※未来捏造


 人混みで溢れ返る空港で、バンは今にも走り出したい気持ちをどうにか押さえつけながら出来るだけ人とぶつからないよう合間を縫って目的のゲートへ進む。先程アナウンスで飛行機が到着すると放送されていた。もう着陸しただろうか。確認している暇はなかった。待たせようものなら、きっと彼女はバンの寝坊を疑うだろう。実際は普段よりも一時間早く起きて出迎えの準備をしていたし、余裕を持って家を出たつもりだったのに乗り込んだタクシーが予期せぬ大渋滞に捕まってしまったのだと弁解したとして信じて貰えるかどうか。幼馴染のアミにとってのバンの心象が変わっていないまでも退化していないことを願うばかりだ。寝坊助は、随分昔に卒業したことを彼女は覚えていてくれているか。それを確認する術は、ただ一刻も早く再会のゲートへ辿り着くことだけだった。



 ――四年。それが、バンがアミに提示した期間だった。日本の大学に進学した彼女が卒業するまでの最低期間。繋がりを維持することは、CCMでもパソコンでもツールは何でもよくて簡単だった。A国に住む仲間と中学時代から続いている交信がどうして自分たちの間で出来ないことがあろうかと一抹の不安もなかった。ただ可能性は、幼馴染や仲間という言葉が思い出になって意思を持って相手に向きあえなくなること。好きだからと、根底はそれだけだけれど表面化させるには親の庇護がなければ書類での未来も決められない子どもだったから口を噤んだ。
 バンがA国に留学することを決めたとき、反対する人間はいなかった。心配が信頼を上回っていたとして、両親までもが以前から掲げられてきた息子の夢に口を挟もうとはせず、ただ寂しくなると目元を押さえた母親だけがバンの胸を僅かに痛ませた。LBXの開発者になると決めてから随分と時間が過ぎた。費やした時間と、注ぎ込んだ情熱と、全てに見合った進歩をしていると思いたい。
 当然のことだけれど、A国に留学するということはこれまでの生活から離れていくということだった。A国にはジェシカや、ディテクター事件をきっかけに知り合った人たちがいくらかいたけれどやはりそれはバンの日常に寄り添う人々ではない。LBXバトルから暫く距離を置くことを選んでからもバンのそばにいたのはLBXを通じて出会った仲間たちと、世話になって来た人々。それから、手の届く生活範囲で当たり前のように笑ってくれていた親友と幼馴染。そのどれをも振り切って、バンは世界へ飛び出すことを選んだ。途切れてしまうわけではない。けれど何かが変わっていく予感に気付かないふりができるほど子どもではなかった。いつかきっとと語るには、その為の約束と、それを果たす明確な意思を示す必要があった。バンが、大人への成長を遂げながらも子どもの名残で手放したくないと約束と意思を残して来たのはアミだった。

「――四年経っても変わらなかったらでいいんだ」

 保険をかけるような言い方は格好悪かったかなと今でも反省する。強かで、頑固で、けれど柔軟な少女だった。LBXの為にバンと戦ってくれた。世界の裏側を知ろうとしてくれた。冒険の始まりには見上げていた彼女の顔を見下ろすようになって幾ばくかの時間が流れた頃、バンはアミへの想いを自覚した。遅咲きの初恋に、アミも同じ気持ちを返してくれたときにはもう、いつか世界へ飛び出していく未来の選択肢を思い描いていた。他人を言い訳に未来を曲げたりはしない。そんな怠惰を、アミだって絶対に許さない。

「もしも四年経っても、アミの気持ちが変わらなかったらでいい」
「……上から目線な仮定ね?」
「うん、そう思う」
「で?」
「四年後、アミが大学を卒業するときに、今と変わらずに俺のこと好きでいてくれたらでいいよ。その時は、もう一度俺の隣に来て欲しいんだ」

 真っ直ぐに、二人して眼鏡越しの瞳を見つめた。アミはバンの瞳にその真剣さを感じ取り、口元を引き結ぶ。遊びに来てと誘っているわけではないことくらい容易に知れて、同時にバンの生きる場所がこの先、長い思い出を積み重ねてきたこの場所へは戻ってこない予感を孕ませていた。事実、A国に留学してからの四年間、バンはほとんど日本に戻ってこなかった。頑なに理由を付けて避けていたわけではないけれど、自分の選んだ未来へ続く道への歩みとしてA国にやって来た以上は気楽に席を立って帰るということがどうにも性に合わなかったのだ。何人かの友人には文句を言われたけれど、アミは何も言わなかった。ただ「お母さんを悲しませないくらいには顔を見せてあげなさいよ」と諭された程度。それを寂しいと思えなかった自分は、アミの言う通り上から目線だったのかもしれないと今ならわかる。またアミが隣に来てくれることが分かっているから、アミもまたバンの隣を選ぶと決めているから寂しがる必要なんかないのだろうと疑わなかった無自覚。そして実際、四年の時を経てアミは迷うことなくバンを選び、日本を飛び出してきたのだ。

「――アミ!」

 人混みをかき分けて漸く辿り着いたゲートで、件の彼女は異国の地に怯むことなく凛と立っていた。久しぶりの再会に、まるで挟んだ歳月を感じさせることなくバンの遅刻を咎めるように膨らませた頬に彼女の不満と変わらぬ親しみが滲む。

「遅い!」
「ごめん、道が混んでて」
「こういうのって、到着したらもう待ってるバンの腕の中に飛び込んでいくのが王道なのに!」
「アミってそんな少女趣味だったっけ?」
「うるさい」

 喉から詰まることなく言葉が飛び出して、十八歳の子どもの真面目さで差し出した約束の軽々しさを知る。何もしないで享受する未来が輝かしいなんて信じられない子どもだった。壮大な夢の為に身体一つ差し出して、仲間に誓ったそれを叶えないでいることがどうしてできただろう。内側だけが大人の事情に付き合って、所々が歪に成長していたのかもしれない。信じたかったのだ。人間の可能性という曖昧なものと同じくらい、アミと自分が離れて行かない未来を。

「おかえり」

 出迎えたばかりのアミに告げるには突飛過ぎる言葉だけれど。きょとんと数度瞬いたアミは、しっかりとバンの気持ちを汲み取ったのかまた頬を膨らませて「上から目線!」と零して体当たりするように彼に体を預けた。よろめきもせず受け止めて、二人して笑う。バンのいる場所がアミの帰る場所になる。逆もまた然り。
 触れた手を自然に絡めて歩き出す。その先にある未来の輝きはこれからの自分たち次第だとして。取りあえず、空港を出たらタクシーを捕まえて、何処かで腹を満たしてから色々と考えよう。今日の夕飯とか、お互いの生活リズムの確認とか、後日届くであろうアミの荷物を収納する為の買い物の予定だとか、そんな小さなことからで構わないから。



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かなしい魔法などさせないよ
Title by『さよならの惑星』



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