気紛れに出没するのも構わんがね。そろそろ固定パターンとかそういった対策を立てるに有効なデータみたいなものを此方にも引き渡してくれないか。怒ってるとか、避けたいとかは思わないが。お前がその掌に収まる程度の大きさのそれにどれくらい俺を閉じ込めて来たのかは知らないけれど、昔の迷信を語るならば俺の十四年分の命なんて軽く吸い取ってしまうんだろうな。写真はあまり好きではないんだ。勿論、魂を吸い取られるなんて迷信の類の所為ではないよ。


 神童の言葉に耳を傾けながら、茜は今日撮った写真のデータを整理している。部室で二人きり、だけど座る場所は少しだけ離れていて、ぽつんとひとりぼっちの感覚は拭えない。
 喋りながらも部誌を書き進めていく神童は、茜が写真をチェックしながら微妙に思い出し笑いだとか表情を変えていることに気付いているのかいないのか。二人きりになった途端、一度だけ彼に向けて切られたシャッター音に面食らって以降は神童と茜は一度も目線を絡ませてはいなかった。

「シン様、さっきの話…」
「ん?」
「パターンと言われても…」
「まあ意識してなければ自分でも解らないかもだけど。…そうだな、せめて俺の前に姿を見せてからシャッターを押してくれないか。いきなりシャッター音なんて聞こえたら驚くから」
「そうしたらもう私の撮りたいシン様はいなくなってるでしょう」
「撮りたい俺、と言われてもなあ…」

 サッカーしてる時以外に写真に収めたい自分とはどんな姿なのか。神童は少しだけ気になって、ペンを走らせていた手を止めて茜を見た。丁度茜はカメラに向かって「ナイスシュート」と小さく呟いていて、今日のベストシュートと言ったら剣城の放った物だったなと振り返る。マネージャーの仕事をしながら部活中も絶えず写真を撮る茜の身軽さには、正直感心すら覚える。実際はあまり褒めてはいけないのだろうが、茜と写真を撮るということは出会った頃からのイコールで、今更彼女が部活中だからとカメラを手放せば逆に周囲が心配するだろう。神童とて、茜からカメラを取り上げたいなどと思ったことはない。いきなり自分に向けてそれを構えている彼女に驚いたことは何度もあるけれど。
 最近では、茜の被写体のレパートリーも大分広がったそうだ。本人も意識してかサッカー部員の活躍を収めることを楽しんでいる。このまま進めば、茜に頼みさえすれば自分たちが部活を引退する時にアルバムだって作れるのではないか。なんて自分からは提言するつもりのないことを考えながらも、神童は未だ茜から視線を外さない。何十秒ほど見つめたのか、カメラから一度も顔を上げない茜の熱中ぶりには意地すら感じる。言葉なら軽々と交えるのに、本来一対一の会話で絡めるべき視線は全く合わさらない。
 どこか消沈する神童の勘ぐり通り、茜は意識して顔を伏せて彼を見ないようにしていた。それは純粋に、恋する相手と二人きりになった緊張と居心地の悪さ。そしてそれでも一秒でも長くこの状態を持続させたいという願いの現れ。矛盾は仕方のないことで、合わさらない視線も、欲の籠もった瞳を神童に見透かされたらと思うと、カメラを手放すことも出来ない。レンズ越しに見る己の理想で塗り固めないありのままの彼はそれでも素敵な人だった。憧れを恋に昇華して、一向に前進しないそれに甘んじている内はまだ良かった。関わらなければ。触れもせず言葉も交わさなければ恋も憧れもそう大差ない。眺め、シャッターを切るだけの日々だってそれなりに幸せだったから、こうして部室に二人きりだなんて、茜にして見れば出来過ぎた、他人事のような幸せだった。ただ、神童の自分が突飛に彼の前に出現することを諫めるような発言には胸が痛んだが、そこは彼自身が怒っている訳ではないとフォローしてくれたのだからその言葉を信じて落ち込むのは止めておいた。

「…山菜」
「はい」
「山菜はいつまで俺の写真を撮るんだ?」
「いつ…?」
「どんな俺を撮れたら、山菜は満足するんだ?」
「………迷惑なら、」
「そうじゃない」

 直ぐにでも止めるとは言わせて貰えなかった。茜には伝わっていなくとも、先に述べたように神童は彼女からカメラを取り上げたいなんて微塵も思っていない。
 目的地があって茜が写真を撮っている訳ではないことくらい予想がつく。そんなものがあるならサッカー部のマネージャーなどせずに写真部にでも入って撮影だけに没頭するはずだ。だから神童は、暗に彼女が自分を撮ることにそれなりの特別やら意義やらを抱いていて、それは簡単には揺るがないと少しばかり自惚れていたのだ。入部当初は、本当に神童しか撮らなかったから。
 それが最近変化して来たことを喜ばしく思った反面裏切られたかのような苦々しさを覚えたのも事実で。こんな身勝手さがまさか恋だなんて言わないだろう。そう誰かに尋ねたかったけれど、事態を話せば相手まであっさりと特定されてしまいそうで結局神童は口を噤むしかなかった。偏見に過ぎないけれど、恋とは忍ぶものだ。
 肝心なことをお互いが隠すから、意図の読めない問が生まれて解のないそれは沈黙をもたらす。困っているのは茜だけれど、神童だって色々と苦しい。もしそのカメラが憧ればかりを映す物でないのなら、どうか彼女自身の瞳を自分への浅はかな欲にまみれさせたいだなんて口が裂けても言えない。茜に言わせれば、既に神童への欲にまみれた瞳を隠すためのカメラだから、きっと彼への恋が燃え尽きるまで彼女はそれを構え続けるだろう。
 俯いた視線を上げる勇気は出せないまま。絡まない視線を独占したい願いを打ち明ける勇気も出せないまま。既に実っている恋の着地点をわざわざ遠回りしながら目指していることを、生憎今の二人には知る由もなかった。


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あたしに焦がすその視線
Title by『Largo』




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