※ゲーム版エピローグネタ。
※ネタバレ・捏造注意。



 いなくなってしまう。
 その言葉の意味が、ユノには一瞬理解できなかった。神威大門統合学園に籍を置く人間ならば、いつ退学になり島を出て行くかわからない。それはつまり、いなくなってしまうことが身近であるということだった。ユノだって、同じ仮想国に属する仲間を失ったことがなかったわけではない。それでもどうしてこんな麻痺した思考に陥っていたのか甚だ不思議で、もしかしたら、本当に大切なものほどいつ失ってもいいように心構えをするのではなく失う筈がないと自己暗示をかけ続けていたのかもしれなかった。大切に想っていた自覚すら覚束なくて、現実はいつだって突然に眼前に晒されて自分たちを襲う。
 抗うことに恐怖はあった。それでも大丈夫だと信じて駆けたのは、果たして誰の背中を見つめていたからだろう。そんな問いは、答えを持っているからこそ為せる無意味な遠回りだ。直接本人に伝えるには、きっとタイミングを逃し過ぎていた。
 アラタが行ってしまう。神威島を出て、自分の目で見て、セレディが詳らかにした欺瞞や紛争、貧困や飢餓に満ちた世界で何ができるのかを探しに行くのだという。ユノには、とても綺麗な言葉に聞こえた。けれどきっとそれだけだった。当事者ではない視線を、政治家すらこの島の地下に投げた現実を、アラタひとりが誠実に向き合ったところでどうこうなる問題ではないことを彼女は知っていた。アラタだって、きっと理解している筈だった。それでも世界のどこか、セカンドワールドという戦争と平和という矛盾した存在を担った場所での成果、或いは被害を被った現実を見て見ぬふりをしていることもできないのだろう。迷わず駆ける、悩むのは壁にぶつかってから、その壁の壊し方を考えながら進んでいく。瀬名アラタは、この島にやってきた当初からそういう少年だった。それが眩しくも、羨ましくも、疎ましくもあった。自分の未来の為だけに、実力者として集った生徒たちからすれば、容赦なく他人を巻き込んで展開していくアラタの領域は関係ないと拒んでしまえばそれで済む。ジェノックという小国だからかもしれない。それでもいつの間にか、アラタは自分たちの中心で声を発する存在になっていた。向き不向きはあって、纏め役には適さなかったけれど。よくもまあ次から次へと問題を提起するものだと感心すら覚える。しかもよりにもよって、自分たちの環境を脅かす重大な事案ばかり持ち込んでくるのだから。それでも、はねのけることもなく、流されるわけでもなく、自分の脚で駆けてきたと思う。アラタと、仲間たちと。そして取り戻した日常がある。けれど明日、その日常からアラタは欠ける。いなくなる。アラタがやって来る前の日々に戻るだけだとは、どうしても思えなかった。
 送別会は、ダック荘に住む全員で盛大に行った。SCを出し合って購入したお菓子と、トメさんに用意してもらった食事を食べながら思い出話に花を咲かせたり、逆にいつもより賑やかな食事を摂っているだけのような気もした。大勢は入りきらないからと、各仮想国を代表して見送りの言葉を伝えにきてくれた人もいた。以前ならば、馴染みのない色の制服が余所の寮を訪れるなんて違和感しか覚えなかったというのに。それがアラタの周りであるならば仕方ないかと思えるようになっていた。アラタがやってきてからほんの数カ月、世界はいとも簡単に塗り替えられる。鮮やかな色を落として、今度こそ自分たちは正しいことをしていると胸を張れる。その中心にはいつだってアラタがいると決めつけていたから、寂しいねと呟く仲間たちと肩を並べながらもユノには彼の喪失を表すに相応しい言葉がもっと他にあるのではないかと、そんなことを考えていた。もう時間がないのに、ユノは満足にアラタと話をすることができなかった。
 LBXをやめるわけではないという。いつか帰ってくるという。プロのLBXプレイヤーになる夢も、捨ててはいないのだという。それならば何故、今行かなくてはならないのか。そんなことは、彼が瀬名アラタだからでしなくて、ユノは行かないでなんて言えない。アラタを大切に想う誰もが彼を引き留めようとしないのは、みんな同じような理由だろう。止めても無駄で、自分の気持ちが向かう先に突き進む強さを示してくれた彼だから、その道を捻じ曲げたくはなかった。けれどどうか突き進む先で見ず知らずの人を巻き込んで吹き飛ばすような暴挙に走りませんようにとは祈っておく。強烈な影響力は、弱っている人には痛々しく思えるときもあるのだから。正しくあることだけが正義ではない。ただ壊れてしまわぬよう、掲げた理想を体現して見せるアラタが、ここに残していく誓いを守る瞬間が訪れるようユノは彼の言葉を胸に仕舞う。忘れてなんかあげないんだからと、心の内で呟いて。
 汽笛が鳴る。ジンがアラタに乗船を促す。ハーネスの面々も別れを惜しんでいる。ハルキやヒカル、サクヤはアラタの新しい門出と、行き当たりばったりの無謀をもう彼らしさと笑っている。ムラクはいつかアラタに見たLBXプレイヤーとしての在るべき姿を取り戻し変わることなく学園を守るのだろう。ここにはいつかアラタが帰ってくるのだから。
 誰も彼もが待っている。想っている。きっと一生忘れない。褪せたとしても、胸の奥で眠り続ける輝かしい日々の中に瀬名アラタという少年は根付いている。その証明を、せめてたった一枚の紙切れにでも構わないから残しておきたかった。だからユノは、船の出港まで時間がないとわかっていても口を開いた。気を回してなんかいられない。スワローのパフェを奢ることを迫るよりずっと可愛らしい願い事。


「せっかくだから、最後に記念写真を撮りましょう!」


 これがきっと、最後の我儘だ。



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いずれ世界は君の形でなくなる日が来て
Title by『ハルシアン』




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