小さい頃、塔子はよくパパのお嫁さんになりたいと思っていた。思っていたからそのまま言葉にしたりもしていた。周囲の大人は塔子の頭を撫でながらお父さんのことが大好きなのねととても微笑ましいものを見るように目を細めていた。もしかしたらあれが初恋だろうかと今になって周囲の人間に尋ねれば、それは父親一人というよりも、両親の在り様に対する憧れであって恋ではないとまるで教え諭すように言われた。馬鹿にされたような響きではなかったから、塔子はならばあれは恋ではなかったのだと頷いた。
 それから暫くして、塔子は日本中の選手と一緒にサッカーをする機会を得た。その中で、キャプテンを務めていた円堂守という少年に、人間としてとても好感を持ったことを思い出し、またその感情が今なお延長していることを自覚して、ならばこれが私の初恋だろうかと、今度は同じ場所でプレイしたこともある鬼道に首を傾げながら尋ねてみた。彼は、一瞬ゴーグルの奥にある瞳を見開いて、それから考え込むように腕を組んで沈黙した。

「塔子は…、円堂と付き合いとか、結婚したいとか思っているのか」
「……?別に、ずっと一緒にサッカー出来れば良いなって思うだけだよ」
「そうか」
「ずっとは無理でも、友だちではいたいよ」
「…ならばそれは友人への情だろう。恋ではないと俺は思う」
「そっか、鬼道がそう言うならそうだろうね」

 塔子が投げた小さな、塔子自身で答えを決めようのある問いにすら真摯に答えた鬼道を、塔子は好ましいと思う。サッカー選手として、円堂は確かに好ましい。キャプテンとしてチームを纏め上げる為の力と、それに伴う人を惹きつける魅力がある。だがそれと同じくらい、ゲームメーカーとしてチームを纏め上げる鬼道の力も塔子は高く評価している。初めて会った時は、どうもお堅い印象が拭えずに、真面目なんだろうなあと思いながらもキャラバンではずっと隣の席に陣取っていた。もともとサッカー以外に話題を持っている訳でもなかったから、塔子が鬼道に話しかける内容といえば必然的にサッカー関連となってくる。その時の鬼道の応対はいつだって真面目で、だけど面白かった。笑えるという意味ではないけれど。少なくとも、自分の座席に不満を抱いたことなど一度もなかった。

「…あたし、鬼道ともずっと友だちでいたいな」
「そうか、」
「うん。……ねえ、鬼道は?」
「ん?」
「あたしとずっと友だちでいてくれる?」
「…そうだな、ずっと…近くにいれたらいいな」

 そう言って、鬼道はそっと塔子から視線をずらしてしまう。それが、曖昧に言葉を濁すのと同様に、本音を誤魔化す仕草の様に映ったのは、塔子が鬼道のことを心底真摯な人間だと思い込んでいるからだろう。間違ってはいないけれど、彼も塔子と変わらない年頃の子どもだということをどうにも失念している。上手く言葉に出来ないことも沢山あって、子どもだから出来ないことも同様に存在している。
 鬼道が何故か“友だち”という言葉を避けたように思えて、塔子はぱちぱちと大きな瞳で瞬きを繰り返す。いつもなら、思ったことを直ぐに言葉に乗せて突っかかることが出来るのに、今は不思議なことにそれが出来ない。胸の真ん中あたりがずくりと痛んで、何か得体の知れない塊が喉を塞いで、かつ口までせり上がって来るようで気持ちが悪い。
――鬼道は、あたしと友だちでいるのが嫌なの?
 塞がった喉の隙間を縫って漏れようとした言葉をまず頭の中で唱えれば、心なしか鼻の奥がつんとして、ああこのままでは泣いてしまうと慌てて下唇を噛みしめて堪える。友だちでいるのが嫌だとして、それはつまり自分のことが嫌いだということと同義であろうか。唱えて、同じだろうと結論付ける。さて、目の前の鬼道に、自分は何か嫌われるようなことをしただろうか。心当たりを見つける為に、彼との記憶を遡って自分の落ち度はなかっただろうかと探ってみる。
 キャラバンでしつこく話しかけ過ぎただろうかだとか、黙っていても眠りこくって勝手に肩を借りたのが鬱陶しかっただろうかとか、試合で彼の指示通り上手く出来なかった所為だろうかだとか、女子用のテントで寝ろと言われても尚一緒に寝ようと駄々をこねたことだろうか。もしもを挙げたら、案外数が多くて、塔子は過去の自分の行いに失望した。何でもっと大人しくしていなかったの。何でもっと聞き分けよく出来なかったの。何でもっと上手にサッカー出来なかったの。責めたとて、意味のないこと。だから尚のこと、塔子の失望は重なって堪えていた涙はあっさりと彼女の瞳からぼろぼろと落ちて、同時に洩れた嗚咽が逸らされていた鬼道の視線を再び彼女の方へと導いた。

「塔子?」
「ねえ、鬼道はあたしのこと嫌いなの?」
「そんな訳ないだろう」
「じゃあ、言ってよ。あたしとずっと友だちでいてくれるって言って」
「………」
「ほらあ!やっぱり嫌なんじゃん!」

 堪えようとすることを放棄して、塔子は癇癪じみて声を荒げながらわんわん泣いた。鬼道は、困ったように眉を寄せて、どうしたものかと顔には出なくとも内心かなり動揺していた。友だちでいてやると言えば良い。そんなことは百も承知で沈黙を選んだのは、初恋を探す塔子を前に、自分の初恋が彼女に向いていることをしかと彼は自覚しているからだった。好きな相手に、これからもずっと友だちだなんて虚しい宣言を要求されるだなんて思ってもいなかった。だから、咄嗟に情けなく曖昧な答弁しか出来なくて、結果として塔子は泣きだしてしまった。
 塔子がこうして泣いてくれているということは、自分とずっと友だちでいられたらという感情が暴走した結果であって、それは少なくとも嬉しくないはずがないのだ。だけど、頑固な塔子だから、お互いの位置を友だちで固定してしまえばもう二度とそこから動け出せなさそうで怖い。だから鬼道は、その場しのぎの嘘が吐けなかった。それは、塔子が彼に抱く真摯な人柄という印象から寸分違わぬ姿だったのだけれど。

「塔子、塔子」
「……っ、…何」
「俺は塔子のことを嫌ったりはしていない」
「だったら!」
「だけど俺は塔子が好きだから友だちではいたくないんだ」
「……?意味分からないよ」
「それならそれでいい。…もし、この言葉の意味が分かる時が来たら、それは塔子が恋を知った時だろうからな」
「何それ、鬼道があたしに恋してるみたいな言い方するんだね」
「そういうことだからだ」

 変な所で、察しが良い。正解とも思われずに提示された意見は、鬼道の気持ちそのものだったから、鬼道はもう腹を括って誤魔化すことはしなかった。
 自分の言葉にあっさりと頷いてしまった鬼道に、塔子は一気に涙が引っ込んだ。数度瞬いて、「恋?」と数度呟く。その度に、苦笑を浮かべながら頷いてくれる鬼道の表情に塔子は居心地が悪くなって来る。もしかして、それは、愛しいとかそういう顔だろうか。途端にむず痒くて、塔子は自分の頬の熱が急激に高まって行くのを感じる。きっと真っ赤になっているだろう。嫌ではない。だけど恥ずかしくて、逃げ出したいけど鬼道のそばにいてこの温かさに触れていたいと思う。初めて抱く不思議な感情の矛盾に、塔子はもしかしてこれが初恋じゃないよね、と尋ねたくて鬼道を見れば、彼もまた顔を真っ赤にしている。ああ、やっぱりこれって恋かもと、塔子は言葉を発しようと開きかけていた口を閉じて、そっと彼に向って微笑んだ。


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14才のはつ恋
Title by『確かに恋だった』
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