特殊設定注意


01.
 ジンが仕事を終え自宅に帰ると、ジェシカが何やら気難しい顔をしていた。どうかしたのかと問いながら視線を巡らせ気配を探れども息子であるユウヤの気配がない。夕飯までには帰りなさいとはよくある親の言だがそれはこの家でも同じこと。だが言いつけを守らないユウヤというのも子どもらしくて良いのでは、とジンは安直ながらにそう思う。規則に従うばかり子の善し悪しの基準とはならないし、子の善し悪しが人間性の成長に将来まで引き継がれるかといえば実際そうでもない。要は適度な冒険を。親の意見は参考ばかりで構わない。
 だがジェシカはそんなジンの思考を呑気だという。視線は少し刺々しい。専業主婦の妻を持つ身としては仕事と育児はなかなか両立しがたいものだけれど過度な放置をしたつもりもないジンとしては自分の考え方の何処に落ち度があったのかイマイチ見抜けない。そんなジンの疑問を、さして変化ない表情の片隅に見つけたジェシカは再度呑気なものねと呟いた。
 何でもユウヤが夕飯までに帰宅しないというのは今回が初めてではないらしい。夕飯を帰宅の基準にするだけあってジェシカの支度は毎日ほぼ定時だ。当然ジンの帰宅が間に合わなければジェシカはユウヤと先に食事を済ませてしまう。ユウヤの門限破りはこれまでジンの帰りが夕飯より遅い日に重なっていたらしい。回数が多いからといってジンがユウヤに怒りを覚えるかというとやはりそんなことはなく。成長するにつれ門限も遅らせるべきかと彼はとことんユウヤに甘かった。境遇が境遇とはいえ、あまりに度が過ぎてジェシカがジンを叱るほどだった。
 ジンが許しても生憎ジェシカが許さない。勿論言い付けを守らない怒りよりも我が子への心配が先立つが故のお叱りだとユウヤ自身理解しているからただただ申し訳ないと俯いてしまう。そうなると、ジェシカは次からは気を付けなさいとしか言えない。聞き訳良く頷きながら、でももしかしたらと言い募ろうとするユウヤの言葉をジェシカは視線で遮った。それが、ユウヤが初めて門限を破った日のことだ。
 それから数日後、またユウヤが門限を破りジェシカは彼を叱った。だがまた数日後には同じ失敗を繰り返すものだから流石の彼女もどうしたものかと首を捻った。そして漸くユウヤに何故夕飯までに帰れないのか聞いていなかったわと気付いた。遊びに行くと家を出てそれは本当に言葉通りなのだけれど、何処で誰と何をして遊んでいるのかを確認しなければ段々と癖になり始めた門限破りは改善されないかもしれない。そう思い立ちユウヤに最近何をして遊んでいるのかと尋ねた所、全く予想だにしていなかった答えが返ってきたらしい。

「『ヒロ君と戦士マンごっこをしながらアリス君とコスプレの研究をしているんだ!』ですってよ!」
「……ヒロ、…ああバン君の所の子か」
「そこじゃない!戦隊ごっこするにしたって遅い気がするけど問題はコスプレの方でしょ!?」
「……コスプレ?」

 理解出来ないと言葉を止めたジンの無頓着さが理解出来ないとジェシカは軽く目眩を覚えた。
 別にコスプレ自体を悪く言っているつもりはない。ジェシカは興味もなく身近でもない趣味の世界の話で自分に害を及ぼさなければどうぞお好きにやってくださいと言うのが心情だ。
 だがのめり込むのがユウヤとなれば話は別だ。何分他人とテンポがずれているというか世間知らずで疎いくせに感受性だけは豊かで他人の情熱を単純に褒めるから誘いの声を受けるのだ。今はまだ子どもだから良い。親が目を光らせていれば大半の被害は防げる。だがこのまま行けばユウヤは確実に悪徳商法だとかに引っ掛かるお人好しになるだろう。

「手遅れだったわ!」
「…ジェシカ?」
「ユウヤがオタクロスみたいになったらどうすればいいの!?今のお気に入りの服とか微妙にオタレンジャーと被ってるじゃないの!!」
「ジェシカ、取り敢えずちょっと落ち着くんだ」
「これが落ち着いていられるかーー!!」

 ジェシカの絶叫に、三十階建て高級マンションがちょっとだけ揺れた。それから暫くしてゆっくりと扉を開き怯えたような顔付きと消え入りそうなただいまと共に帰宅したユウヤを出迎えて三人はいつもより遅めの夕飯を取った。少し冷えてしまったけれどいつも通り美味しい食事。
 門限破りのお叱りを今か今かと親の顔色を探るように視線を泳がせるユウヤに、ジンはただCCMを持っているのだから門限に間に合わない時はきちんと連絡を入れなさいと言い聞かせた。これから言いつけを破るという罪悪感から連絡を入れにくかったのかもしれないがあまりにジェシカが心配しているようなので。
 ジンの言葉に頷いたユウヤはこれからはそうすると意思表示の為にCCMを取り出して開いて見せた。瞬間、それまで父子のやりとりを微笑ましく見守っていたジェシカの目にユウヤのCCMの待ち受けが映り込んでしまい彼女は硬直した。見えた映像が明らかに魔法少女だとか戦う女の子だとかつまりアニメ絵柄の女の子だった。ジェシカは「やっぱり手遅れだったわ…」と呟いて机に伏せた。
 因みにユウヤの待ち受け画像、コズミックプリティレイナは土曜の夕方に絶賛放送中である。


02.
 テレビの優先権さえ与えれば全く手の掛からない我が子が最近趣味の合う友人を見つけたらしく、その日も朝早くから遊びに出かけてしまった。せっかくの休日だったし久しぶりにLBX勝負でもしようと誘おうかと思っていたのでバンとしては少し寂しかったけれども仕方ない。部屋で戦士マンのDVDばかり観ていたヒロがこうして積極的に外に遊びに行くようになったことを素直に喜ぶべきなのだ。何せ男親ひとりで平日の昼間は特に寂しい思いをさせているのだから。
 そんなこんなで一通り家事を終え寛いでいたバンのアパートの一室。そのドアが乱暴に開け放たれ隣に住むランが転がり込んで来たのは丁度三時のおやつの時間だった。目当てがそれでないことは拗ねたようなランの表情から明らかだったが客人をもてなさない訳にも行かずバンは台所から適当に菓子を見繕う。戦士マンの食玩が入ったチョコはヒロのものだがまあ良いか。食玩さえ奪われなければ相手がランということもありバンも深くは考えず手のひらに収まる箱と棚にあった煎餅、麦茶を盆に乗せてリビングに戻った。ランは直前までバンが使用していた巨大なビーズクッションに埋もれていた。見た目ちょっぴり面白い。

「ほらランお菓子」
「むー、…!あたしこれ嫌だ!」
「え、どれ」

 バンがランの指したものを把握するよりも先に彼女が盆の上から戦士マンチョコを叩き落としていた。これには流石のバンも驚いて目を剥く。
 母親が母親なのでランの躾は締め付けない程度にきちんと教え込まれている。だからランは直ぐに自分の行為がバンに対して失礼だとは理解しながらもその無礼を働くだけの動機が彼女の中には存在しているから謝りたくない。二律背反。こんがらがった感情が高ぶって仕舞いには泣きそうな顔をするものだからバンは気にしなくて良いよとランの頭を撫でた。すると怒られないと安堵した彼女は結局その涙腺を決壊させて大泣きした。
 その後泣き止んだランに麦茶を飲ませて呼吸が整うのを待つ。何度もしゃくりあげながら数分後、どうにか気持ちも落ち着いてきたらしい。

