知ってましたか、私が貴方に抱いた感情の名前を。 知ってましたか、私が怯えた別れを笑顔で迎えようとする貴方へ送る言葉はきっとおめでとうではなくさようならだと。 小さな花束を手渡す役目を仰せつかったんですよ。可愛い後輩から大好きな先輩達へ。何分後輩の人数が多すぎるんですよね、雷門のサッカー部は。だから、他の子等も気を使ってか最初のメンバーを送り出すのは最初のメンバーが率先して、みたいにしてくれたんです。だから花束なんです。他の子は色紙に気合いを入れるそうですよ。私も気合いを入れてみんなの割り勘で購入した花束を貴方に手渡しますよ。本当に人数が多くて一人百円しか募らなくとも片手サイズのものならだいぶ余裕をもって購入出来ましたよ。なんならプリザーブドフラワーでも用意しようかと思いましたがそうなると一気に高額になるしやっぱり卒業式に後輩からの贈り物にするには大袈裟ですよね。恋人同士の特別な記念日に贈るようなものなら兎も角。これから高校大学と卒業することは何度があるのに下手したら十年もこんな小さな花を飾って下さいなんて図々しいですもんね。二、三週間で枯れるのがベストですよ。気持ちの切り替え的な意味に於いてもね。 そうそう、どうしてマネージャーの私が同じマネージャーの秋さんや夏未さんじゃなくて風丸さんの花束を渡す係りかと言いますと、やはり気を使ってくれたんですよ。壁山君も栗松君も、色々。何の気を使ったか、解らないなら聞かないで下さい。野暮だし鈍感だし酷いし何より私が惨めだから黙って下さい。 「音無は何をそんなに怒ってるんだ」 「明日が卒業式だからですよ」 「それは俺にはどうしようもないな」 「ええ、そうでしょうとも!はい、花束です」 「え、それは明日渡してくれよ…」 「明日は明日で今話してた花束をちゃんと渡しますよ」 「じゃあこれは何だ」 「サッカー部の後輩からではなく、音無春奈からの花束です」 「……ん?」 「前祝いって奴です。遠慮なんてしないで受け取って下さいよ。風丸さんにあげることだけ想定して買ったんですよ」 「ありがとう?」 私からの花束を受け取る風丸さんはやっぱり意味が解らないと言いたげに語尾を上げている。格好着かないですね、貴方も私も。 明日になれば判明することだから大きな顔をして主張したりはしませんがその花束、部からの餞よりもちょっと立派なんですよ。先月のバレンタインと合わせて計画的に使用していたお年玉もとうとうすっからかんです。 何となく、お店の人には黄色で花束を纏めて貰ったのは、卒業生の胸に添えられる花と被りたくなかったことと、空とも海とも結びつく彼の髪に添えるならば赤や桃や白より黄色が良いと思ったから。チューリップ、ミモザ、ガーベラコデマリカスミ草、黄色オレンジ白を取り込んだ花束は割とポピュラーなものを揃えているけれど、きっと風丸さんは花の種類を唱えてみたりはしないでしょう。それが風丸さんらしさだと思う。 足元に咲く花に気を取られたりはしないで。だけど踏みにじりはしないで駆け抜けて。後ろから追い縋る恋慕にだって見向きもしないで。立ち止まったって手に救えやしませんよ、貴方は親切なだけで優しくすらなかった。責めてるとか、そんな話じゃない。恋の足しにならない思い出しか残せないなら突き放して欲しかったなんて、そんなの私の都合でしょう? 伝えたかったと言えばその通り。でも拒まれたくなかったというのが一番大事。今こうしてただの後輩が差し出す花束を、理解は出来ずとも受け取って申し訳なさそうな顔をしないでくれるのは貴方が私を拒んでいないからだと信じていますから。卒業式を間近に、風丸さんも告白される回数が以前より増えたんじゃないですかね。式当日というのは雰囲気故に成功率の変動共に失敗時の心の傷を癒すに役立つのでしょうがサッカー部という時点で明日風丸さんを告白な為に一対一になれる場に呼び出すなんて不可能ですよ。可愛い後輩が離れませんしサッカー部の同級生だって一緒でしょう。