※捏造
※ストーリーバレはありませんがゲーム内での会話ネタを含みます。




 晴れ渡る空を見上げた。雲は島の外の上空、遠く遠くふわふわと浮かび離れていく。降水確率はゼロパーセント、絶好の洗濯日和と言えよう。
 けれどハナコの手は水を弾かない。洗濯機は昨日回してしまった。お日さまの匂いは優しくて、温かくて。顔を埋めれば自然と笑顔が溢れるものだけれど今日はお預け。一人分の洗濯物は少なくて、全員が毎日洗濯機を回していたのでは比較的寮生の少ないダック荘とはいえとても間に合わない。自分のことは自分でするように。この島で暮らす子どもたちの誰もが自覚していること。欠けてしまう可能性を優先的に捉えることは、ハナコにはどうにも寂しいことのような気もするのだけれど。
 ハナコは自分が所属しているジェノック第四小隊の皆が大好きだ。隊長で気が強ければ押しも強いキャサリンのことが好きだ。引っ込み思案なハナコを、多少強引にでも引っ張って行ってくれる彼女のことが好きだ。クラスの副委員長で、面倒見の良いユノのことが好きだ。強引なキャサリンに引っ張られてハナコがつんのめりそうになると間に入って輪を円満にしてくれる彼女のことが好きだ。メカニックで、大人っぽい雰囲気のキヨカのことが好きだ。賢く物静か、冷たい印象を与えるけれどハナコが迷ったとき、タロットでさりげなく指針を与えてくれる彼女が好きだ。だから、できることならばこのままこの学園を卒業する日まで変わることなく第四小隊の形を維持していたい。それから、さらに欲張りなことを言ってもいいのなら、ジェノックの面々だって変わることなく過ごして行けたらいいのにと思っている。小国であるが故、仲間同士広く情が湧くのだろうか。単純にハナコの性格なのかもしれない。自分が最後までこの学園に残れるのならば他人が退学して島を去ろうと構わない人間が多くいることも知っている。その考え方が決して間違っていないことも、ハナコはきちんとわかっている。わかってはいるけれど、割り切れないのが感情で、人間で、厄介なものなのだ。
 寮の裏庭に佇みながら、ぼんやりと立ち尽くしていた。女子専用の洗濯物干し場はまだまだ余裕がある。この分ならば、もう少ししたら溜め込んだ洗濯物を洗ったキャサリンがやって来ても大丈夫だろう。手伝ってあげたかったけれど、ユノとキヨカに禁止されてしまったハナコにはこうした先回りからの確認しかしてあげられることがない。溜め込み過ぎる前に小まめに洗ってくれればいいのだけれどこればっかりは性分というものらしく、いくらハナコが提案してみても実践されたためしがない。着るものに困っていないのならばいいのかもしれないと思う半面、毎度大量の洗濯物に不満を零しているのだから早く改善して貰わなくてはとも思う。ユノとキヨカに呆れ、叱られるキャサリンを見るのはハナコとしては忍びないものがあるので。
 さやさやと、先に誰かが干して行った洗濯物が風に揺られている。午後になればすっかり乾ききるだろう。いつまで経っても洗濯物を干しに来ないキャサリンに、ハナコはどうしたのだろうと首を傾げる。待ち合わせをしているわけではないけれども、目的地はここ以外にないはずだった。洗濯機に溜まった衣類を放り込んでいる小さな背中をハナコは確かに目撃したのに、あまりに時間が掛かりすぎている。
 ――洗濯物、重すぎてひとりじゃ運べないのかも…。
 水分を含んだ衣類は重たい。量が嵩めば、身体の小さなキャサリンには運ぶのは難儀だろう。手伝ってはダメだと言われたが、ひとりではどうにもならないことを放置しては洗濯がいつまで経っても終わらない。それはユノとキヨカの本意ではないだろうと、ハナコは小走りで寮内へ戻ろうとした。
 しかし珍しく急いでいた為か、勝手口のドアを開いた瞬間丁度外に出ようとしていた人影とぶつかってしまった。

「――ぶっ…、す、すいません!」
「ああ、こちらこそすまない」
「ハ、ハルキくん!ご、ごめんなさい、怪我は――」
「いや大丈夫だ。それよりハナコの方が勢いがついていただろう。大丈夫か」
「大丈夫!ぴんぴんしてる!」
「そうか…」

