「天馬!支度終わったならもう帰ろうよ!」
「うわわっ、ちょっと待ってよ。葵は準備早過ぎるよ!」

 すっかり陽も落ち切って、漸く部活が終わったと帰り支度を整えていたマサキの耳に、最早セットとして聞き馴染んだ声が二人分耳に届く。毎日のように部活が終わると繰り広げられる会話にいつしか視線を奪われるようになっていたことにマサキは自分のことながらに首を傾げる。視線を声のした方に向ければ案の定、幼馴染の葵に帰り支度を急かされた天馬が慌てて着替えを終えようとしているところだった。しまいには焦るあまり学ランのボタンを一つずつずれて留めており葵にそれを指摘されさらに慌ただしくなる。仲が良いなあと思いながら、マサキは自分の手が止まっていることには気付けないまま視線を二人から逸らせないまま動作を停止した。
 出会った当初から、仲が良い二人だとは思った。それが男子と女子だったら、取り敢えず付き合っているのだろうかと思う。そうしたら、幼馴染だと二人に揃って笑われた。彼らの隣で信助は「二人とも本当に仲良しだから、色んな人がそう思ってるよ」とマサキの勘違いを正当化してくれた。つまり、天馬と葵は誰もが抱く幼馴染のイメージよりもだいぶ近い距離にお互いを置いているように見えたのだ。それ以来、マサキには何故それほどまでに近いのに付き合っていないのだろうという疑問を増長させる天馬と葵の触れ合いばかりが目につくようになった。
 毎日のように一緒に下校する二人に下世話な詮索を掛ける部員は雷門のサッカー部にはいなかった。信助と特訓をするからと三人で一緒に帰ることも多かったし、あまりに近過ぎる二人に周囲も既に慣れてしまったのだろう。この二人はそれが自然と受け入れて疑問も持たない。いくら天馬と葵が普通の幼馴染にしては近過ぎたとしても、世界中の全ての幼馴染のラインに基準がある訳でもなく、あの二人だからと言われてしまえば反論の余地などありはしない。それでもマサキには二人の近しさが気になったし、少しばかり羨ましくもあった。一緒に歩んできた時間の長さは、無条件の信頼へと繋がって行く。そんな絆の在り方に、憧れる気持ちをマサキは否定することはしない。

「そんなに葵が気になるの?」
「……は?」

 準備を終えた天馬と葵が挨拶をして出て行った直後、漸く自分の支度が全く進んでいないことに気付いたマサキに、下の方から問いが投げられる。見れば、既に帰り支度を終えた信助がマサキを見上げていた。
 信助の言葉の意図を咄嗟に理解出来ずに沈黙を通していると、信助の方も何故マサキが沈黙するのか分からないといった風に首を傾げる。その仕草が、同い年ながらにマスコットみたいだと思えて仕方がない。
 葵のことが気になるのかと聞かれたが、マサキが理解出来なかったのは「天馬と葵のこと」と二人セットに尋ねて来なかったことである。マサキが観察していたのは、あくまであの二人であって、葵単体ではないというのに。

「あの二人は相変わらず仲良いなって思っただけだよ」

 きっとこれが一番当たり障りのない言葉。そう思って選択した言葉に、信助は何を今更と言いたげに今度は反対側に首を傾げる。マサキも、自分で言っておきながら改めて確認するようなことではないと分かっている。だが視界に入れて、追いかけて確認しないと何か誤解をしてしまいそうだったから。それが嫌で、彼等の関係が幼馴染だと明かされたその日から、マサキは飽きることなく二人の姿を目線で追い駆け続けていた。どんなに近過ぎたとしても、幼馴染だと告げられたその日から何も変化していないその距離に、人知れず、無意識に安堵していたとして、それを咎められるいわれはない。
 信助が自分を咎めている訳ではないと理解しながらも、真っすぐに自分を見上げてくる瞳につい応戦するように睨んでしまった。だが信助はそんなことは気にも留めていない様子で、あっさりと目を逸らしてつい先程までマサキが見詰めていた扉を見た。

「一緒に帰りたいなら、そう言えば良いじゃない」
「……別に、そんなんじゃない」
「でも一緒に居てもあの二人幼馴染世界に入り込むから寂しくなる時もあるよ」
「…うん、想像つく」
「勝ち負けがつくものじゃないけど、天馬は強敵だよ?」
「だからそんなんじゃない」
「狩屋わかりやすいね」

 言いたいことを言い終えて、信助は頑張れとなんとも心許無い言葉を残して部室を出て行った。いつの間にか、先輩達も大半が下校していて、部室にいるのは狩屋を含めると数人しか残っていなかった。
 いつもの倍以上は時間を掛けて、帰り支度を終えた。残っていた部員に挨拶をして外に出ると、部活を終えた時にはまだうっすらと赤味が差していた空はとっくに暗闇に落ちていた。暗い中を一人で帰るのは寂しいもののように感じる。だが別に普段誰かと賑わしく帰っている訳でもないのだからと、一瞬胸に浮かんだ寂寞を払うように早足で帰路を急いだ。
 途中、こんな早足で歩いたら先に部室を出た天馬と葵に追いついてしまうのではと危惧してペースを落とそうとしたが、そう言えば、あの二人は自分とは帰る方向が逆だったと自らの杞憂に安堵し、少しだけ落胆した。だって、これでは自分はあの二人と一緒に帰ることは出来ないのだ。それが、本当に天馬と葵を指しているのか、それとも葵一人を求めているのかは、突き詰めないことにする。毎日、部室に幼馴染を笑顔で迎えに来る葵に、一緒に帰ろうと声を掛ける勇気は、まだマサキにはなかった。


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いびつに見ている
Title by『ダボスへ』




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