浅黒い浜野の頬に真っ白い湿布が貼られるようになって二日目。初日は怪我の理由には触れずに心配だけしていた仲間たちも、段々と何故そんな怪我を頬に負ってしまったんだと詮索し始める。重たい内容の話題であっても普段なら気の抜ける笑顔を浮かべてあっさりと吐露してしまうような浜野が、今回に限って具体的な言及を避けるようにへらりと笑うだけでその場を去ることを繰り返したものだから、周囲の勘ぐりもまた加熱していく。まさか虐めかなんて言い出す輩もいたけれど、浜野に限ってそれはないだろうと誰もが否定して、他の予想をつけることも出来ないまま、やはり本人が話してくれるまで気長に待とうという結論に至った。案外、他人が気を揉んだことに限って真実は下らないことだったりするのだから。



 瀬戸水鳥の右手首に真っ白い湿布が貼られていることに気が付いたのは、放課後彼女と一緒にサッカー部の部室に向かっていた茜だった。それに気が付くと、そういえばいつもと鞄を持つ手が逆だとも気付く。まだ痛みが引いていないのだろうか。それならば、今日の部活は見学しておいた方が良いのではないか。怪我の具合だけでも尋ねて置こうと茜が口を開きかけた瞬間、水鳥の目元が剣呑に細められたのを見て、茜は口を閉じて彼女の視線の先を辿り追いかけた。
 反対側から、既にユニフォームに着替えた浜野と速水が喋りながら歩いてくるのが見える。遠目だが、浜野の頬に白い四角形のような物がくっついていて、茜はそれが隣を歩く水鳥の手首に貼られているそれと同じ物だろうと目星をつけた。

「水鳥ちゃん、浜野君のほっぺと同じね」
「はあ?」
「手首、大丈夫?」
「――ああ、ちょっと痛む程度だよ」

 大袈裟なんだよと負傷している手首を振ってみせる水鳥に、茜はやめてと手を挙げて静止を促した。
 水鳥から視線を外して再び正面から歩いてくる二人を見る。正確には、浜野を。歩くにつれ縮まっていく距離と大きくなる声。目に付く白も茜にはっきりと見える。
――鉄拳制裁。
 ふと、脳裏によぎった言葉とそれを行使しうる隣の彼女。何も言えずにいれば相手も此方に気付き、浜野はいつものようにへらりと笑い、速水はおじきをしてそのまますれ違ってしまった。茜はまた後でと声を掛けたが、水鳥は露骨なまでに無視を決め込んでいた。
 水鳥の剣な空気に気付いてしまった速水の弱気な背中が茜には気の毒に見えた。原因は、恐らく貴方の隣を飄々と歩いている彼の所為だろう。

「水鳥ちゃん、浜野君殴ったでしょう」
「…なんで、」
「女の勘。水鳥ちゃんは嘘とか誤魔化すのが下手っぴだもの」
「あっそ」
「喧嘩?」
「んー、喧嘩かなあ?」

 水鳥自身、よくわかってはいないのだと困ったように首を傾げる。
 殴ったことを遠回しに認めたのだから、きっと原因はあるのだろう。浜野は兎も角、殴った側の水鳥まで負傷するだなんて一体どれだけ渾身の力を籠めたのだろう。想像するだけ恐ろしい。
 感情と言葉が直結する人間がいるように、感情と行動が直結する人間がいる。水鳥は後者で、だから他人にわかりやすくだとか、筋道立てて話や説明するのは得意ではない。それが解っているから、茜は少しずつ水鳥の言葉を引き出していく。

「どうして殴っちゃったの」
「アイツがふざけたことばっかり言うからだ」
「ふざけたことって?」
「私のことを可愛いだとか、もう少ししおらしくしてたらモテるだとか、余計なお世話だってんだ!」
「…それだけ?」
「ん?いや、まだ何か言おうとしてたからその前に殴り飛ばしてやった!」
「わあ、」

 確かに水鳥の感情の通り浜野の言葉は余計なお世話でしかない。大体しおらしい水鳥なんて水鳥ではないだろうに。
 ところで。
 しおらしくしてたらの一文は完璧に失敗だったがその前の可愛いの一語を、水鳥はどう受け止めたのだろう。後の言葉にばかり気を悪くして冒頭の褒め言葉に全く気付いていないのだろうか。
 この年頃になって男の子が女の子本人を前に可愛いだなんて、よっぽどのことだと思うのだけれど。目の前の水鳥は、もしかしたらの浜野の一歩に気付かないまま殴って彼方まで飛ばしてしまったのだろう。
 何だか、茜は急に浜野が可哀想に思えてきて、ついお節介とは思いつつも口を挟む。

「ねえ、浜野君は他に言いたいことがあったんじゃないかな」
「また余計なことだろ」
「解らないよ?大切なことを言い出す前って、つい余計な話題で場を保たせようとするものだもん」
「そうかあ?例えば?」
「しおらしくなくても俺は瀬戸のことが好きだっとか…」
「はあ!?」

 浜野には悪いが、勝手に彼の気持ちを言葉にさせて頂く。確証もないくせに、茜には浜野が水鳥を好いているという自信に満ちていた。だから、浜野が水鳥を好きかもという想像をちらつかせて彼女の反応を伺えば嘗てないほど驚いた顔を浮かべていた。

「もしも、だよ水鳥ちゃん」
「わ、解ってる!」
「でも浜野君とは早めにまたちゃんと話した方が良いと思うな」
「…なんで」
「だって浜野君が続けようとした言葉によっては最後まで聞かずに殴った水鳥ちゃんが悪いよ?」
「うっ…!」
「行っていいよ?その怪我じゃあ水鳥ちゃん今日は見学だよ」
「…ん、ありがと」

 そう言い残して、水鳥は今まで歩いてきた道を小走りに戻って行く。彼女の背中が見えなくなるまで見送って、茜はこれであの二人がくっついたら自分は恋のキューピッドかしらと胸が温かくなる。急いで部室に行って自分もグラウンドに向かおうと止まっていた足を動かす。
 暫くして、後方から「俺瀬戸のことすんげー好き!」という大声の後ぱしーんと小気味良い音が響いた。


 翌日、サッカー部の面々が浜野の頬に貼られた湿布について延々と話し合っている傍で零れてくる言葉に聞き入りながら、茜はそんなに心配する必要はないのにと苦笑する。
 二度に渡って叩かれた頬は確かにまだほんのりと腫れているけれど、大袈裟に湿布なんて貼っているのは、愛しい彼女との初めてのお揃いが湿布だったからというだけのこと。つまりは惚気られているのだと、茜は結局最後まで言い出せなかった。



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アイラブユーを訴えて
Title by やうこ様/15万打企画



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