タケルの自室は、もう昼前だというのにカーテンが閉まったままだった。窓に面した机の上には彼が個人的に作成しているLBXの様々なパーツが散乱していて、今日みたいに日の強い日は反射して小さなパーツを見失ってしまうのだという。しかし代わりに灯されている電気スタンドの明かりの方が近過ぎてアラタには強烈に映るのだけれど、タケルには自分でスイッチによって操作できる光の方が好ましいのだと言う。本人がそう言うのだから、それが正論なのだろう。アラタは自分の主張を引っ込めた。科学的根拠を説明することはできないけれど、人間なのだから太陽の光を浴びた方がいいと思うという自分の感性は、恐らく休日のタケルを屋外に連れ出すことはできない。
 今度の週末までには新しい機体を完成させられるはずだからぜひ一番に動かしてみて欲しいんだと誘われたのは、憂鬱な月曜日だった。同盟国であるとはいえ、本来制服の色が違う人間が余所の仮想国の教室に紛れ込んでいる光景は多分に浮く。無鉄砲に他仮想国の教室に突撃したことはアラタにも経験があるけれど、あのときは目当ての人物しか見ていなかったし、その直後に受けたハルキや美都からの説教により自分の行動が異端であることはぼんやりと理解していたから――頭に血が昇ったらまた同じことをやるだろうが――、自分以外にもすんなりハーネスの制服のままジェノックの教室にやってくるタケルの姿は今思い出しても突拍子も現実味もないものだった。
 同じダック荘に暮らしていても、余所の仮想国であるというだけで疎遠になるには十分のこの島で、タケルはメカニックとしての本能に従順にひた走りアラタと親しくなった。自分の技術を詰め込んだLBXをそれに相応しいプレイヤーに動かして貰いたい。ハーネスの仲間に聞かれたら誤解されないだろうかと気を揉むアラタを余所に、実際はタケルの人柄を把握している仲間たちには好きにしたらいいと放任されているらしい。扱っている機体が個人の趣味の範囲で作成されたものだからだろうけれども、アラタの目にはハーネスの空気はのびのびしているように感ぜられる。そしてそういった空気は嫌いではない。アラタが神威大門に転入したばかりの頃、教室の空気はお世辞にも軽やかとは言えなかった。その空気を一層不味くしていた一端として好き勝手振舞っていた自覚は程々に、アラタは不用意ともいえる無頓着さでタケルの部屋に入り込んでいる。ジェノックの誰かに見られたら怒られるかもしれない。或いはアラタだからと黙認されるのか。相手がタケルだからと許されるのか。どれであるにせよ、甘やかしの範疇だ。同盟関係何ていつまで続くかわからないのだからと疑って、二人を叱った通りの結果を望むのならば、もっと厳重に二人を監視して引き離さなければならない。そうでなければ、後戻りができなくなる。休日の朝を同じベッドで迎えること。これはたぶん、タケルとアラタ以外の人間からすればアウトに違いない。

「昨日の夜に完成させられるはずだったんだけどな」
「――だったら作業してれば良かったじゃん」
「だってアラタ君が構えって言うから……」
「俺の所為じゃないし!」
「所為とは言ってないけどね」

 土曜日の夜に、アラタはタケルの部屋を訪れた。それは依頼された用件をこなすには早すぎる訪問で、しかしタケルは彼を歓迎した。取り付けた約束に付随する、明確ではない部分を汲み取るだけの器量がアラタにあることをきっとタケルだけが知っている。自分たちが必要以上に元来の枠組みを超えて一緒にいることを二人とも自覚している。そしてアラタは面白いくらい隠し事が下手だ。だからタケルは、言語化されることのない習慣の手前にアラタを誘いこむ。日曜日に一緒にいる約束をしたら、それは自然と土曜日の夜からの予定にすりかわるように。嘘は吐かせない。にこにこと笑って見せても、その笑顔の裏に何も隠し持っていやしない真っ新な人間。タケルがアラタに近付いた動機は、相手の人格などどうでもよくてCCMを操作する腕と指先が正常ならばそれで何の過不足もなかったのだが今では瀬名アラタという全体像までも愛しいと感じられる。基本的にタケルはLBXを弄っていれば満たされる人種なので、自分のことながらアラタと出会ってからはまだ知しらない部分があったのだなと新鮮な気持ちになる。いくらウォータイムに影響のない個人的な作業だからといって、それを放り出してアラタと戯れることを選ぶなんて。

「アラタ君は不思議だね!」

 一人用の枕の端と端に頭を乗っけながら至近距離で感嘆して見せればアラタは意味が分からないと眉を寄せる。その表情すら可愛いねと言って見せれば、アラタは恥ずかしがって頭を引っ込めてしまうだろう。休日の温かい布団の中に。抗い難い温もりだった。しかしそろそろ抜け出して朝食を摂りに形ばかり室外に顔を出しておかないと、心配性の隊長やなんやかんやとアラタを大切に思っている同室の彼が様子を探りに来る可能性がある。それはつまらないことだとタケルは思っている。アラタには、この子どもじみた独占欲を理解して貰えないだろう。奔放に飛び出していく彼を呼び止めて、捕まえる瞬間がタケルは好きなので一向に問題はないのだけれど。

「タケルそろそろ起きようぜ」
「――うん。お腹空いたもんね」
「それに早くタケルの新しいLBX操作してみたいし!」

 起きなければならないと思っていたのはタケルの方なのに、先に口に出すだけでアラタの方が機敏に布団を払いのけて快活な空気を纏うのだからはやり彼は不思議だと己の感覚に深く納得する。
 タケルは上体を起こして、雑然としている机上を見遣る。他の人間はこれだけ散らかっていては大切なパーツを失くしてしまうだろうと心配してくれるけれど、タケルが散らかした机上はタケルだけに居心地がよくパーツの位置もきちんと把握できている。残りの作業時間を頭の中で計算して、アラタが傍にいることで遅れるかもしれないという不安と、アラタが楽しみにしてくれているから早くできるはずだという期待。出来栄えに影響が出ては元も子もないので慎重に。恋する女の子の料理じゃないんだからと苦笑を浮かべれば、アラタは自分を無視して何を笑っているのだとタケルの肩を小突く。

「アラタ君こそ、僕を置いてどこへ行くの」

 そんなの、食堂に決まっているのだけれどさっさとベッドから抜け出して立ち上がっているアラタはどこへでも行けてしまうからタケルも物分りの悪いふりをする。そうするだけで、仕方ないとアラタはまたベッドに腰を下ろしてタケルが動き出すのを待ってくれるのだから気分がいい。予定通り作業は進まなかったけれど、自由な休日の朝に好きな人を、環境上表だって一緒にいることを憚られるアラタを独占していられる。これで幸福を感じられないはずがない。
 せっかく起きる決心がついたのに、幸福が増してこのままアラタと二人きりで閉じこもっていたい衝動に駆られる。実行されることはない選択肢はカーテンの閉じた薄暗い部屋の中に転がったまま。

「ほら、タケル早くしないと今日中に完成できないだろ?」

 急かす声に頷いて、ベッドから抜け出す。今日完成できなかったら、また来週の休日を予約できるのだろうか。そんなタケルの腑抜けた考えに、机上に散らばった未完成のパーツたちから恨みがましい気配が発せられているように彼が感じたのは勿論気の所為だ。
 小さな部屋に存在しているのは、アラタのタケルを急かし続ける声だけだった。


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ふたりぼっちの巣箱
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