※一之瀬とマークの性格が根本的に悪い。『貴方の瞳に映らない景色』の続きくさい。


最近、カズヤが俺に向ける視線が物騒な色を帯びているような気がする。もっとも、その原因を知りながら危険要素を放置している俺の根底的思考回路も既に末期症状なのだと自覚している。恋愛に、手段等吟味している暇はないのだ。

「ねえ、マーク」
「なんだカズヤ、ちゃんとクールダウンしたのか」
「とぼけんなよ」

 出会ってから数年、未だかつて聞いたことのないような声音と口調で話すカズヤの表情はもうマフィアというか、何だったか…やくざ、とかいうものと誤解されそうなほどに悪かった。多分、そんなカズヤをうすら笑いを浮かべながら見つめる俺の表情も到底他人に見せられたものじゃないだろう。
 殴り掛かってこないだけ、きっとカズヤは理性的な人間だ。真実を掴みかけながら、その中身を確認するまでは最後まで俺を少なからず信用しようとしているのかな。もしそうなら、残念だけど単なるお笑い草だ。俺は理性を隅に追いやって、衝動と欲求が促すままにカズヤの前からリカを隠してしまったんだから。そしてそれを、少しも悔やまず反省せず開き直っている。
 アメリカ代表の練習後、既に二人きりとなったロッカールームに漂う不穏な空気はピリピリと俺の肌を刺す。試合の前の高揚感とは違う、だけどこれも一つの戦いの前の緊張感だろう。勝つことも、負けることもきっとない。俺とカズヤのこのギスギスした空気を霧散させられるのは、此処から遠く離れた場所で、今日も窓を開けずに一人空を見上げているであろうリカだけなのだ。だけど俺は、リカにこのカズヤとの出来事を報告するなんてことはないし、カズヤがリカと会話することだってないのだ。そしてこの事実が、どうしようもなく俺を愉快にさせて、頬が厭味に緩むのを抑えることが出来ない。当然、カズヤは不愉快そうに顔を歪める。後悔してる人間の表情にしては大分人相が悪いけれど。

「やっぱり、リカを隠したのマークだろ」
「隠したって…、無理矢理みたいな言い方しないでくれ」
「…否定はしないんだ」
「すればカズヤは信じるのか」
「……信じないね」

 だろ、とカズヤに背を向けて帰り仕度を始める。別に俺はリカを監禁してるとかそういう倫理と法律に反したことをしている訳じゃない。ただカズヤの傍にいることで自分の傷を自分で広げるような真似をして一人泣くリカを見兼ねて連れ出しただけだ。カズヤの目に届かないからと云って、俺の直ぐ傍にリカがいるかと言ったらそれは違う。リカは今だって空を見上げてカズヤを思って少し泣いて、同じように段々と前を向けるようになって来た。それを今カズヤに邪魔されたら堪ったもんじゃない。勿論、この気持ちはリカの為でもあって自分の姑息な恋心の代弁だと俺は知っている。
 そもそも、カズヤがいけないのだ。好きなことを、相手の先行する好意に任せて伏せて遠ざけてしまったりするから、気付いた時にはもう遅かったりする。自業自得、因果応報。カズヤは知らないまま報いを受けるべきだ。カズヤが素知らぬふりをしたことで、リカが一人どれだけ泣いたのかを、その報いを。
 それでも、俺は別にカズヤが嫌いな訳じゃない。サッカープレイヤーとしての彼の実力を否定することなど出来ない。チームメイトとして、キャプテンとして心の底から信頼している。だけどそれ以上に俺はリカを好きで、人間として彼を尊敬出来ないのだ。嫉妬も自己嫌悪も飽きるほどこなした。結局俺は、カズヤよりもリカを選んだのかもしれない。リカの手を引いて連れ出して、今カズヤを突き放そうとしているのだから。

「カズヤはリカが好きなのか」
「…それがどうだっていうのさ」
「好きじゃないなら探すなよ。リカは別にカズヤを待っていないから」
「……っ」

 悔しいのか、予想外の言葉だったのか。奥歯を噛みしめてカズヤは俺を睨む。泣かないんだな、そう思っただけでちっともカズヤへの罪悪感だとかが湧いて来なくなる。耐える意地が残ってる時点で駄目なのだ。プライドも恥も何もかも捨ててリカに会わせてくれと縋って来たのなら、俺も少しは同情したかもしれない。しかし一瞬でそれはないな、と首を振る。優しさは、もうリカにだけしか向かわない。上辺だけのおべっかをチームメイトにまで向けるようになった俺は最低な人間だろう。だけど、カズヤは俺と対極地点に立つ最低な人間だ。心の奥底で一番好きな子に、上辺だけの笑顔を向け続けた、最低な男だ。

「……リカはマークを好きになったの?」
「いや?でもカズヤを好きでなくなってくれれば俺は満足だ」
「嘘だね、惨めなくせに強がるのやめなよ」
「は?」
「俺がリカに好かれてたから欲しがったんでしょ?好かれたいから好きになったんでしょ?」
「黙れよ」

 本当にカズヤの負けず嫌いには反吐が出る。そしてカズヤの言葉が真実であればある程、俺の不愉快は募って行くわけだ。確かに、リカに好意を向けられるカズヤが羨ましかった。あんな風に、俺もリカに想われたいとは思っていた。だけどそれと俺がリカを好きになった理由の全てがマッチするかと言われれば微妙に違う。俺がリカを想う理由は、俺だけが理解できるものだ。そこに、カズヤはいない。
 勝敗はつかない。これは最初から分かっている。だがきりの良い落ち所をお互い見つけられずにいる。それは、相手を完膚無きまでに叩きのめしたい欲求が少なからず俺達の腹の内に潜んで蠢いているからだろう。笑顔の牽制は尽きることを知らない。それでも、俺はやっぱりカズヤが嫌いな訳ではない。明日の練習では、チームメイトに何一つ悟られることなく、いつも通りカズヤにパスを出していることだろう。彼もそのパスを普通に受け取っているに違いない。
 なんだか、無性にリカに会いたくなってくる。明日も練習だから、今日は彼女の家には行けない。だけど俺は、カズヤとは違い彼女の居場所を知っている。それだけが、俺がカズヤに持てるたった一つの優越感だ。取り敢えず、これからリカを訪ねる時はカズヤに尾行されていないか注意しよう。流石に考え過ぎかもしれないけれど、やっぱり俺はカズヤにだけは負けたくないみたいだ。ほんと、惨めったらないな。



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君の気持ちなんて浅はかで冷たいものなんだろう
Title by『彼女の為に泣いた』




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