ヒロトが春奈の誘いやお願いを断る時、彼は決まって彼女の要求を最後まで聞いた後、一度考え込むような仕草をしてみせてからごめんねと二の句を紡ぐから、春奈はいつも期待から落胆までの時間が目一杯引き延ばされているような気がする。勿論、ヒロトにはそんないやらしい目的意識はないのだろう。
 春奈はヒロトが優しい人間だと知っている。言い換えれば、優しくしかあれない人間でもあった。多少の無理を自分に強いても、相手が喜んでくれるならばそれで良いと思っている。だから、端から春奈からの要求を断るほかないと理解していてもか細い抜け道を探す為に時間を要するのだ。予定を敷き詰めればだとか、他の日に回せばだとか、代替案の提示だとかを脳内で展開するのに、涼しい表情の下で必死に考えている。
 その、ヒロトが春奈の為に繰り広げてくれる思考の類を彼女はちゃんと知っている。それでも、結果として拒まれてしまう誘いや願いの数は増える一方で、春奈の顔は自然と俯いていく。優しくしてくれるのは嬉しい。優しくあろうとしてくれるのは好ましい。だけどヒロトが何を投げ打っても優先すべき特別の座に自分はいない。彼の一番を占めるのはいつだってサッカーで、家族みたいな友人たちとの絆だった。春奈は詳しく知らないけれど、お日さま園という場所で一緒に過ごしてきた友人等は、ヒロトにとってとてもかけがえのない存在であるらしい。後から知り合った人間の春奈よりも優先すべきと思えるレベルには。
 実の両親の他界後、春奈も兄の鬼道と同じ様な場所にいたことがあるから、最初は逆にヒロトの価値観が不可解で仕方なかった。春奈のいた場所には、小さいという理由だけで彼女を虐げようとする連中ばかりだったから。血縁である兄がいただけましなのだと思うべきだろう。たった一人の特別だった。そしてヒロトの特別は春奈に比べて幾分多いから困るのだ。兄貴分でもないくせに、頼りがいばかりあるのだから、ヒロトにとって不満はなくとも春奈にとっては問題がある。

「極論ですけど、あれ、仕事と私どっちが大事なのって問いただしたい心境です」
「えっと…それはつまり?」
「お日さま園の皆さんと私のことどっちが大事ですかーってことです」
「……それは…、極論だね」
「そんな目に観て困った顔しないで下さい」
「……ごめん」
「謝るのも止めて下さい」
「うん」 聞きたいことは、こんなことではないのだ。ただ、どうしたらヒロトの中の音無春奈という存在の優先順位を上げられるかを知りたいだけなのだ。
 マネージャーの仕事の買い出しや荷物運びだって嫌な顔をせずに手伝ってくれる。合宿の食事で隣に座ることを許してくれる。休日だって、誘いをかければ一緒に出掛けてくれる。勿論、先約がなければの話。よくよく考えれば、ヒロトが春奈に優しいのは彼女の求めに応じているだけであって、彼から積極的に差し出されているものではない。

「音無さん?」
「何でしょう」
「言い訳みたいだけど、俺の中の家族の優先順位ってかなり高いんだよね。憧れてる分、そうあるべきって思い込みもあるんだと思う。お日さま園のみんなは家族みたいで、今の俺にはサッカーと同じくらい優先すべき存在なんだ」
「まあ、家族が大事っていうのは私だってわかってますよ」
「うん」
「…私も男の子で、サッカーやってれば良かったんですかね?」
「うーん、それもまた極論だね」

 だって選手として同じ舞台に立つでもしなければヒロトは遠過ぎる。まだ子ども同士のヒロトと春奈が家族という同じ舞台に立つことは出来ない。ならば残された選択肢はサッカーしかない。男の子と女の子。選手とマネージャーは最終的に落ち着くべき位置かもしれない。それ以上は望めない。だけど足りないならば、もしもという虚しい仮定に縋ってでも他の道を想像して改善の余地があると思い込んでいたい。

「音無さんが男の子だったら…か」
「ヒロトさん?」
「いや、そしたら俺は今みたいに音無さんに優しくすることはなかったと思うよ」
「…?嘘ですよ。ヒロトさんは誰にでも優しいじゃないですか」
「そんなことないよ。音無さんだって知ってるじゃない。俺の優先順位はあくまでお日さま園のみんなが先に来ちゃうんだよ。だからそれ以外に優しくする人がいるんだとしたらそれは――」
「それは?」
「充分特別なつもりなんだけどな。……俺としては」

 春奈にとって一番喜ばしいであろう事実を、ヒロトは照れたように指で頬を掻きながら言葉にする。家族でなくとも、サッカー選手でなくとも、春奈には彼の特別になり得るのだと。

「基山ヒロトさん!」
「はい?」
「私を貴方の恋人にして下さい!」
「え、」
「まさかお日さま園の誰かの先約があるから無理だなんて言いませんよね?」
「言わないよ。…それじゃあ音無春奈さん、俺の恋人になってくれますか?」
「勿論です!」

 解りきっていたはずの気持ちに、今更言葉を添えて差し出すのはやはり少しばかり気恥ずかしかった。それでも春奈の内側は嘗てないほど満たされていた。まだまだ家族にはなれないけれど、家族候補くらいにはなれた筈だから。
 いつか、お日さま園の誰にも負けずに胸を張って自分がヒロトの一番だと宣言出来る日を目指して、春奈は彼の腕に自分のを絡ませた。誰に見咎められても構いはしない。春奈がヒロトの腕に触れた瞬間、一瞬緊張で強張った彼の空気が直ぐに和らいだ。それだけで、春奈は自分がヒロトの恋人だと理解した。優しさだけでは感じ得ない幸せが心の中を満たすように生まれ出たのを、二人はこの時確かに感じていた。



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キラキラしたい
Title by『にやり』




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