※DVD特典ノベライズネタ含



 示されていた可能性をすっかり忘れてしまっていたこと、それが出雲ハルキの中で悔恨と名付けられるまでそう時間は掛からなかった。セカンドワールドに馴染めるだろうかと不安に悩まされたことはあるくせに、セカンドワールドを疑う思想なんてハルキにはなかった。やってきた神威島でステージは用意されていた。飛び込んだのは自分で、疑うくらいなら去ればいい。きっとそれがルールだった。未来の為に訪れた島を疑って脱落者になる選択肢はいつの間にか消え去って、ハルキはその日その日のウォータイムを乗り切ることで必死だった。その過程で、失った仲間も守れなかった仲間もいたけれど。もっと心に留めておくべき言葉を贈ってくれた仲間もいたけれど。ハルキはいつの間にか色々なことを忘れてしまっていた。

『これはホントに正しいことなのか?』

 セカンドワールドで戦うこと、LBXが好きで実力を高め合うためにやってきた子どもたちに擬似戦争を行わせること。そのことに、ハルキに変じゃないかと打ち明けてくれた仲間がいた。ハルキがまだ隊長を務めるよりも前、彼に隊長としての背中を見せてくれた仲間だった。あの頃は今よりもずっと自分のことで手いっぱいで、ロストされ明朝には島を去り二度と会えないかもしれない仲間の言葉にすらまともな答えを導き出すことができないでいた。そしてハルキは忘れて行ったから、今のこの島の現状に悔恨の笑みを浮かべ空を見上げる。
 この島で行われていたことは擬似戦争ではなく代理戦争だった。その真実はハルキたちを動揺させ、しかし僅かな使命感をもたらして終わるはずだった。世界のどこかで血が流れないで済むのだと、それは間違いなく良いことなのだと、体験談を耳にしてしまえば納得もできた。けれどあれは、物事の一側面しか捉えていない狭隘な物の見方だったのだと今ならばわかる。勿論、セカンドワールドの全てを否定してしまう発想にも至れない、理想を掲げるための一応の着地点として。

「――見せてやりたかったな」

 そう呟いたハルキの声を、彼の数歩分前を歩いていたアラタはしっかりと聞き取ったらしい。振り向いて、足を止めて窓の外を見上げているハルキの横顔をじっと見つめる。いつもならば直ぐに言葉で意味を問うアラタだったけれど、珍しく直感で口を噤むことを選んだ。ハルキの内側で自然と蘇ってきた思い出は、アラタでは引き出すことのできないものだった。考えてみれば、アラタがこの島にやってきてからハルキたちと過ごしてきた日数と、ハルキがこの島にやってきてアラタたちと出会うまでに過ごしてきた日数とではどちらが長いのだろう。そんなことを思ったけれど、比べる理由が見つからなくてそれ以上は考えないようにする。今待つべきはハルキの言葉だったから、余計な衝動を生む思考には蓋をした。

「……俺が隊長になる前の話だ」
「―――、」
「セカンドワールドで行われる擬似戦争に、疑問を持っていた奴がいた」
「そうなのか?」
「正確には、セカンドワールドの異常性に飲み込まれて、壊れて、耐えられなかっただけなのかもしれない」
「……でもハルキはそうは思わないんだろ」
「ああ、尊敬する隊長だったからな」
「ハルキの、隊長」
「この学園が、本当にLBXを楽しむための場所に生まれ変われるなら――そのためにセカンドワールドを使えるようになるなら…あいつにも見せてやりたいなと思ったんだ」
「………」

 ハルキの視線は絶えず窓の外、感傷と希望の双方が渦巻いていた。そこには損なわれることのなかった、過去の仲間への想いが滲んでいる。思えばアラタが知っているハルキの過去はサクヤの口から聞かされたバイオレットデビルに仲間をロストされたことについてだけだ。それ以前のことを、アラタは何も知らない。勿論ハルキだってアラタの過去を知らないし、打ち明け合うことが全てだとは思っていない。けれど晒されたのなら、受け止めてやりたいと思っていることも事実だった。それがどうあがいてもアラタの介入できない美しい残照だとしても。

「見せてやればいいじゃん」
「―――アラタ?」
「何なら迎えに行ってやってもいいんじゃないか? ええっとでも本当のことってどこまで話していいんだろうな? わかんないけどさ、ハルキの大事な奴ならさ……」
「……そうだな」
「……うん」
「でも良いんだ。迎えにはいかない」
「――何で?」
「何でと言われてもな。俺は高校を出るまでこの島を出る気はないし、あいつの居場所も何も知らないし――」
「ハルキ?」
「いや、主だった理由はこれだけだ。行こう、サクヤたちが待ってる」
「足止めたのハルキだろ」
「そうだったか?」

 微笑ずくで会話を切ってハルキは歩き出す。過ぎた思い出話はアラタを緊張させてしまったようだ。迎えに行けばとは彼らしい安直さと実直さでハルキを驚かせる。一瞬過ぎった寂寞に、そこまで協力してくれなくてもいいのに。ハルキの記憶の中の人物像をよりよく記憶しているであろうサクヤでさえ、そんな進言はしないだろう。何故ならハルキには今がある。隊長として迎え入れたアラタやヒカル、サクヤと戦ってきた日々がある。比較はしない。この学園のサイクルに慣れ親しんだわけでもない。ただ今いる自分の仲間を誇らしく思っている以上、これ以上過去に寄り掛かる必要がなかっただけ。そうなれるだけの力をくれた張本人は、今のハルキの態度を気紛れだと思ってしまっただろうか。言い淀んだ言葉の先を勘繰っていやしないだろうか。
 ――アラタの方が案外あいつと馬が合いそうで面白くないだなんてそんなこと。
 言えるわけがないなと息を吐いて、ハルキはしっかりと前を向く。蘇る懐かしい人物に届けることのできない言葉を思い浮かべる。

『これはホントに正しいことなのか?』

 正しくは、きっとなかった。納得はしないがセレディの言葉を借りるならば一部の支配者たちの為のシステムの一部だった。知る由もないはずの真実だった。けれど知ってしまったから、ハルキは理想を掲げて道を歩く。隊長の指示についていくしかできなかったあの頃の自分からは信じられない、世界連合の司令官などという地位まで得て。未来のことなどわからない。けれど辿り着いた今がある。それがハルキにとっては尊ぶべき事実だった。
 そして、子どもじみていてとても晒せない独占欲を認めるのならば。
 アラタが隊長と認識する人間は自分だけでいい。できるなら、この学園を卒業する日が来るまでずっと。



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都合のいいところだけ覚えていてくれたらいいよ 君にとって価値がなくなったら、記憶ごと消してくれたらいい
Title by『わたしのしるかぎりでは』





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