分前の自分を振り返ればわかるだろうと内心で自嘲する。それでも好きなのだから、最後までしっかりと想っていたいなんてかっこつけだろうか。
 木暮が自分の言葉を待つ体勢に入ってしまったと察したのか、春奈は一度ぐっと詰まったように口を引き結んでしまった。眼を閉じて、黙考する。その瞼の裏に過ぎっているものが自分との楽しかった思い出だったらなんて木暮が淡い期待を抱く途中で春奈は心を決めたという風に瞳を開いてまっすぐに彼を見つめる。顔を赤くしたまま、春奈が口にした言葉は―――。

「恋人から始めましょう!」

 呆然と驚愕で一切のリアクションを返せない木暮を前に、春奈はにっこりと笑みを浮かべた。



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永遠に見える
Title by『ダボスへ』



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