父親の墓の前に立つリクヤの背中は、この先の指針もなく途方にくれているようにコウタには映った。それが自分にとって幾分都合のいい妄想であることはわかっていて、同じように今のリクヤが健全に溌剌と生きていくには足踏みをしてしまうショックを受けていることも事実だった。
 コウタがリクヤと出会ったとき、彼は既に自分に課せられた使命を受け入れていて、パラサイトキーに関してジェノックの仲間たちに打ち明けることになる直前程頑なではなかったにせよ、秘密を共有する自分たちは決して友だちではないのだと暗黙の内に了解していた。リクヤの傍にいたのは仲間ではなく護衛といった方が正しかったし、メカニックであるコウタにしてもうっかり傷付いたLBXの修復に時間を掛けようものならリクヤは神経質に眉を顰めていた。それでも急かす声を掛けなかったのは、偏に彼の人としての礼儀でありまた自分が父親から任された大役の責に押し潰されていないことの証明でもあったのだろう。恐らくは、必然に引き合わされなければコウタはリクヤのような人間とは関わろうとは思わなかったはずだ。だからこそ、自分の役割だけに徹していればコウタは決してダメにはならなかった。自分でもそれがわかっていた。リクヤはそうでないことも。けれどリクヤは自分を庇ってロストし、島を去っていく仲間たちを誰一人として悼むことができないから、コウタはせめて破棄されるだけのLBXを仕舞っておくことにした。単純な話、いくらセカンドワールドが実際の世界の代理戦争をしているとはいえロストは死とイコールではなかった。少なくとも、コウタたちは神威大門統合学園という場所に未来の自分を夢見てはいなかったから。この学園を無事卒業すれば高確率で手に入ると言われているLBXに関わり続ける将来は、リクヤにだって見えていなかったはずだ。ただリクヤを守って去っていた人間からすれば、リクヤが窮屈な学園に縛り続けられていることそれ自体彼等が任務を全うした証なのだ。それでもコウタは壊れたLBXを捨てなかった。リクヤにいつか見せる日が来るかもわからないまま隠していた。コウタにも救ってやれなかった物としてひっそりとそれらは息衝いていた。悲しいとか、悔しいとか。そういった感情はめまぐるしく過ぎて行く日々にきっと追いついてこられなかった。箱の中身をぶちまけるまでは。

「――まだ、花が沢山ありますね」
「…………そうだな」

 考え事をしていた所為で、返事をするのに妙な間が開いてしまった。父親の墓に参るというのに、リクヤは花を買わなかった。線香も持っていない。そのことに、リクヤは墓参りではなくただ様子を見に行くだけだと言った。だからコウタにも着いてこなくても大丈夫だと。そう言われてしまうと、コウタは逆にリクヤの傍を離れがたくなる。ただ隠し通すはずだったパラサイトキーの件が周知の事実となって、それを狙うセレディの大規模な神威島占拠によって一度は小隊の仲間全員が死んでしまった絶望を覚えているからかもしれない。ロストは死とイコールではない。ただ島から去るだけだと心に言い聞かせていたはずなのに、思い出す数日間の身に迫る死の恐怖は突拍子もなく出現し、しかしどうしようもない現実だった。
 コウタはゆっくりと目を閉じた。墓地とは静かな場所だった。コウタにとってリクヤの背中を挟んで相対している墓の下に眠る人物は、リクヤや、ロイやアカネたちと同様に自分に任務を与えた東郷儀一総理という肩書きを以てしかコウタの目には映らなかった。けれども病による死を経て実体を失った彼はいつの間にかリクヤの父親でしかなくなっていた。長い間沈黙と孤立によって守ってきた秘密から解放されたからかもしれない。その所為で、やけにリクヤの背中が心細く見えるのだ。
 現職の間に亡くなったこともあり、墓には多くの花が供えられていた。これではリクヤが花を持ってきても活けるにも置いていくにも場所は残っていなかっただろう。

「礼儀としての献花なんでしょうね」
「まあ、地位のある人だったしな」
「全部枯れてしまう前に、誰か捨ててくれるといいんですが……」
「……俺たちで捨ててくか?」
「――それは、忍びないですから」
「……ふうん」

 コウタの提案を、リクヤは半分だけ顔を向けて否定した。寂しげな表情だったのは、これだけ豪奢に贈られている花もやがて途絶えることを予見しているから。それだけだとコウタは断案する。言外に含まれた意味を汲み取ってやる必要はない。寧ろそれはコウタの被害妄想である可能性の方が高いのだから。
 例えば、仮にだけれども。くどいくらいに前置いた上で述べるのならば、リクヤが言外にこの墓に供えられた花とそれらが辿る経過に彼自身を重ね合わせてしまっていたら。忍びないという理由だけで傍にいるならば、枯れていらなくなったと捨てるより先に離れて行ってくれて構わないと予防線を張られているのだとしたら。コウタは、リクヤが全てを放り出して逃げ出そうとしたあの日のように彼を殴りつけて構わないはずだ。それはコウタに対してあまりに失礼だから。だからこれはコウタの中だけの妄想で終わらせておくべきだ。言葉にしてしまうと、急に具体性を増してしまう。

「花はまたリクヤが持って来ればいいよ」
「そうですね」
「それだけじゃみすぼらしいんだったら俺が持ってくるし」
「――――」
「それでもまだ足りなかったらロイとアカネにも頼めばいいだろ」
「それは、」
「悪くない」
「……っ、」
「だってこれからも一緒にいるんだから。これくらい全然迷惑じゃない」
「朝比奈君……」
「まあ、でも。ロイやアカネに頼むよりもまずは俺に頼ってくれるのが一番望ましいんだけど」
「――はい、そうします」
「うん、そうして」

 振り返ったリクヤがはにかんだのを見て、コウタは気恥ずかしさで耳が熱くなるのを感じた。そしてふと神威島のことを思い出した。今でもあの島に残っているかもしれない仲間たちと、自分たちと同じように島を出てしまったかもしれない仲間たちのことを。必要最低限の関わりを維持しようとして、出来ていなかったのかもしれない。着実に影響されていて、本当はもっと早くリクヤにだって他人を頼っていいんだと知って欲しかったのかもしれない。けれどそれを言葉にして訴えるには、初動を違えていたような気がする。何よりも柄じゃなかった。
 やがて島の外に出て、帰る場所を別々にし、それでもこうして顔を合わせていると自然と口も軽くなっていた。今度はもうリクヤだけに重たい荷物を背負わせないように傍にいて支えてやることが出来る。ロイたちもきっとそう思っているだろう。けれども先程言葉にした通り、リクヤには真っ先に自分を頼って欲しいと思っている。それは不純な感情から生まれた願いだった。
 だからコウタはリクヤが望まなくてもこの墓に花を供えに来るだろう。眠る故人に、残された人間を浚っていく非礼をただ一方的に詫びる為に。



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60万打企画/夜空景様リクエスト

ぼくはきみを連れ去る
Title by『さよならの惑星』



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