 ぶつかった相手は同じクラスの委員長であるハルキだった。ハナコがぶつかっても微動だにせず、わたわたと慌て始めたハナコに落ち着くよう心配をしてくれる。あまり男子が得意ではないハナコだったが、ハルキのような落ち着いた人は比較的苦手意識は抑えられる。嫌いではないのだが、どう話していいのかわからない存在は怖い。
 ハルキは左手で小脇に洗濯かごを抱えており、つい視線でその中身を捉えてしまったハナコは首を傾げる。彼が向かおうとしている先は女子の洗濯物干し場で、抱えているかごの中身は明らかに色合いが男子の青ではなく女子の桃色が占めていた。

「それ――」
「ああ、キャサリンに運んでおくよう頼まれた。すごい量でな。かご一つに収まらなかったらしい」
「わ、あ、あの、ハナコが――えっと私、変わるよ?」
「ん?いや、ハナコに手伝ってもらったら俺の立場がないだろう」
「え?」
「一応、力仕事の類だそうだ」
「う、うん…」

 ハルキはハナコが委縮しないよう、努めて穏やかに口調を保ち続けている。ドルドキンスを捜索する際の彼女の態度を思い返して、そうする必要を学び取っていた。偶々通りかかった洗濯室の中から不満の声が上がったのを覗き込み、キャサリンと目が合い荷物運びを頼まれたというよりは命令されてからは当然ご機嫌な顔はしていなかっただろうが、それをハナコの前に出すのは避けた。
 キャサリンに頼まれたと打ち明けただけでそれを変わろうと申し出るほどだから、ハナコの第四小隊に対する身内意識は相当のものだった。ハルキは第一小隊の面子を振り返って、問題児の二人を真っ先に思い浮かべ身内意識がないとは言わないが、ハナコのようには振舞わないだろうなと苦笑する。不思議そうに首を傾げるハナコに、こちらの話だと首を振り、勝手口を括り指定された場所にかごを置いておいた。長居しては変態扱いを受けかねないので、できるだけ足早に立ち去りたかった。しかし、ハルキが下ろしたかごにごく自然にハナコが手を伸ばして洗濯物を手に取ったので、思わず何をしているんだと尋ねていた。勿論、見ればわかることではあるけれども。

「えっ――だって早く干さないとしわになっちゃうし…」
「ああ、いや、でもそれはキャサリンの洗濯物じゃあ」
「あ、あ、ああ!そうだった、手伝っちゃダメってユノとキヨカに言われてたのに…!うう…」
「言われてたのか…」
「あ、あの、このことは内緒にしてください…」
「――わかった」

 ハルキに何度も頭を下げながら、しかし一度手に取ってしまったものだからとハナコは洗濯物を干し始めてしまった。迷う素振りを見せながらも、もうひとつだけ、あとひとつだけを繰り返しかごの半分ほどを消化してしまった彼女を見つめながら、ハルキは完全に立ち去るタイミングを逃していた。残りの洗濯物を持ってさっさとキャサリンが来てくれればいいものを、件の中心人物はいつまで経っても姿を現さない。
 そうこうしている間に、とうとうハナコはかごの中身を全て干し終えてしまった。幸いなことに下着類は入っていなかったので、ハルキの視線を戸惑わせるようなことはなかった。穏やかな陽光に晒されて、ひらり舞う洗濯物たちをハナコはにこにこと満足げに眺めていた。女の子同士で集まっているとき以外で、ハナコがこんな楽しそうにしている姿を見るのは初めてで、ハルキはついしげしげと彼女の顔を観察してしまう。

「ハナコは随分楽しそうに洗濯物を干すんだな」
「へっ――!?え、はい、うん。好きなの…」
「…………」
「ハルキくん?」
「いや、LBX以外で誰かの好きなものを聞くのは…この島にいるとなかなか新鮮な心地がするものなんだなと驚いただけだ」
「……そうかも、しれませんね」
「ありがとう、意外な一面が見れて楽しかった」
「え、いや、そんな――あ、あの、このことユノたちには…」
「言わないさ。ただ、キャサリンからは何か褒美をもらってもいいんじゃないか」
「そんな…!ハナコが勝手にやったことだから…」

 もじもじと肩をちぢこませてしまったハナコに、ハルキは委縮させたかったわけではないんだがと頭を掻いた。ハナコの意外な一面にざわついた胸中のままではどうにもスマートに行きそうにない。何を動揺する必要があるはずもないのだが、憚りなく微笑みながら好きだなんて言葉を晒す間合いに入り込んでしまったこと自体が迂闊だったのかもしれない。
 どうしようもない、だが逃げ出そうとも思えない居心地の悪さは残りの洗濯物をかごごと引きずりながらやってきたキャサリンが、ハルキがハナコを苛めていると勘違いし見事なとび蹴りを繰り出すまで続いた。



――――――――――

ここで呼吸をして
Title by『魔女』


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -