木製の扉を蹴破ることは容易い。しかし自宅の一室である部屋のドアを破壊などしたくない。何よりここは自分だけの部屋では無く自分と冬花の部屋で、まだ引っ越してきて一週間と経っていないのだ。無駄な出費を増やすような真似はしたくない。
 この部屋は、ミストレと冬花が二人で共に新しい部屋を過す為に選んで越してきた場所だ。そして早くも問題が発生し、冬花が自室に立てこもって出て来なくなってしまったのである。平日を挟んでしまったが故に未だ終っていない整理を放置し、ミストレもどうしたものかと延々と冬花の部屋の前で頭を悩ませている。

「ミストレ君の嘘吐き」
「嘘吐いてた訳じゃないよ。言い忘れてただけ」
「ベッド、楽しみにしてたのに…」
「…悪かったよ、でもキングサイズのベッドなんて幅取るじゃないか」

 しかもその上ロングなんて最大サイズのベッドを置いていったいどうするんだ。ベッドなんて寝る為だけの道具なのに。口を開けば恐らく数分は続けられそうな文句は何とか抑える。冬花の機嫌をこれ以上損ねては自己中な自分の機嫌もそれに比例して下降してしまいそうだ。そうすれば意地っ張りな二人同士、暫くは冷戦状態に陥りかねない。
 そもそも、家具を一緒に選びに行けば良かったのだが、家具店で二手に分かれて行動してしまったのが今回の行き違いの発端かもしれない。キッチン周りの棚やテーブルを冬花に任せて、ベッドの長達をミストレは一人で済ませてしまった。当初から冬花が一番大きいキングサイズのベッドが欲しいという要望は受けていたから、勿論最初はそのサイズのベッドを探したのだ。店員に声を掛けていくつかの商品を見たが、結論として、キングサイズは部屋に入らない。事前に測定しておいた部屋の入口の幅や高さのメモと何度照らし合わせても、無理だった。横にしても高さがドアの幅ぎりぎりで、玄関は完璧に入らないだろう。そう判断したミストレは丁度気に入ったデザインのあったダブルサイズベッドで妥協してしまったのだ。
 理由だけなら正当性をばっちりと保持しているのだが、いかんせん、ミストレは冬花への報告を怠ってしまっていた。部屋が片付かないという理由で一週間経ってから漸く部屋に届けられたベッドを見て、冬花は直ぐにミストレにどうしてキングサイズじゃないのかと尋ねた。ミストレはミストレで、理由が理由なだけにここまで冬花がへそを曲げるとは思わなかったのだ。悪びれた様子もなくことの顛末を話し終えたミストレに、冬花は一言「嘘吐き」と呟いて静かに部屋に籠ってしまった。多分、怒っていたのだろう。
 ダブルサイズとはいえ、女性の冬花と男とはいえ大分細身のミストレが一緒に眠るには十分な大きさがあった。しかしこのままだとダブルサイズのベッドにミストレ一人で寂しく眠る夜を迎えてしまいそうである。冬花もそろそろ頭が冷えて来た頃だとは思う物の、度真面目に頭を下げるような事態でもない。喧嘩なのか、そうでないのか。謝罪はいるのか。冷戦というより時間が経てば経つだけ気不味くなっていくだけのような気がする。

「…冬花、夕飯どうする?」
「……知らないもん」
「枕は一番大きいの買ってきたから」
「…、本当?」

 どうやら少し、冬花の機嫌が上昇したらしい。一体どうして冬花がここまで特大サイズの寝具に拘るのか、その理由はいまいち理解できないが、ここまで来たらどうにかして冬花を部屋から引っ張り出さなければならない。そう、この扉はまさに天岩戸なのだ。

「カバーは冬花が良いなって言ってた柄で頼んどいたし」
「…ありがとう、」
「だから着けるのは冬花がやってよ」
「いいよ、ミストレ君はその間にラック組み立ててね」
「明らかに俺の方が重労働だな」

 意気込んだ途端あっさりと開かれた扉から、普段通り、しかし少しばかり嬉しそうな冬花が姿を現した。ずっと扉の向こうで傍に立っていたのか、咄嗟に開かれた扉がミストレを掠め掛けるがひらりと避ける。危ね、というミストレの呟きは耳には届かなかったのか、冬花はするりと彼の横を通り抜けて寝室に向かっていく。ミストレは気まぐれな彼女の行動に大きく溜息をつくと彼女の背中を追う様に寝室に向かう。
 部屋を覗けば、先程までダブルサイズベッドに文句を垂れていた筈の冬花がベッドの上で楽しそうにその感触を確かめていた。どうやらマットレスは彼女のお気に召したらしい。

「素敵なベッドだね」
「さっきまで文句ありありだったくせに」
「ミストレ君、ちょっとうるさい」
「なっ!?」

 あんまりな言葉の応酬に、ミストレの口端が引き攣る。しかし相手が冬花というだけでミストレは仕方ないという妙な諦めの境地に至ってしまう。これが冬花以外の女だったらミストレはすでにはっ倒していただろうし、そもそも冬花以外の女と同棲しようなどとは微塵も思わない。
 大人しくラックでも組み立てようと踵を返す。ドライバーは確かリビングに置かれた段ボールの中だ。気だるげに部屋を後にするミストレの背中を、冬花はじっと見つめる。視線に敏感なミストレはすぐにそれに気付き「何?」と尋ねれば、彼女は笑顔でとんでもない爆弾を投下してくれた。

「夜、一緒に寝るの楽しみだね、」
「!?」

 別に冬花は妙な意味を込めて言った訳ではない。この部屋は二人の寝室であるし、そこにダブルサイズのベッドを一つしか置かないという事はつまりそうゆうことなのだから。だが、そうだとしても、冬花がそんなに無防備だから、ミストレがこの同棲に漕ぎ着けるまで、どれ程彼女の父親に頭を下げ続けたか。それをやっぱり冬花は知らないのだと思うと、やっぱりミストレの口からは大きな溜息ばかりが吐き出されるのだ。



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甘やかして許し合う
Title by『にやり』






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