背伸びばかりの恋だったと振り返れば、この想いは、少しは淡く優しい思い出となってくれるのでしょうか。

「松野先輩、高校は何処に行くか決めてるんですか?」
「なに、やかましさん気になるの」
「ええ、いけませんか」

 クラスの女子も気になってるみたいでした。余計な情報を添付して、気を引こうとするのは私の幼稚さで、いつまでもやかましを抜け出せない証拠。だけど私は知らない。必要最低限の言葉だけで、松野先輩との会話を引き延ばす方法も、貴方から私への言葉を引き出す方法も知らないんです。
 先輩、先輩、先輩。私が松野先輩の名前を呼ぶたびに付随してくるこの言葉が、私は大嫌い。スタートラインが違うよと頭上から私を圧迫してるみたいで酷く胸が詰まる。好きになるにも土台がいるのだろうか。想いだけで突っ走るには、私の気持ちはいつも途中で俯いてしまう程に重たい。そんな私の好意を軽々とかわしてみせる松野先輩はずるい。応える気がないなら、無視してくれればいいのに。嘘、無視なんかされたら、私はきっと人目も憚らずにその場で泣き出してしまいます。

「今のところ一番近場の高校に行くつもり」
「それ学校名じゃないです」
「これだけ言えば新聞部のやかましさんには分かるでしょ」
「私はサッカー部です」

 ほら、まただ。松野先輩は意地悪なのかなんなのか。私を新聞部の音無春奈と認識している節がある。それはつまり、私と彼が初めて出会ったあの時から、彼の中で私が一ミリも前進していないことを意味している。私はもう、新聞部ではないんですよ。先輩。サッカー部のマネージャーとして、三年生が抜けて少し元気がなくなった貴方の後輩たちと、毎日必死に頑張っているんですよ。言えないけれど、私はぼんやりと考える。そろそろ部活が始まる時間だ、と。
 夏休みが明けてからというもの、部活を引退してしまった三年生とは滅多に顔を合わせる機会が減ってしまった。サッカー部を気にかけて頻繁に顔を出してくれるのはキャプテンと木野先輩。他は夏休み中はよく部活に来てくれたけど、流石に進路の事で忙しくなってきたのか廊下で会った時に挨拶を交わす程度の交流になってしまった。だけど、その中でも松野先輩は気紛れで、殆ど顔を合わせることが無かった。先輩のことが好きな私は、内心凄く寂しかったけれど、これまでいたマネージャーが突然減ってしまったこともあって、当然増えた仕事をこなすのにいっぱいいっぱいな日々を送っていた。だから、寂しさなんていくらでも誤魔化せると思っていた。そう思っていたかったのに。
 放課後の廊下。久しぶりに会った松野先輩は、私達が顔を合せなかった時間なんてまるでなかったかのように陽気に私に声を掛けてきた。「やかましさんじゃん」なんて、ほんとに失礼な人ですね、と言いたかった。だけど、彼の声で紡がれるその呼称は、この二年間ですっかり私の物として定着してしまっていた。
いつからか、からかい半分で呼ばれるやかましの何噛みつくことをしなくなった。そんな私を、彼は少し物足りない様子で見つめ直ぐに半田先輩にちょっかいを出しに行っていた。私はただ、松野先輩に振り回されるだけのいじり甲斐のある後輩じゃなくて、同じラインにたって歩いてみたかった。この好きが、受け入れて貰えなくても、せめて届いてほしいと願ったのだ。

「松野先輩、少しは部活に顔見せて下さいよ」
「もう引退したじゃん」
「だからですよ」
「気が向いたらね」
「向かないくせに」

 生意気でしょう、私。貴方にからかわれ過ぎて性格が悪くなってしまったのかもしれません。心の中でなら、いくらでも悪態はつける。だけど、実際言葉には出来ない。嫌われたくないのではなく、ほんの数か月の間に開いてしまった距離が、思っていた以上に大きかった。
 部活に出てこないのは、進路関係で忙しくなるから。そう頭は思うのに、どこかでサッカー部とは関係ない誰かと親しくなって、私のことなんてもう無関係の人間として処理されてしまったんじゃないかと疑っている。何様なの、と思えどぼやける視界になんども戸惑った。会わなくても、好きというだけで人はここまで悩めるし不安になれる。だけどきっと、松野先輩の思考の端に私が映り込んだ事なんて、この数か月の間にはないのでしょうね。

「ねえやかましさん、…機嫌悪い?」
「いいえ?」
「……泣きそうなの?」
「いいえ、泣きませんよ。貴方の前では絶対に」
「……そう、」

 ほら、貴方はいつだってずるい人ですよ、本当に。一歩踏み込んだと思ったら直ぐに踵を返してしまう。期待はさせないでください。泣きそうと聞かれて肯定しても貴方は肩だって私に差し出してはくれないんだから。だから私は、いつまでも無意味な意地を張り続けるんです。
 気付けば廊下には人気が減っていた。それ程長い時間話し込んでいたつもりはないのだが、みんな何やら家路を急ぐ日だったのだろうか。傍にあった窓から、目を凝らして外を見る。残念ながら、この場所からは校庭は見えないので、サッカー部が始まっているかどうかは確認しようがない。目に込める力を緩めれば、窓ガラスには随分情けない顔をした自分の顔が映っていた。成程、これは流石の松野先輩も泣きそうなのなんて聞いてしまうだろう。

「先輩が高校に入ったら、きっとこのサッカー部には顔を出してはくれませんよね」
「……やかましさんは来てほしいの?」
「…わかりません」

 少し前の私なら迷わず当然じゃないですかと語気を荒げて即答していただろう。好きな人に、傍に来てほしい、いてほしい。我儘だとは思わない。それは今でも同じ気持ち。だけど、もう幸せな日常は流れてしまった。先輩は私を好きにならない。たった一つの現実に、二年という時間を掛けて私は漸く気付いた。悲しかったし虚しかった。だけど、心に深く根付いたこの恋を、どうすれば捨てられるのか。それすら私は分からないまま今こうして松野先輩と話している。目が合った瞬間、確かに高鳴った胸が寂しい。

「先輩、高校何処に行くんですか」
「やけに食い下がるね」
「当然じゃないですか」

 私はきっと、先輩と同じ学校には行かないでしょう。だけど、私は先輩を好きなままでいるでしょう。幼稚な私は、子供である限りに貴方を思い続けているでしょう。それがどれほど無意味で、貴方を困らせることでしかないかということも分かっているつもりです。

「馬鹿だね、音無は」

 知っています。知っているんですそんなことは。ねえ先輩、貴方はどこまで残酷な人ですね。今更そんな優しく名前を呼ばれても、この恋は捨ててはあげませんよ。私に期待させるようなことばかりして、あっさりと裏切る貴方が悪い。だから、卒業式は貴方の意見なんて聞かずに第二ボタンは私が頂きます。



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届かないことくらい知っていた
Title by『彼女の為に泣いた』





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