卒業式だからスパイク忘れるなよなんて台詞、私は今日初めて聞きましたがやはり宇宙一のサッカー馬鹿である円堂さんが言うと全く違和感がありませんでした。 話が逸れました。兎に角、私はどうしようもなく臆病で、明日で風丸さんが雷門中を卒業するからなんて理由ではちっとも足を踏み出せそうにありません。そうですね、きっと心の何処かで信じているのでしょう。たった一年の差だと。追い駆けるように貴方と同じ高校に入れば、そこにはまた去年の春と同じ光景が待っていて、また同じ時間が再開されるのだなんて夢物語。あの時の人が全員同じ高校に行く訳じゃないんですよね。先輩達が卒業すること自体より、先輩達が離れ離れになる事態に泣きそうです。きっと新しい環境、出会い、生活を手に入れて今は自然と過去のファイルに入れられてそのまま行方不明になるんです。出来ればUSBメモリみたいに持ち歩いて下さい。思い出だってちゃんと細分化しておくべきです。風丸さんのメモリ容量はいかほどですか。大雑把にサッカー部と分類するのでも構いませんよ。そこに私は絶対いるでしょうから。 「風丸さんの家には花瓶はどれくらいありますか?」 「んー、二つくらいじゃないか」 「それはこの花束だけでは占領出来ませんか」 「…どうかな。占領してどうするんだ」 「花束なんて幾つも貰っても仕方ないでしょうから、明日のサッカー部からの奴は私が貰ってしまおうかと」 「何でだよ。卒業祝いなんだろ?」 「風丸さんは本当に私のこと解ってませんねえ」 「音無はなかなか奇っ怪だからな」 「失礼な」 両想いでなくとも、恋は意地汚い独占欲を齎すものなんです。ちょっとの会話で幸せになれるから、そのちょっとすら他人に譲りたくなくなるんです。結局物足りてないみたいで、自己嫌悪は夜にならないと訪れない。昼間は落ち込んでいる暇なんてなかった。自分を愛して可愛がって鼓舞して焚きつけて貴方へと走らせなければならなかったから。 それも明日でお終いかと思うと本当に名残惜しいです。未だに夢物語を有り得ないと嗤いながら一年後の現実に今直面しようのない私は恋の区切りを決意することもないまま第二ボタンを強請る意気地もありません。でもそれを他の女の子に渡して欲しくもなくて、どうして風丸さんは推薦でとっくに高校入学を決めているのかと恨めしい。一般ならば合格発表は制服で見に行かなければならないので卒業式に制服のボタンをむしり取るなんて許されないのに。 「そうそう、じゃあ音無は明日俺の所に来るんだな」 「ええ。花束を持って笑顔でご卒業おめでとうございますと送り出しに行って差し上げます」 「だからなんで怒るんだ」 「風丸さんが可愛い後輩とさようならするというのに全く寂しそうにしてくれないからです!」 「たった一年の我慢じゃないか」 「まあ!正気ですか風丸さん!たった一年で人間どれだけころりと進行方向を変えてしまえるか知らないと?」 「ん?音無は俺達と同じ高校受けるんだろ?」 「えええ?」 風丸さん、貴方本当にお馬鹿さん! そもそも俺達と仰るその面子。貴方がこれまでその言葉で括ってきた人のどれだけを含んでいるのか把握していますか。別離の分岐点に立っているのは私達。違う道を選んだのは貴方達です。見送るだけなら背中は見えます。だから私は貴方を追い駆けません。小さくなる背中でも、この先に確かにあるならば私は満足ですから。 「花束大事にして下さいね」 「ああ、勿論」 精々足掻いても、三週間程が限度だろう。春休みが終わり春の始まりが開ける頃には枯れている。 その頃には、私も貴方もお互いを思い出と呼ぶのかしら。そうなるまでは、私は貴方を恋と呼ぶけれど。私を後輩としか呼んでくれない貴方とは、きっと明日きりでさよならです。 ねえ風丸さん、やっぱり明日の花束は私に下さい。貴方への恋のリミットへのカウントダウンに使うから、なんてね。 ――――――――――― 鬱蒼と輝く君がいた日々 Title by『告別』 |