※ハル+アラ



 主不在の他人の部屋を占拠するのは、どうにも容易く居心地がよくないものだった。寮という部屋の作りは建造側の意向により統一されているらしく、アラタの部屋とハルキの部屋の構造に大した違いはなかった。そこに漂う、住人の空気を覗けば家具の配置、模様、どこを見渡してもアラタとヒカルの部屋と同じ。ハルキの部屋の方が整然としていて、彼の人柄を表す様にきっちり並べられたノートだとか、整えられたベッドだとか、ともすれば生活感を欠いているともいえる空気を漂わせていた。ひとりきりの部屋、鷹揚とスペースを活用できるであろうこの部屋で、きっとハルキは普段アラタたちの前で見せる姿と変わらない生真面目な態度で生活しているのだろう。そんな姿がありありと想像できて、アラタは頬を緩めた。
 アラタとヒカルの部屋はといえば、二人の性格のアンバランスが繁栄されてどことなく歪な見た目を作り上げていた。整えられたヒカル側のスペースに比べ、机に出しっぱなしのノートや眠る直前まで弄っていたCCMやLBXのパーツ、支給品兼荷物入れとなっているケースのふたはきっちり仕舞っていないこともあるし、布団だって寝坊をすれば整える暇もなく外に飛び出してしまう。要するに、アラタ側のスペースだけ混然としているのである。こんなことを言っては失礼だが、アラタは同室の相手がハルキではなくヒカルでよかったと思う。ハルキだったら、きっとアラタの部屋の散らかり具合を許せないだろう。叱るだろうし、それでも改善の余地が見られなければ強硬手段、自分の手で片付け始めるかもしれない。母親かよお前はと何度も思った。その度に、ハルキは父親で、母親はサクヤだろうなと認識を改めた。そうしてヒカルとアラタは手の掛かる子ども。そう、家族構成を割り振って、ヒカルの気楽さを理解する。
 ヒカルはきっと、アラタが彼のパーソナルスペースを侵害しなければよほどのことがない限り頓着しない。彼なりのラインがあって、例えばそれは床の木目で区切られていたりする。彼が定めたラインを飛び出してアラタの物が散乱していたら、容赦なく仕舞えと怒るだろうし、投げつけても来るだろう。一度火が付くと、ぐちぐちと関係ないことまでひっぱり出してきて文句を言う。女子かよお前はと何度も思った。その度に、腕を組んで仁王立ちする姿に女々しさの欠片もないことを確認する。見た目に騙されてはいけない。冷めたようでいて、情熱をしっかりとその胸に秘めている。そうでもなければ案外、誰もこの島になどやって来ないのかもしれなかった。ともかく、ヒカルは自分の内側に入っていない物に対してはさほど興味を惹かれない性質だった。アラタ自身はいつの間にかヒカルの内側に仲間として配置されるようになったけれども、整理整頓ができるか否かは問題視されない。ヒカルのスペースは綺麗に保たれたまま、散らかった机と布団の上で嘆くアラタを一瞥しては溜息を零すくらいだった。
 ハルキのベッドの上に腰を下ろしながら、アラタはもう視線を廻らせても目新しい物を発見することはできない部屋をこれが最後と入念に見渡した。主人は小隊長会議とやらに呼び出されて未だ帰らない。全員ダック荘の住人なのだから寮内で行えばいいものをわざわざ商店街まで足を伸ばして純喫茶スワローで話し合うのだから、よほど隊員たちには聞かれたくない内容なのだろうか。勘繰れども、興味の食指は動かない。終わればハルキから何らかの報告があるだろうし、隊員で何か話し合いがなされたのならば司令官である美都に陳情することもある。それ以外の可能性をアラタは思いつかず、何よりジェノックの隊長たちの顔ぶれを思い出し、好奇心で突撃して迎撃された際のダメージを考えれば大人しく待っていた方が得策だった。というのは選択した後の実感であり、冷静にアラタを引き留めてくれたのはサクヤだ。ハルキの帰りを待つ間、サクヤの部屋で待っていても良かったのだが朝食の時間から夜を徹して製作している新兵器の作業が波に乗っているらしく、邪魔になっては申し訳ないと判断したのである。
 優しく、アラタの愚痴も困った顔をしながらもいつも最後まで聞いてくれるようなサクヤだから迷惑はできるだけかけないよう心掛けたかったし、怒らせるとハルキよりもずっと怖い。そういうところが、何となくお母さんというポジションを連想させた。アラタの部屋より控えめに、しかし常時メカニックらしくパーツの散らかった部屋に暮らす仲間。作業は順調だろうか、明日のウォータイムに支障をきたさぬよう、疲れたのならば無理をせずに休憩を取ってくれていればいいのだけれど。そんなことを考えるアラタの瞼は、とうとう退屈に耐え切れずにゆっくりと降ろされてくる。場所はぴったり、ハルキに申し訳ないと思いつつベッドを借用させていただくべくアラタは布団の中に潜り込んだ。昼寝をするなんて、いつぶりのことだろう。どうやら陽当たりは自分たちの部屋の方がいいようだ。最後に頭に過ぎったのは、ハルキの布団は冷たいなということだった。


「何で俺の布団で寝ているんだ」

 隊長会議から戻ったハルキに叩き起こされたアラタの耳に入って来た初めの言葉は、ハルキからすれば至極当然のことであった。部屋に入った途端、ひとり部屋のはずの自分の布団が盛り上がっていた衝撃は不意を打たれただけに凄まじいものがあった。思わず一度外に出て部屋番号を確認したほどである。
 しかしアラタからすれば、勝手に部屋に侵入し待機していただけではあるが大人しく隊長の帰りを待っていたわけであるからして、「おかえり」「ただいま」の挨拶もなしに乱暴に起こされては弾む会話も弾まないのである。思いの外、眠りは深かった。
 ハルキの疑問に答えようという気はある。しかし眠たくなったからという衝動だけを語っても通じないだろう。だからアラタはこの部屋に忍び込んでから考えたことを思い起こす。それが行動に繋がっているはずだったから。そして漸く寝惚けた頭が回想の始まりに辿り着く。

「――オレ、ハルキと同室じゃなくて良かった」

 瞬間、ハルキがやけに傷付いた顔をしていたように見えたのは気の所為だろうか。自室に戻ったアラタに相談されたヒカルは何も言わず、ただ昼寝のせいで寝癖のついた頭に手刀を落とした。



―――――――――――

記憶の中の無味無臭の部分
Title by『joy』





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -