FFIを見事優勝という形で締め括り、日本に戻ってみればどうやら父が響木監督と共に雷門中サッカー部の監督に就くことが決まったらしく、あれよあれよという間に冬花も以前通っていた学校から雷門中へと転校することになった。決定から実行までの動きは非常に無駄なくすみやかだったが、これまでの友人等と再会の挨拶すらままならず別れの挨拶を交わさなければならなかったことは素直に寂しいと思えたし、何よりイナズマジャパンに関わっている間に冬花は色々と成長や変化を迎えていた。そんな自分自身を知らないまま離れた友人と、この先またどこかでなんて願う程繋がっているだろうかと彼女自身心細さを覚えていた。
 帰国後、空港のロビーでそれぞれ帰るべき場所に戻る際、他のマネージャー達と会う機会がめっきり減ってしまうであろうことを涙ぐみなつつ惜しんでからそれほど日が経たない間の出来事。何だか気恥ずかしかったが、冬花の姿を雷門中で見つけた彼女等は寧ろ大袈裟なくらい喜んでくれたので、冬花はたった一日で転校してきて良かったと思うようになっていた。
 転校初日はまだ制服が出来上がっていなかったので、前の学校の制服のままで登校した。その為当然校内で冬花はかなり浮いてしまったのだが、自分の周囲を囲っているのがサッカー部の面々と気付くと大抵の人間は冬花が転入生であるという情報を得るよりも尤もらしく納得しているらしかった。不思議がる冬花の隣で、校内を案内してくれていた円堂達は「いつの間にか顔が広くなっていたんだ」と自分たちでもおかしそうに笑いながら説明してくれた。全国大会、日本行脚、世界大会とこなして仲間を増やしていれば日本中どこの誰を引き寄せてもおかしくないと思われているのだそうだ。それこそ、制服が違う女子生徒ひとりぐらい簡単に。
 そんな他愛なくも突飛な話題に花を咲かせながら校内を歩いて回る冬花を呼びとめたのは、折角同じクラスになれたというのに学校案内を放ったらかして職員室に行ってしまっていた筈の風丸だった。因みに、この風丸の行動を冬花はそっけないのねと少しばかり拗ねているのだけれど、それはこの場にいる誰一人として気付いていないこと。

「久遠、制服が届いてるから取りに来るようにと担任が呼んでる」
「え?学校に届けてくれるの?」
「いや、たぶん久遠のだから雷門が取り寄せてくれたんじゃないか?」
「夏未さんが…」
「たぶんだけどな、ほら行くぞ」
「一緒に?」
「ん?ああ、ここから職員室までの道分からないだろう」
「うん、いいよ一緒に行こう」
「何だそれ」

 風丸の一緒に行くと頷いた途端、冬花の表情にこそ起伏はなかったものの瞳が嬉しそうに輝いた。何より冬花の紡いだ言葉が、勘繰ればもしかしての解を導ける程度には風丸を留めていようとしているようにも思える。だから、円堂は勿論気付かなかったけれど何人かが気を使って「じゃあ後は宜しく」と風丸に冬花の案内一切を任せることにして教室へと踵を返していった。
 冬花も、本当は転入手続きの際に校舎内を探索していたので、おおまかな位置ならば把握しているのだけれど、皆からの厚意が嬉しかったし、何より風丸が自分を気に掛けてくれることが嬉しくて、何も知らない振りをして彼の案内に与ることにする。
 大人数から二人きりになってしまった為多少物静かになることは予想していたが、訪れたのは完全な沈黙。上履きが廊下を踏む音だけが二人分響いて、遠くに聞こえる他の生徒達の戯れている音声は此処にはない。何処にでもいる筈の生徒は自分たちの所にはいないなんて不思議なこと、冬花は一向に構わないのだが、もしかしたら風丸は気不味いと感じたりしているのだろうか。それがひどく気掛かりで、思わず彼の学ランの袖口を引っ張ってしまった。当然、気付いた風丸も、冬花もその場に立ち止まる。

「どうした?」
「――…私、」
「うん?」
「私、転校とか最初は寂しくて少し嫌だなって思ってた。やっと日本に帰って来て、帰るなら此処って思ってた場所をいきなりまた出て行かなくちゃならないとか、嫌だったし、友達とかとも離れちゃうの寂しいもの」
「……?」
「でも今日、秋さんや夏未さんが同じ学校に通えて嬉しいって言ってくれて、守君とかも笑って学校案内してくれるって言うし、これからも一緒にサッカー出来るって笑ってくれてそれで私…凄く浮かれてたんだけど…」
「けど?」
「風丸君は私が雷門に来てもあんまり嬉しくない?」

 冬花の物怖じしない問いかけに、風丸は一瞬息が詰まった。そんなこと、気になってもなかなか聞けるものではないだろう。だってその問いは、相手に己への好意を尋ねるものと大差ない。そして風丸はその好意の有無を問い、問われ拒み、伝えるということが苦手だった。かといって、全てを諦めてひた隠しにすることを良しとしている訳ではなかった。だから、冬花と離れて手に入れた平穏が本人の登場によって唐突に崩れ去ってしまったことは風丸にとって今日朝一での衝撃だったのだ。取り敢えず落ち着こうと一人の時間を持って、よしこれでもう大丈夫と冬花と連れだって教師からの要件を果たそうとしたらこれだ。
 端的に言って、風丸は冬花が好きだった。たったそれだけのことを、風丸はどうあがいたって冬花本人には伝えられないと思い込んでいる。勿論、今はまだ、という希望的観測を行ってはいるが冬花からしたら相手の気持ちなんて分かるはずがない。いつかいつかと先延ばしの途中今は近過ぎると距離を置かれれば当然傷付く。

「…嬉しくない訳じゃなくて、」
「うん」
「本当に驚いたんだ。だって誰にも雷門に転入してくること言ってなかっただろ」
「うん、忘れてた」

 サプライズではなかったのか。予想が外れて、風丸は考えなしに喋りはじめた言葉の続きを見失う。好きだとはやっぱりこんな状況に流されて零れるような言葉としては言いたくなかった。
 何となくだけれど、冬花が向けてくる気持ちが自分と同じなのではと思ってはいる。ならば尚更区切りは必要だと思うので、今はどうにかして彼女に機嫌を直してもらうしかない。

「嫌な思いさせなのなら謝る」
「………」
「だからもう少し待っててくれないか」
「…風丸君?」
「制服も早く取りに行かないといけないし」
「じゃあ職員室までこうしてくれるなら許してあげる」

 微笑んで、風丸の言葉への了承とそれに対する対価だと冬花は彼の手を握って先に歩き出す。呆気に取られて冬花に引っ張られるように前へ進む風丸は徐々に状況を把握して顔を赤くしているがそれでも繋がった手が振り払われる気配はない。それだけで、今は満足しておいてあげよう。
――どうせこの状況を誰かに見られたら、噂なんて直ぐに広まって貴方だって背中を押されて飛びこまざるを得ないでしょう。
 此方はもういつだって準備万端なのだから。そんな冬花の内なる声が聞こえてしまったのか、腹を括ったらしい風丸は手を繋いだまま大股で彼女を追い越して歩き続ける。耳まで真っ赤にしながら、それでも離されない手から伝わってくる気持ちが恋以外の何物でもないのに。しかしやっぱり「好き」の二文字が欲しいから、冬花は風丸を甘やかしてはあげないのだ。


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だれかが望んでくれるのなら、そうしたら私、よろこんで言う
Title by『ダボスへ』


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