「お、もう大丈夫?」
「…うん」
「ランってそんなに戦士マン嫌いだった?興味ないだけだと思ってたんだけどな」

 ランが叩き落とした箱を取り上げながら、バンは彼女が部屋に来た理由をそれとなく尋ねた。恐らく無関係ではないのだろう。そして戦士マンが関わっているということは間違いなくヒロも関わっているということだ。
 バンの予想に、ランはまた泣きそうに顔を歪めて彼の腹にタックルする要領で抱きついた。きっと今度は泣いてしまわないように。その所為でくぐもった聞き取りづらい状況ではあったけれどランはしっかりと質問への答えを話してくれた。
 曰わく、最近ヒロが自分ではない友だちとばかり遊ぶようになったんだとか。ヒロとユウヤとシャーリーとアリス。主にこの四人で戦士マンごっこを始め色々な特撮ものごっこをしているらしい。時には衣装までばっちり揃えているそうだ。ユウヤは知っているけれど、残りの女の子二人についてはバンには心当たりはない。だがこの二人がヒロが最近言っていた趣味の合う友人なのだろう。
 それまで部屋でDVDばかり観ていたヒロの友人といえば専ら隣室のランだった。だがこれまた正反対の性格をしているからランはヒロの憧憬する画面越しのヒーローには微塵も理解を示さないし身体を動かし鍛えるランの誘いにはヒロが腰を上げなかった。毎度バンが仲裁するかランがヒロを引き摺って外に連れ出すか。ヒロの趣味にランが歩み寄ったことは殆どなかったと言える。それだけにきっと嬉しかったのだろう。同じ話題で盛り上がり、駆け回ったり腕っ節の強さを競わなくても良い友人という存在は。
 子どもはいつだって好きなものにばかり夢中になる。ヒロはその傾向がより一層顕著だ。だからその結果ランとの距離が開き彼女もその気配を察した。だがそれで怖じ気づいて相手の反応を窺うような少女ではない。きっと真正面からヒロにぶつかりに行った。そして戦士マンを分かり合える友人と語らっているだとかおよそ子どもらしからぬ熱弁を奮ったことだろう。その熱は言葉の意味を正確に届けずともランより彼女たちと遊ぶ方が楽しいと理解させた。
 ランは彼女なりにヒロと仲良くしたかっただけだから、彼の態度はただただ手酷い拒絶のように思えた。それでも半ば意地でヒロの前でだけは泣かなかった。ランを覆った悲壮な空気に気付いたのかその場にいたユウヤがラン君も一緒に遊ぼうと手を伸ばしたけれど、その手を振り払ってランは真っ直ぐこの部屋に駆けてきたのであった。

「ヒロはあたしのこと嫌いになっちゃったんだ」
「それはないよ」
「戦士マン好きな友だちの方が良いんだ」
「ランー、どうしてそんなこと言うんだよー」
「だってあたしの方がヒロと仲良かったのにシャーリーって子とばっか喋ってたあああ!!」
「ああもう泣くなよー」

 再び号泣し始めたランに、バンはほとほと困ってしまう。抱きつかれた体制で服が濡れてしまうとかそんなことはどうでも良い。女の子に泣かれるというのは男として相手が何歳であろうと慣れないものだ。バンの一番身近な女の子が滅多に泣かなかった所為もある。
 ランの背をさすりあやしながらバン彼女の言葉を整理する。凸凹なりに仲良しだったヒロとラン。現れた戦士マンをヒロ同様に愛する女の子、の友だちとユウヤ。急接近と疎外感。怒りと嫉妬。ぱちぱちとキーワードを弾き出しながらバンの脳裏を過ぎったもの。
 修羅場とか、早くない?


