※ユノ→アラタ


 ユノの習慣。アラタへの手紙は偶数の日に書く。晴れていたら、周囲の近況から。曇りだったら、ユノの近況から。雨だったら、アラタの近況を予想して書き綴ってみる。
 電話はアラタから手紙の返事が届いてから三日以内。出来るだけ海の凪いだ日を選ぶ。フェリーもこない、静かな港の係船柱に座って、深呼吸をして、通話履歴ではなくアドレス帳からアラタの番号を選ぶ。呼び出し音が5回以内なら、暇だからかけてみた風を装う。6回以上なら、久しぶりに掛けてあげたんだからもっと早く出なさいと強気を演じて、留守電サービスに繋がってしまったら落胆の色を滲ませないよう気をつけながら次の予告を欠かさない。
 神威島を去ったアラタへの恋に身をやつすユノの習慣は、一歩でもはみ出してしまえば遠くの彼を見失ってしまうと恐れているかのように繊細だった。
 アラタが好きだと気付いてから、当然のように特別を望む。節度と理性は弁えている。ただ、世界中を見て回ると宣言して旅立ったアラタと連絡を取り合う人間が大勢いるのなら、その中の一人なんて凡庸な位置に埋もれたくはなかった。クラスメイトだった頃、小隊のメンバーを除けば一番近くにいたはずなのだ。他国のライバルだったムラクが異動してきてからは少し自信がないけれど、更に女の子という条件を付加すればユノは間違いなくアラタのすぐ傍にいた。世話を焼く必要のある人だった。人を頼ることにてらいなく臨める子どもだった。だから気付くのが遅れてしまったし、伝えそびれてしまった。アラタのことがひとりの異性として好きだと訴えるには、彼が旅立ちを決意してからの日々はめまぐるしくあっという間に過ぎ去ってしまった。それに、旅立つのはアラタだけではなかったから、視線の端で期限の日までを笑って過ごすアラタを捕まえてはいたけれど、彼にばかり時間を割いてはいられなかった。恋を知ったユノは、好きという感情の微妙な差分を理解する。アラタへ向かう想いは特別だったけれど、唯一ともてはやすことはできない。ユノは、アラタのことは勿論、彼と同じように島を去ってしまう仲間、これからも同じ教室で学ぶ仲間のことも大好きだったから。
 けれどもそうやって不変の名残にしがみついて、本当に何一つ変化を促せないまま流れてしまうなら、たった一日、もしくは数時間、数十分、数分でいいからわがままに突き抜けてみればよかったのかもしれない。後悔なんて、意味のないことだけれど。

『――次? 次はA国、ジンさんがあっちに戻るって言うから、ちょっと便乗だな』
「ふぅん、アラタ、あんまり迷惑かけちゃだめだからね」
『わかってるって』
「いつもそういうんでしょ」

 一週間ぶりの通話。まだ日本に留まっているアラタはとうとう海外へ飛び出してしまうらしい。無計画な旅に指針が立たなければ帰って来てくれただろうか。いつかはきっと、アラタはそう言ったけれど。それはユノがこの島にいる間という絶対的な約束ではないのだなと、彼が着実に歩を進めている現実を、彼の声で報告される度に不安に思う。
 アラタにこれ以上遠くに行って欲しくなくて、さっさと世界中を周り終えてきて欲しくて。二律背反の捌け口は、面倒見の良い同盟国の副司令官だった彼の人に向かう。足元に落ちていた小石を海に投げる。穏やかな波に、小石は無力に沈んでいく。
 世界という大海に、瀬名アラタという小石は何を見るだろう。理不尽に、傷を負わなければ良いけれど。ユノの知る由のない現実は、彼女が当たり前のように息をしているのと同様に広がっている。オーバーロードなんて力に、新しい力ある人間の代表のように求められたこともあったけれど、アラタはただの子どもで、処世術あたりはきっとユノより出来が悪い。思いつくまま感情のまま、そういう生き方を肯定してくれる大人は少ないのだ。

「A国に行くならパスポートとか忘れちゃダメだからね、空港で慌てるなんてことにならないように!」
『だからわかってるって! ユノは相変わらず副委員長なんだな!』
「誰にでもこんな口煩く言ったりしないよ!」

 ユノの憤慨も、アラタにはきっと正しく伝わらない。きっと、今までの世話焼きが災いしてしまうだろう。アラタだから特別に心配して、つい言葉が嵩んでしまうという真実は、口賢しく言わなければアラタは粗相をすると決めてかかるお節介だと疑われている。
 これが性格? いいえ、これは恋です。瞼の裏に描く彼の姿はあの日この港で見送ったときのまま。変わらない出なんて、無理な望みだとしてもせめて、こうして繋ぐか細い声の糸を副委員長なんて業務連絡のような響きに押し込めないで欲しい。
 無意味な習慣、手紙を書くこと。電話を掛けること。星占いにだって一喜一憂するのは全てアラタの所為だから。

「――アラタ」
『ん?』
「気を付けて、行ってらっしゃい」
『ああ、』
「沢山、世界を見てね。無茶は程々に、気の済むまで歩き回ればいいんじゃない?」
『――ユノ?』
「待ってるからね」
『……』
「アラタが帰ってくるのを、待ってるよ――みんな、勿論私も」
『うん、わかってる』

 憶病にすり替えた想いの差出人。間違いではないから、ユノは唇を噛んで、それだけ。彼女の言葉に頷くばかりのアラタが返す本日何回目かのわかったという声音が優しく耳朶に響く。やっぱり、本当は通話越しではなくて直接顔を見て話したいけれど、これが今の精一杯。
 だからユノは待っている。アラタが帰る場所と否定しなかったこの島で、凪いだ海を見つめながら待っている。その水平線の向こうからアラタが帰ってくるその日を、些細な習慣に身を任せながら、いつまでも待っている。



―――――――――――

60万打企画/ゼロー様リクエスト

朗々と言葉をつむぐこと
Title by『ダボスへ』



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -