どういった経緯があったのかアラタには知る由もないのだが。
 ある日、いつも通りに登校すると法条ムラクが腰辺りまで伸ばしていた髪をばっさりと切ってしまっていたことに気が付いた。首回りがすっきりしている。アラタの抱いた感想なんてその程度のものであったがミハイルやバネッサ、カゲトあたりのリアクションはなかなか大きかったらしい。ダック荘での朝食の時間に済まされた大抵のムラクの散髪に対するリアクションの記憶がアラタの中に存在しないのは今日も今日とて遅刻ギリギリに目が覚めたせいで朝食を食べ逃しているからである。トメさんにおにぎりを二つほど持たせてもらったので昼休みまで空腹に耐え忍ぶ危機は脱したものの、ムラクの方を見つめながら間抜けに開いたままの口はおにぎりを咀嚼することを止めてしまっていた。首回りがすっきりしている――どうやら言葉にできる感想がその程度であるだけで、いつも見慣れていたシルエットが変わってしまったことに少なからず動揺しているようだ。

「髪、切ったんだな」

 席に着いていたムラクの元まで歩み寄って、そんな当たり障りのない、見ればわかる言葉を伝えてみた。きっともう、何回も言われているはずの言葉。けれどアラタは自分以外の誰かが言ったかもしれない言葉を先回りして汲み取って無駄のない会話をしようとは思わない。ムラクもそれに応じてくれるとこれまでの付き合いの中で身に馴染ませて知っている。
 手におにぎりを掴んだまま近寄ってきたアラタを、ムラクは一瞥しただけで彼の状況を把握したと頷いて、ちょいちょいと指で顔を寄せるよう指示を出すと大人しくそれに従ったアラタの口の横についていたご飯粒を取って何のためらいもなくそれを自分の口に放り込んだ。うっかりそんな光景を見てしまったクラスメイトの何人かは瀬名アラタの近辺の距離感は総じておかしいものだと理解しているので何も言わず目を逸らすか、会話がないから不気味だと思いつつも結局目を逸らしたりしている。アラタはそんな所に米粒がついていたとは全く気付かなかったと笑っている。話し掛けた言葉に対する返事がもらえていないこと以前に、まず自分が何と話し掛けたかも忘れてしまったのか、場がリセットされアラタはまた一から会話をやり直す。

「髪、切ったんだな!」
「ああ。昨日ふと思い立ってな」
「思い立つ?」
「一番わかりやすいあてつけとは何だろうと考えた結果、これが目に見えて伝わるだろうという結論に至った」
「へー」
「…………」
「あれ、もしかしてあてつけって俺に対するあてつけなのか?」
「そう思うか」

 立ち位置として、ムラクがアラタを見上げる形になる。じっと覗き込む瞳から言葉を読み取ることがアラタは得意ではなくて、答えを求めて質問したのはこちらなのだから意地の悪い切り返しはやめて欲しい。けれど明瞭さばかりを望んでいては自分ばかりが甘やかされていることになりかねないので、一応は心当たりを探ってみる。
 しかしあてつけと言われても、そんなことをされるほどムラクを怒らせるようなことを自分はしただろうかと言われると全く心当たりがない。もっとも、アラタは時折気付かずに他人様の痛い箇所をつついてしまうことがあるようで、今回も知らない内に何かやらかしてしまったんじゃないかと言われれば自信を持って否定することはできなかった。しかしあれだけ長かった髪を切るような事態とはどんなヘマをやらかしたのか。
 いかにも思考が煮詰まっていますと表情が歪んでいくアラタにムラクはやりすぎたかと小さく息を吐いた。別にあてつけとは言葉の綾であって、怒りの衝動に任せて散髪をしたわけではない。アラタの振る舞いに落ち込んで、色々と考えた結果の散髪ではあったけれどもそもそもムラクにアラタの行動を制限する権限は一切ないのだ。自由に、奔放に真っ直ぐにあること。それを魅力として認めたのは他でもないムラク自身で、勿論それはLBXの話であり日常生活ではもう少し落ち着きを持って行動してほしいとは思うがそれを願うのはムラクではなく第一小隊の小隊長の務めである。

「なあムラクー、俺わかんないんだけど…」
「……いや、俺の思い込みが激しかっただけだ」
「は?」
「昨日の告白はちゃんと断ったのか」
「え」
「聞くところによるとアラタの名前が広がったのは俺にも責任がない訳ではないがあまりほいほい呼び出しに応じるのもどうかと思うぞ」
「な…何でムラクが告白のこと知ってんの!?」
「そんなの一人だけ帰りが遅ければ気になるだろう」
「ああ…ハルキたちから聞いたわけね…」
「そして俺は思わず髪を切ってしまった」
「どうしてそこに繋がるんだ?」
「失恋すると髪を切るんだろう?」
「何でムラクが失恋したことになるんだ!?」

 あてつけの仕方がおかし過ぎるだろうとアラタはムラクの机の上に倒れ込んだ。それとほぼ同時に机の上に置いていた一限目の教科書と筆記用具をどかしたムラクの手際は実に素晴らしい。だが今はそんな無駄のない動きに感心している場合ではない。
 確かに昨日はウォータイムでの出撃が終わってから帰る際に他国の女子生徒に呼び止められて二人きりで話がしたいと言われたので第一小隊の皆とは別れて先に帰ってもらった。移動した場所で女子生徒に切り出されたのは案の定告白だったわけだが勿論丁重にお断りさせていただいたし、アラタは誰にも告白されたと言い触らしたりはしていない。けれどまあ、話し掛けられた時点でその女子生徒の顔を見ていた第一小隊の面々からすれば相手の目的などわかりきっていたのだろう。アラタが告白されたに違いないという情報は、彼がダック荘に帰るまでの間に既にムラクに伝えられていた。

「あまり色んな人間にほいほい釣られていると、俺の髪はずっと短いままだな」
「……愛が重い」
「重くしておかないとお前、すぐどこかに行くだろう?」
「失礼な!」

 朝っぱらから教室で何て会話をしているんだと指摘してくる人間はいないまま。結局はただの焼きもちの延長でしかないあてつけに振り回されたアラタは頬を膨らませて拗ねて見せた。勝手に人を薄情者扱いして重しを乗せて繋ぎ止めようなどと。見損なわないでいただきたい。
 アラタの必死な主張は始業を告げるチャイムに遮られた。席に戻るよう促され、アラタは残りのおにぎりを口に詰め込みながら渋々踵を返す。不満を伝えきれないまま、新しい髪型が似合っているとも伝えそびれたアラタは一限目、机に突っ伏しては教師に注意され続けた。



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ぼくはきみのなにかでありたい
Title by『るるる』



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