そろそろ寒くなって来たから炬燵でも出そうかと言っていた一之瀬が、翌日になって朝から庭にある倉庫を漁っていることに気付いたリカは、見たとおり何か探しているのだろうと思い別段傍に近寄って覗きこむと言ったことをしなかった。正午を過ぎて、昼食の準備が整って漸くそろそろ一度部屋に入るようにと促す。一之瀬は作業の手を止めずに生返事だけを寄越したが、しっかりとリカの言葉を聞いていたらしく、それから直ぐに部屋に戻って来た。作業中に捲っていたシャツの袖口を戻しながら椅子に座る一之瀬に声を掛けるのも忘れて、リカは彼の袖口が見事に皺くちゃになっていることに気を取られる。あれでは今日は出掛ける際はもう一枚上に何か羽織らせないと不格好で仕方ない。折角この間アイロンをしっかりと掛けたのに残念に思いながら、朝から倉庫を漁るならそれ相応の恰好をして欲しいものだと溜息まで零れそうになるのをなんとか堪える。
 一之瀬は、自分の真正面に座って黙り込んだまま自分の方を凝視ししているリカを見て、「ふむ」と一瞬考え込んで、リカが何か言葉を発するよりも先に彼女が思っていることを理解して、申し訳ないと眉尻を下げた。

「ごめん、着替えてからそういえば炬燵布団出さなきゃって思ったんだよ」
「ああ、そうなん…ってダーリン朝から炬燵布団探しとったん?」
「そうだよ?あれ、もしかして倉庫に仕舞ったんじゃないの?」
「仕舞うも何も炬燵布団は今年仕舞う前に大分汚れ取ったから新しいの買おって捨てたやん」
「あー!そっか、そうだったね。塔子がココアぶちまけたんだったね」
「それは別に思い出さんでもええよ」

 一之瀬は漸く探し物が最初から存在していないことを思い出して、ひとつ前の冬の終わりを思い出す。リカに会いにこの家に遊びにきた塔子が寝る前にココアが飲みたいと言い出して、塔子に甘いリカははいはいと彼女の為にココアを用意した。炬燵で丸くなりながらそれを待っていた塔子はリカからマグカップを受け取った直後、手を滑らして見事に炬燵布団にカップの中身をぶちまけたのだ。何度も謝りながら、クリーニング代やら弁償するやら騒いでいた塔子だったが、リカは炬燵を仕舞うには丁度いい時分だから、もう捨ててしまおうときっぱり割り切って気合いで可燃ごみの袋に汚れた布団を押し込んだ。因みに、一之瀬もその場にいたのだが塔子はリカと遊ぶためにこの家に訪れた時は必ずと言っていいほど一之瀬の存在を気にしていない。清々しいまでのスルーに一之瀬もリカは愛されているなあと塔子から発せられる感情を受ける対象をずらすことで深く考え込まないようにしている。嫌われている訳ではないけれど、コイツならリカを任せても安心だというレベルに至る信頼を、どうやら自分は未だに塔子からは獲得出来ていないようだ。尤も、そんなこと言われても一之瀬とリカが同棲を始めてからもう三年目の冬を迎えようとしているので、塔子もリカが幸せではないなんて思っている訳ではないのだろう。塔子が一之瀬に向ける感情は、年々仲の良かった親友が恋人に寄って行ってしまうことに対する純粋な寂しさへと変わって来ている。何故ここまで塔子のことを思い出すのかと言えば、汚された炬燵布団を選んだのは一之瀬だったのに、結局塔子は終始リカにばかり謝罪をしていたことまで思いだして、ちょっとばかり寂しくなってしまったからだ。蛇足である。

「じゃあ午後から買いに行こう」
「ええよー。ついでに夕飯の買い物もな」
「そうだね」

 昼食のパスタをくるくるとフォークに巻きつけながら、一之瀬は今日の午後に向けてプランを立て始める。何時頃には出て、何処に行って、何を買って、何時頃までには帰りたいな等と。
 一方リカは一之瀬の持つフォークの先を眺めながら相変わらず上品にパスタを食べる男だと感心しながら、視線は再び上って行ってまた皺になった彼のシャツの袖口で止まる。やはり何か上に羽織らせなくてはと思い、自分が言って用意までしてやらなければ彼はそのままの格好で外に出て行ってしまうだろうと想像する。炬燵を出そうと意気込んでいるが、今日の気温は日差しが良く届いている所為もあって十分温かい。これで車で出かけたら、車内なんて寧ろ暑いくらいだろう。それでまた腕捲りなんてされたらもっと皺が出来てしまう。洗濯機に放り込んで回してしまえば同じことで、またアイロンを掛けることに何の違いもないけれど。

「前の布団はブラウン系だったけど今年はどうする?」
「リビングやからねえ…あんま派手なのはやめといた方がええなあ」
「そうだね。まあ実際買いに行ってみなきゃ分からないけど」
「なんや結局前のと似たようなのになるんとちゃう?」
「まあ色的に部屋に合うって分かり切ってる方に逃げちゃうよね」

 それまで二人の会話以外に音のなかった空間にとぎれとぎれにフォークと食器のぶつかる音が混じり始める。そろそろお互い昼食を食べ終わる頃だ。一之瀬の方がリカよりも少しだけ先にフォークを置いた。食器をシンクに置いて出掛ける準備をして来るからと自室に向かう一之瀬がリビングを出る。遅れて食器を水にさらしてからリカが一之瀬の部屋を覗き込むと、予想通り、彼は財布や車のキーを手にしているだけで上には何も羽織っていなかった。リカは「しゃーないなあ」とクローゼットから薄手のカーディガンを取り出して一之瀬の肩に乗せてやる。不思議そうな顔をする彼に「袖口皺くちゃでやたら目立っとる」と説明すれば素直に礼を述べてカーディガンに袖を通した。そういえば、洗濯用の洗剤がきれそうだった気がする。

「今日は温かいね」
「せやねえ」
「なんか炬燵布団出そうとか必死になってた数時間前の自分が馬鹿みたいだね」
「そんなことあらへんよ」
「でもまた冬が来るんだよなあ」

 急にしみじみと月日の経過を噛みしめるような一之瀬の言葉に、リカは呆れに似た笑みを浮かべて彼の背を一度ぽんと叩いた。感傷に耽る理由など何所にもないだろうと言い聞かせるように。
 もう冬が来る。正確にはもう来ているのだ。日差しが人間の感覚を鈍らせているだけで、日増しに朝や夜に吹き抜ける風はもはや秋風とは呼べないほど冷たい。一之瀬とリカが同じ部屋で迎える三度目の冬はまだ凍えるような寒さを運んでは来ない。出来るなら、炬燵布団を用意し終えるまでは来てくれるなと思いながら、リカは一之瀬の手から車のキーを取り上げた。


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寒い日おめでとう
Title by『にやり』





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