03.
「ユウヤさん次はこれとかどうですか?」
「わあ、格好いいね!これとかアリス君に似合いそう」
「本当ですか!?」

 休日の昼下がりの公園でベンチに並んで座った幼い男女が膝の上に置いて覗き込む一冊の本。通りすがりの人はきっと絵本とか漫画とかそういったものを想像するのだろう。まさかコスプレカタログだなんて誰が思うか。仲睦まじいユウヤとアリスの傍らで、ヒロとシャーリーは宇宙英雄戦士マンの一場面を再現しようと試行錯誤している。じっと見つめていると幾分濃いが遊んでいる風に映らなくもない。
 TO社で里奈の助手として働いているアミが珍しく休日出勤をした帰り道で公園の脇を通りかかった際も、四人の子どもが二組に分かれて遊んでいるようにしか見えなかったほどだ。しかもその内のひとりは自分の幼馴染の子どもであるヒロだったから遠目であっても印象には残った。いつもはアミの子であるランが力尽くという強硬手段を選ばねば部屋に籠ってDVDばかり観ている少年であるというのに。
 そんなアミの物珍しさは自宅に帰った途端呆れと納得に変わる。書き置きもなく姿を消した娘。こういう時は大抵隣のバン宅に乗り込んでいる。ヒロがいないのにこっちも珍しいとバンの部屋のチャイムを鳴らす。ばたばたと足音が近づいてきて来訪者の確認もせずにドアが開かれる。くたびれたような表情から顔を上げてアミを見止めたバンの顔が固まる。安堵とも厄介とも取れるその変化にアミの眉もぴくりと揺れる。言い募ろうとした言葉を発するよりも先にバンの背後からぴょこんと見慣れた赤い髪が飛び出た。彼の背中をよじ登って漸く顔を覗かせたランはアミの姿に気付くとひゅっとまた身体を縮こませて隠れてしまった。二人して、全くなんだというのだ。

「おかえりー、アミ」
「ただいま、二人して何なの?なんかやらかしたの?」
「いややらかしたのはどっちかっていうとヒロかなあ?」
「はあ?ヒロならさっき公園で見たわよ。びしっとポーズ決めてたけどなんだったのかしら」
「たぶん戦士マンごっこじゃないかなあ」
「ふうん」
「ところでアミの初恋っていつだった?」
「はあ!?」
「俺上手く説明できなくってさあ、ランのそういう情操教育?たぶんそういうの、アミちゃんとしといてよ」
「訳わかんない、一から十まできっちり説明しなさい!」
「えーとほら、俺男女関係のもつれとか苦手なんだよ」
「……?」
「ヒロが他の女の子と遊んでばっかりだって、ランが怒ってるんだ。でもヒロはヒロで新しい友だちとは話が合うって上手くやってるみたいだから悪いことをしてるわけじゃないだろ?だからその辺アミなんとかしてよ」
「ヒロなんてもうどうでも良いんだから!!」

 さっぱりわからんと腕を組むアミにもう少しゆっくり話そうと部屋に招き入れてリビングでテーブルを囲む。ランはそれまでバンにべったりだったくせに母親が登場した途端彼女の膝の上に落ち着いている。
 そうしてアミの要求通り、一から十まできっちり話した。ヒロのこと、ランのこと。幼いながらにこれは独占欲の発揮で見ようによっては痴情のもつれ。ヒロは全く以て鈍感だった。ランはきっとヒロのことが好きなのに。恋かどうかは別として。
 バンの話を聞き終えたアミは大きく息を吐き出して、それから出来るだけ優しくランの頭を撫でた。お互い、碌な男の幼馴染を持たないわねの意味を込めて。アミにはランの気持ちがより親身に理解できた。それは親子だから女同士だからという理由ではなく、嘗て幼い頃自分も似たような経験をした者だから。今こうして目の前にいるバンも幼少期は幾分無頓着にアミを放置して父親の傍らでLBXにばかり熱を上げていたものだ。その後アミ自身LBXに手を出したことにより疎外感はいつの間にか払拭されていたけれど。その後巡り巡って今ではバンの方がアミにプロポーズまでしてくるのだから幼馴染なんて時間が経てば経つだけ読めないものだ。しかしランの場合自分の様にはいくまい。彼女は決して戦士マンに興味を持たないだろう。最強を目指す愛娘は現在空手の修行に大変お熱なのだ。
 それでも。いくら趣向的に今は埋めがたい溝がヒロとランの間に現れたとはいえ娘の悲しみを放置するアミでもない。そして先程公園で見かけたヒロと一緒にいた女の子がシャーリーという戦士ガールだったのだなと納得する。確かにヒロにとっては貴重な友人を得たといえるかもしれないが。

「――決闘ね」

 閃いた、と言わんばかりのアミの言葉に今度はバンが意味が分からないんだけどと呆れの顔を作る。ランは会話の流れは理解できないが決闘が勝負事であることは理解できる。つまり勝たなければいけない戦いのこと。尤も、ランに負けて良い戦いなど一つもない。何故なら彼女が目指すのは最強だ。最も強い者だ。理由はこれといってない。目標は大きい方が良いしアミも目指すならそれくらい目指しなさいと大いに賛同してくれたから目指す。

「いいこと、ラン?シャーリーって子とヒロを懸けて決闘してらっしゃい」
「――アミさん?何仰ってるんですか?」
「決闘…」
「戦士ガールだかなんだか知らないけどぽっと出の女に貴女負けっぱなしで良いの?」
「良くない!」
「ヒロの権利とかは一先ず置いといて先に簡単な問題から済ませましょう」
「一番置いちゃダメなものを置いたよな、おい、アミ、聞けよ!」
「わかった!あたし負けない!」
「それでこそ私の娘よ!」

 母と娘の神聖な会話が行われたかのごとく瞳を輝かせるランと、何やらどや顔で頷いているアミの隣でバンはもう良いやと諦めてコップに注がれて温くなった麦茶を飲みほした。バンも最初はこれはヒロを挟んでシャーリーって子と三角関係の修羅場かとも思ったが相手の意思がはっきりしない以上同年代女子からだいぶかけ離れた腕っぷしを持つランが喧嘩なんて吹っかけて大問題になるんじゃないか。
 案じるバンの視線を無視して川村家の母子は女の決闘にやる気満々である。我が息子ながらあまりの蔑っぷりに同情を禁じ得ない。後でスーパーにでも行って戦士マンチョコをいくつか買ってきてあげよう。そうしよう。


04.
 休日の夕方、バンがスーパーからの帰り道に公園を横切ろうとした所ベンチに見覚えのある人影を見つけた。公園という子どもたちの笑い声が響く場所には少しばかりそぐわない人物。

「キリトだ。散歩?」
「……山野バンか」
「疲れてるみたいだけど寝るなら場所選んだ方が良いぞ。その内お前アミに通報されるからな」
「………」

 この公園は住宅街の中にあり遊びに来る子どもたちも多い。そんな中何の仕事をしているかもわからない不気味な男が出没しベンチを占領していれば不審がる親もいる。まあアミの手段は割と強硬な部分があるがアミはやるといったらやる女だ。今の所バンがキリトはたぶん自宅で働く類の仕事をしているんだよという言葉を渋々ながらも受け入れて動向を見守っているがちょっとでもキリトがミスを仕出かせば警察に通報はしないまでもパンドラ片手に乗り込んでくるかもしれない。 バンもキリトについて詳しく知っているわけではなく、単に何か目的があってLBXバトルのデータ収集に明け暮れているのだとか。つまりLBXバトルばかりしているということで初めて会ったのも確かバンとジンが子どもたちをこの公園で遊ばせている時に勝負を吹っかけられたことがきっかけだ。その時、アミはいなかったがランはいた。そして見事にキリトに噛みつき嫌悪感を抱いた。どうやらキリトの猫背が心底気に食わないらしい。流石格闘家である。その時受けたマイナスの心象をランは思いっきりアミに零してしまったらしく母娘からの印象が大変よろしくない状態にあるのが今の風摩キリトだった。

「あとキリトさあ、そのチョーカーやめた方が良いよ」
「はあ?お前に関係ないだろう」
「ランがさあ、この間アミに一メートル定規買って貰ってたんだよね」
「………」
「首とチョーカーの間に通してズボンに突っ込めば背筋が伸びるってアミが言ってた」
「――何なんだあの母娘は…!」
「どんまい」

 まるでリストラされたサラリーマンのような悲壮感を漂わせ項垂れたキリトにバンは肩を叩いて励ますことしか出来ない。手元にあるのはスーパーで買ってきた晩御飯の食材とお菓子が少しばかり。ヒロの為にと買ってきた戦士マンチョコを食べるかと一応聞いてみれば要らないと即答された。気を使って聞いてやったのに。
 それから暫くの間、キリトはチョーカーを着けずに服装も真面目そうなものを着こなしていた。しかしそれを見たランが今度は何か悪の計画を始める為の偽装工作に違いないと騒ぎ始めたのだから本当に可哀想だった。つまるところ、子どもと相性が良くないのだなあとバンは公園を通りかかりキリトを見かける度に思う。鳩にメンチ切んなよ。


05.
――ピンポーン
 平日の昼下がり、来客を告げるインターホンの音にジェシカはリビングで見ていたテレビを消し玄関へと向かった。エントランスを通り抜けてきたということは宅配便などではなく知り合いだろうと思いそのままドアを開けてしまった。そしておや、と首を傾げる。目の前には誰もいない。沈黙。そして下方から小さく「あの!」と声がしてジェシカは漸く来訪者が自分よりもだいぶ小さい子どもだと理解した。

「……誰?」
「あの、私、アリスって言います!ユウヤさんはいますか?」

 眼下の少女が名乗った名前を口の中で繰り返す。最近どこかで聞いた名だ。そして直ぐにピンと来た。ユウヤが言っていた、一緒にコスプレをしている友人の名前だ。ジェシカの順風満帆だった子育て街道に突如出現した障壁。アリスと名乗った少女はその名を主人公に持つ物語に登場するかのような可愛らしい衣装に身を包んでいた。とても女の子らしいと思う。これはまさかコスプレではないわよね、とジェシカは首を捻る。

「あの…」
「ああ、ごめんなさい。ユウヤは学校よ。そうね、あと一時間くらいで帰るわ」
「そうですか…」
「ええっと、もし時間に余裕があるなら中で待ってる?」
「でもご迷惑じゃ…」
「子どもが妙な遠慮するもんじゃないわよ」
「じゃあ、えっと…おじゃまします」
「はいどうぞ」

 ユウヤの不在を伝えた途端目に見えて肩を落として目を伏せてしまった少女に罪悪感を刺激されたからなのか、単に自分の手の届かない場所で遊んでいるユウヤの話を聞き出したかったのか。コスプレ云々は置いといて、こんな可愛い女の子とお友達になるなんて我が息子ながらやるじゃないとか思ってしまった。まあこんな時間にユウヤを訪ねてくる辺り相手はまだ小学校にも進んでいないのだろうけれど。
 昨日買ったクッキーがまだあった筈よね、とジェシカはアリスをリビングに案内する道すがら息子が帰るまでちゃんと面倒を見てあげなくちゃという母性本能を燃え上がらせていた。

「どうしたらいいのかしらジン、アリスちゃんったらすっごく良い子だったわ!」
「ジェシカ…」
「コスプレは苦手だけどアリスちゃんみたいな良い子がユウヤと結婚して娘になってくれたら私凄く幸せなんだけど!!」
「取りあえず落ち着くんだジェシカ。ユウヤが法律上結婚可能年齢に達するまで十年以上あるんだぞ」
「あの…僕とアリス君はその…そんなんじゃ…」
「何を照れているんだユウヤ」

 その日の夕飯の食卓。ジンとジェシカの間でこんな会話が交わされたり交わされなかったり。傍らで顔を赤らめるユウヤがいたりいなかったり。
 海道家は今日も平和です。



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魔法のかけかた忘れちゃった?
Title by『にやり』

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