※拓←茜←浜


 傷心旅行は出来るだけ遠くに行きたい。そこに捨ててくる恋心が未練に惹かれてまた自分の所に舞い戻ってくることのないように。美しい景色を見て、美味しい料理を食べて、楽しいお話の出来る友人と素敵な時間を過ごせば、言いようのない胸の痛みだってきっと治まるに違いないから。
 なんて理想は華やかな旅行を謳ってみても中学生の茜に叩ける行楽費なんて隣県への往復新幹線代だって厳しいのだから、実際は自転車で隣町に繰り出して入ったことのないおしゃれな喫茶店に入って数時間おしゃべりが出来れば上出来だ。そうなるとやはり一緒に出向いてくれる友人のチョイスが肝心になってくるのだけれど、同じ部活のマネージャー仲間は生憎都合が悪いらしい。傷心旅行なんて湿っぽいプランに無理にわざわざ予定を合わせてもらうのも悪いからと、茜は他の相手を探すことにする。クラスメイトにも何人かは仲の良い友人はいるけれど、茜の恋心を知っている人はいないから、傷心旅行に付き合ってなんてフレーズすら面食らわれるだろうし、最悪一から説明を求められ瘡蓋にすらなっていない傷を不要に抉られる可能性がある。それは考えただけでも辛い。
 茜が神童拓人に憧れているということは割と大っぴらに認知されている事実だった。だがその憧れがいつしか恋心に変化していたことは、当然ながら殆どの人間が知らない事実である。知っているのはサッカー部の数人。茜が自らその想いを口にしたのはマネージャーの葵と水鳥、そして神童拓人本人だけである。結果として実らなかった恋は、本人に拒まれただけでは完全燃焼とはいかない。優しい拒絶は確かに茜を傷付けたけれど、想ったことを後悔させてはくれなかったから、茜はどうにかして未だ燻る恋の後処理をしなければならなかった。想い続けるのは自由だなんて確かにその通りだけれど、新たな秘め事を貫くには茜と拓人の距離は近過ぎた。何せクラスは違えども毎日顔を合わせるのだ。しかも一度は伝えた好意。想って向ける視線を拓人本人にもし気付かれてしまったら到底誤魔化しきれるものではない。それこそ、拓人の迷惑になりかねないことだと思うから茜はここでこの恋は区切らなくてはならないのだと妙な使命感すら抱き始めている。

「で、なんで俺に傷心旅行のお供の白羽の矢が立ったん?」
「浜野君、昨日部室で暇だって叫んでたから…」
「うん、暇だったけどさあ」
「ダメ?」

 入部してから流れで交換してから一度もやりとりのなかったアドレスから呼び出しのメールが届いたのは昨晩のこと。翌朝浜野が指定された場所に向かってみれば呼び出した張本人の茜は「休日なのに早起きだね」と微笑んだ。反射的に「まあね」と返してしまったけれど、確かに日曜日の朝八時に指定された時刻きっかりに出向いてしまった、それ以前に目覚ましに頼ることなく起きてしまった自分の体の正直さに呆れていた。好きな女の子から初めてメールが来て、しかもそこに綴られているのがお誘いの文句だったら舞い上がっても仕方ないだろう。浜野は健全に思春期真っ盛りだ。単純なことで盛り上がるし単純なことで落ち込む。
 ――俺、山菜が神童に振られたって知らなかったんだけどなあ。
 現在浜野を落ち込ませている事柄は、彼女に恋慕する身とすれば歓迎すべき事態ではある。それでも、自分の知らないところで茜の恋は動いているのだと実感してしまうと、片道の恋はやけに切なく浜野の心を痛ませた。抱えているだけでこの痛みなのだから、晒して拒まれた茜の心はどれだけの痛みを受けたのだろう。泣いたりしなかったかな、きっと沢山泣いたんだろうな。拭ってはやれないし、そんな手は必要とすらされていないけれど。無関係で外にいる方がよっぽど無用扱いだろうから、こうして呼び出されたことは自分にとって一つのプラス要素になるに違いないと、浜野は今日一日を茜に費やすことを決めた。一方そんな浜野の葛藤など知る由もない茜はじゃあ行こうと目的地も告げずに歩き出してしまうから、浜野は構えた心持を途端に崩されてしまった。

