※ユノ→アラタ


 あまねく輝く星空を尊ぶ。繋がりは、恐らく脆い。旅人を辿る術を持たないユノは、手にしたCCMの待ち受け画面に表示される時間を睨みつけている。世界とは、旅人が歩く地平とはどこまでも遠くに伸びているのだろうか。電波だけなら追い駆けられるのに、返信に不精な態度を取られては綴る言葉に心配と文句ばかりが連なりそうで怖かった。心配を掛けられたお詫びにと、チョコレートパフェを奢らせることもできないのだからつまらない。
 伝えたいことは沢山あって、それは神威大門統合学園の変革の進捗具合であったり、ジェノックのみんなの近況だったり、去ってしまった仲間と細々と続く交流であったりとまちまちだ。ムラクもハルキも忙しそうにしているのよと送信したメールの返答は何であったか。思い出そうとすればきっと簡単に思い出せる。それくらい、ユノはアラタからくるメールを何度も読み返しているのだ。

『みんな忙しいんだな、メール、毎日忙しいって文面めちゃくちゃ見るぞ!』

 たしか、そんな文面だ。このときユノは少しだけ落胆したことを覚えている。ユノのメールは、アラタに届く大勢からのメールの内の一通にしか過ぎないと頭を殴られたような衝撃だった。いつの間にかジェノックの中心にいて、セレディの事件があってからは世界連合の中心にもいて。発現した力は選び取ったものではなかったけれど、その力の向かう先をアラタは選んだらしい。生憎、ユノはその場に居合わせなかったので彼の選択は人伝に耳にしただけだが、実に彼らしい答えだと思う。旅先で、戯れに興じるLBXバトルに向きになってうっかりオーバーロードなど発動させていませんように。冗談半分で祈っている。
 娯楽室の長椅子で、休み時間の教室で。雑談に花咲く合間の食堂で。ユノがCCMを弄る姿を見かける率がはねあがったことを、恐らくジェノックの誰も訝しがらない。突然、けれども希望と共に流れてきた別れは笑顔で済ませたけれど如何せん数が多すぎた。連絡は気楽に取れるはずなのに、真新しい話題の限られる閉鎖的な環境は神威島が島である限り改善される兆しは見えなかった。外からの、かつての日常の一端を拒む壁を取り払っても、受け入れる場所が残っていないのだ。心の余裕すら、子どもたちにはたぶん足りていない。早く、いつか掲げた理想に辿り着かなければと逸る心だけが残って、旅立ってしまった仲間に顔向けするには結果が必要だと決めつけている。
 ユノもできるだけ、急ぎたかった。たぶんそれは、未来を見つけに行ったアラタに張り合っている。世界を見ること、己の力量の振り方を学ぶこと。彼は大きくなった。健やかに、海をかき分けて旅立った。残される人々の惜しむ視線には気付かなかったろう。送り出すことに祝福を贈る気持ちも皆嘘ではなかったから。
 アラタが旅立つ前に撮った集合写真は大切に保管されている。データはアラタにも送ったけれど、きちんと印刷してくれているだろうか。データだけでは心許ないと思ってしまう、いつまでも面倒見の良い誰かが付いていてあげなければ忙しない少年の思い出に閉じ込めていてはいけないと頭では理解している。そんなことをしていては、あっという間に置いて行かれてしまうのだと。
 けれど、今までのようにと望む心は誤魔化せない。遠くに行っても、心までは離れてしまわないでと縋るには、アラタがこの島に残して行ったものは形がなさすぎる。

「い、ま、ど、こ、に――」

 打ち込む文字を声に出してみる。『今何処いるの?』なんて、聞いてどうなるものではない。会いになんて行けない。それに、自分の知らない土地の名前を持ち出されたらそれこそ開きすぎた距離に項垂れるしかなくなってしまうのに。
 ――それでも、知りたいって思うよ。
 全部じゃなくていい。片鱗でいい。今、アラタが見ている景色、感じたこと、触れたもの、その欠片で構わないから不精にならずに届けて欲しかった。自分だけに、その為に疎通のままならさに折れそうになる心をいつだって必死に震わせて送信ボタンを押している。

「電波か文字にでもなっちゃいたい気分だわ」

 娯楽室の椅子に座るユノの独り言に、テレビを見ていたハルキ達第一小隊の面々が訝しげに振り返ったが無視をする。アラタがいないと、やはり彼等は静かなものだった。いつまでも、いなくなってしまった人間を物差しにして他人を見てはいけないとわかってはいるけれど。
 便りを寄越すように言い含めても、旅立ちの通過儀礼とおべっかと受け取ったのだろうか。ノートに綴るのは数式でも歴史上の事件でも物語の一節でもなく新しいフォーメーションや武器ばかりだったアラタには手紙を書きあげるだけの根気すらないのかもしれない。だからせっつくように送るメールを、ユノはいい加減諦めるべきなのだ。他の皆も寂しがっているからなんて建前を用意できる、面倒見のいい副委員長の仮面を被ったままではあの鈍感男を到底落とせやしないだろう。

 ――私は、此処にいるよ?

 だけど永遠じゃない。悠長に世界中をふらついている内に時間は過ぎる。帰って来たときに、知り合いがこぞって卒業してこの島を後にしていましたなんて、流石にそこまでアラタといえど間抜けとは思わないが。
 アラタの居場所を探したかった。この星空の下のどこかなんて遠すぎる。迎えになんて来て貰えないなら、追い駆けるべきなのだろうか。託されたものを自覚している。責任感までは放り出せずに、ユノは明日もこの島で力を尽くす。
 返信の時間差に割り出せないアラタの居場所。これでは時差の計算もできやしない。気兼ねなく通話の発信ボタンを押すには、ユノにはまだ建前が必要だった。察しよく与えてくれない鈍感男に恋をしてしまったことを今更長良に実感し、握りしめていたCCMをテーブルの上に放り出した。
 アラタからの返信はない。



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きみの名をぼくは一万回呼んだ
Title by『ダボスへ』



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