「君の考えていることが全部わかったらいいなと思うんだけれども、どう?」

 ジンの突然の申し出に、バンはただ首を傾げた。ジンの思考はジンにその方向性を委ねるしかないわけで、バンが制限を与えることなど出来はしない。だから自分に対して何をどう思おうとそれは自由だ。しかし「どう?」と尋ねられても答えようがないこともある。まさしく、今ジンがバンに向かって放った言葉のように。

「それは――難しいと思う」
「不可能と言った方が確実じゃないか?」
「そうだなあ」

 向かい合って座るテーブルの上には二人のLBXと、それをメンテナンスする為の道具一式が広げられている。NICSに滞在しながら、丸一日の休日を与えられたバンたち実働部隊の面々は各々自由を満喫する為に散らばった。買い物やDVD鑑賞、散策と出掛けて行く仲間たちを見送って、残ったのはジンとバンの二人だけ。一緒に過ごそうと示し合わせたわけではなかったが、顔を合わせて久しぶりにバトルをしようという流れになるのも二人には自然な流れだった。
 お互い、LBXを強化段ボールの中に戻す戦いの外側で純粋にホビーとして勝負することは久しぶりだった。万全を期そうとする想いから常にメンテナンスは怠っていないにもかかわらずバトル前に最終調整としてこうしてキットを広げていたのだが。バンの考えていることが全部わかったらいいのにという言葉に、あと一歩で終わるはずだったメンテナンスの手はすっかり停止してしまっている。ジンは自分の発した言葉の意味など深く考えていないのか、視線を手元に落としたまま着々と作業を進めていた。そのことにむっとしたバンは唇を尖らせて、机の下で足を振り上げてジンの足に落とした。踏んづけるというよりは、ぶつけるといった方が正しい。ジンは驚いたように顔を上げる。

「何だい、急に」
「何だいじゃないよ。話しかけてきたのジンからなのに、何でもうそんなしれっとしてるんだよ」
「結論が出たじゃないか。不可能だって。他に話が膨らむのかい?」
「……どうして俺の考えてることが全部わかればいいのになんて思ったの?」
「それは――」

 ジンの、他愛ない会話に興じるには不向きな合理性は嫌いではないけれど、時々びっくりする。行き止まりの会話を保留にせず打ち切る潔さ。拒絶と勘違いしない人間がどれほどいるだろう。考え始めて、首を振る。ジンと会話を交わす誰かのことを想像する無意味さを悟る。バン自身が、ジンの潔白と適切な言葉選びに戸惑いながらも好ましくも思っているという真実が揺らがなければ何の問題もないのだ。

「――こういうときに、思うんだ」
「ん?」
「僕の前で、会話が途切れた瞬間にバン君の表情を見ているときに。君の考えていることが全部わかったらいいのにって」
「………」
「沈黙は、怖いものなんだね」

 淡々と、自分に言い聞かせる物言いだった。それはつまりバンの返事を求めてはいない。内観に集中して、言葉を置き去りにしながら自然と変わる表情を判ずる根拠のなさをジンは憂いている。傍で語らう友を持たなかったジンの隣に初めて降り立ったバンのことを、彼は実際よくわかっている。けれど同じくらいわからないとも思っている。LBXバトルで通じ合う心がバンの全てなのだろうか。確かに自分たちの生活はLBXを中心に回っているけれど、しかしそれだけで。
 それは欲張りだよと誰かが指摘してくれたらいいのだろう。納得のいく忠言ならば素直に聞き入れる柔軟さは持っているはずだ。久しぶりの休日、当たり前のようにバンと一緒にいることを選ぶ自分の言葉足らずを誰か叱ってくれたら。
 ――そう、人の思考を読み取るより、自分の考えを言葉にする方が先立つべきなんだ。
 怠惰は好ましくない。いつも色んな人に囲まれているバンにとって自分がどんな存在であるかを、遠目に見つめているだけでも安心できるように。彼の考えていることが全部わかってしまえたらいい。それはつまり、バンにとって自分がマイナスの存在ではないという大前提の元に成り立っている空想だ。その大前提が揺らがないのに、何が不安でバンの全てを見透かしたくて仕方がないのだろう。それが、ジンにも不思議だった。ジンにも不思議なことを、バンが理解できるはずもなく。作業に手を動かし始めては、ジンのことが気になって手を止めてじっと視線を送るという流れを繰り返している。

「ねえ、ジン――」
「何だい、バン君」
「…………」
「バン君?」
「うん、俺やっぱりジンに『何だい』って聞かれるの好きだよ」
「――。」
「だから、俺の考えてること全部わかる必要なんてないよ」
「バン君……」
「全部わかっちゃったら、言葉にする必要がなくなっちゃって、LBXも必要なくなっちゃって、そうしたら結局、俺とジンのことどっちもわけわかんなくなっちゃうと思うし」
「――そうだね」

 気恥ずかしいのか、若干早口になりながらバンは手元に視線を固定して喋り続けた。それでも適度にジンが息を吐くタイミングが挟み込まれている。やはりバンの傍は居心地がいい。
 メンテナンスの作業の手は、ほぼ二人同時に止まった。完了を確認することもなく、静かに道具を片付けてテーブルの上が綺麗になってからようやく「終わった?」と視線で尋ね合う。齟齬なく交わされる声なきやりとりにジンは先程まで脳内を占めていたバンの思考が筒抜けだったらいいのにという考えを笑ってしまう。その笑みに、「どうした?」と瞬くバンに首を振って「何でもない」と伝える。
 頷いたバンがCCMを取り出したのを見て、ジンも自分のCCMを持って立ち上がる。無言のまま理解し合う一連のやりとりを、仲間たちが「おかしいくらい言葉がいらない二人」と評していることを知らない二人は展開したDキューブを挟んで向かい合う。目を合わせて、笑う。ジオラマ内にメンテナンスを終えたばかりの愛機を躍らせる。それ以上に二人が通じ合う術などあるはずがなかった。それだけで、十分だった。



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60万打企画/柳様リクエスト

この心臓以上にこの想いを伝える術を、ぼくは持ち合わせていない
Title by『るるる』



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