「どこ行くんだ?」
「隣町のケーキ屋さん。今日はサービスデイでね、店内で食べるとおまけにマカロンが貰えるんだよ」
「ケーキ屋なのに?」
「ケーキ屋だって色々売ってるんだよ?知らない?」
「うん、あまり自分で店に行ってケーキ買わないもん」
「そっかあ、男の子だもんね」

 目的地は判明したものの、詳しい地理を把握していない浜野は結局茜にエスコートされる他に道がない。好きな子の前で良い格好をしたい彼としては少々残念だが仕方あるまい。だが隣町と簡単に言うが距離がある為普段なら自転車や電車を用いるのだが、茜は徒歩で行くつもりらしく駅に向かうのとは別の道をすいすい歩いていく。
 どうやら、朝八時という集合時間はケーキ屋の開店時間と徒歩で向かった場合の所要時間を差し引いたものであったようだ。それだと逆に掛かり過ぎだと思ったが、彼女は浜野が一時間ぐらいは遅刻すると思っていたとのこと。わかっていないと思うけれど、茜が浜野の自分に向ける気持ちに気付いていたら今日だって誘っては貰えなかっただろう。だから結果オーライだと隣を歩く茜の横顔は、傷心旅行と銘打つ割には穏やかだ。規模がただの外出と変わらないのだから、意を決する必要はないのかもしれないけれど、単純に自分の前では曝け出せない部分が多過ぎるのだろう。遠いなあと、されてもいない拒絶を感じ浜野はどこか焦り、気付けば言うつもりもなかった言葉を紡いでいた。

「なあ山菜―」
「なあに?」
「神童のこと、好きなままじゃだめなの?」
「………」
「えっとさ、余計なお世話かもだけどさ、神童鈍いしさ、一度断ったらそこで終わりって思ってるかもよ?だからこっそりなら好きなまま見てたり写真撮ったりしてもわかんないんじゃね?」
「でも、もしばれたら迷惑だから」
「そんな風に思う資格神童にはないじゃん!」
「え?」
「好きなのは山菜の勝手だろ?告白を断ったのは神童の勝手なんだから、山菜が勝手を続けるのだって勝手なんだよ!だって――」
「浜野君?」

 ――だって俺が山菜のこと好きなのだって俺の勝手で、でもそれを誰かにダメだよなんて言われたくないんだから。言われる筋合いだってないんだから。
 飛び出しかけた本音を寸前の所で飲み込んで、浜野はそのまま黙り込む。茜の恋を擁護するような言い分で守ろうとしたのは結局自分の気持ちだったなんて格好悪い。一度拒まれた想いを迷惑と表現した茜の言葉が重くのしかかる。そんな普段の浜野からは程遠く真面目な顔で沈黙した様を不思議に思いながらも、茜は少なからず救われた心地がして、自然と自分が微笑んでいたことに気付く。

「ありがとうね、浜野君」

 ――でももう大丈夫。シン様を想う勝手は、きっと私にはもう必要ないよ。
 単純だろうか、軽薄だろうか。誰かに肯定されただけで、後悔できないからと燻り続けた恋心が灰となって風に浚われていくような気がした。傷心旅行を初めて物の数分で達成されてしまった目的はやはり一人では至れなかった場所。ならば精一杯の感謝を浜野には贈るべきだろう。沈んだ気持ちを慰める為に求めたケーキは肝心の気持ちが浮上してもやはり魅力的だから二人旅はこのまま続行しよう。

「マカロン私の分も浜野君にあげるね」
「へ?なんで?」
「お礼」
「ん?」

 茜の言葉に理解が追い付いていない浜野はただ疑問を投げるばかり。けれど、茜が失恋したなんて思えない笑顔を見せた瞬間、それが数分前の遠さを感じさせない晴れやかさで浜野はほっと安堵した。自分の言葉が少しでも彼女に届いたのなら今はそれだけで十分。
 ――だからマカロンは山菜が自分で食べていいよ!
 もし傷心旅行が目的を達したのなら、これからの時間はデートと呼んでも構わないだろうか。それならば、浜野はそれだけでお腹も胸もいっぱいなのだ。


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20万打企画/炭素様リクエスト

さういう風にあなたを想おう
Title by『ダボスへ』




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