※28話後設定



 純白では決してなかった。しかし信念の元、凛と伸ばされた背と黒髪に映えた制服の色を、アラタはまごうことなく白と呼ぶ。潔癖の人、多勢の理念に埋没することのできないまま茨を薙ぐように歩く。壊したい物も、守りたい物も、数えれば人並みの理想だったのかもしれない。ただ規模が、きっとアラタが思うよりも彼の場合大きすぎた。法条ムラクという少年のことを、アラタは深く語れるほど理解してはいないけれど、なんとなくそう思っている。
 戦場における恐怖の効果を、アラタはセカンドワールドに身を置いてすぐに知る。退学怖さに、身体が竦む。LBXを操作する手がぴくりとも動かなくなった。けれどそんな硬直は、やがて浸る慣れが溶かして行った。今ではもう、恐怖に絡め取られて動けなくなることはない。寧ろ、司令を無視してあらぬ行動を起こすことのほうが多いくらいだった。
 法条ムラクはきっと、アラタがセカンドワールドに降り立つまでは絶対的な恐怖の象徴だった。避けて通れるのが幸いで、鉢合わせたら運の尽きと諦めるしかない、そんな悪魔だった。刃の切れ味を疑ってはいけない。断ち損ねた敵の残したもの、懐かしさに羨望を見つけて徐々に零れていった。弱くあれない潔癖は、ときにムラクを苦しめた。

「お前がいなければ、ジェノックなど気にも留めなかった」
「おお、なんかおれ褒められてる?」
「いや、そんなつもりはなかったのだが…」
「あ、そう」

 並び歩くことにすら不便を覚える場所だった。纏う制服の差異ひとつ、お洒落が理由ではなかったから。ネクタイなど支給品の詰まった箱の底に滑り落としたままだった。直立のムラクの隣で、アラタはふらふらとどこにでも行けた。小国と大国の差は、領土と兵力。人間の暮らさない世界の豊かさは、どうやら戦争でしか量れない。ムラクにとって、上を目指すにあたり許されない敗北を避けるには強者に属することは当然の土台として求められていた。個人の戦績だけでは届かない箇所もあるはずだった。しかしそれでも、徐々に大国を脅かした小国の底力を認めないわけにもいかなくて。
 ムラクはアラタを見つめる。楽しげに開かれ、細まり、輝く青の瞳が何度もムラクを捕え、外れ、また返ってくる。なんとも不思議な心地だった。突出しすぎた実力は、小隊の面々以外のクラスメイトすら遠ざけてしまっていたから。純然として、煌めいて、ムラクはアラタを尊いと思った。だからこそ、覚醒した力と知らされた真実に損なわれてしまうかもしれない何かが怖かった。
 ずっと誰にも言えない悲壮な決意があり、ただ前を見て一歩ずつ前進するだけだった。興味本位に距離を詰めたのはムラクからで、けれどここまで揺さぶられるほど、アラタに惹かれるとも思っていなかった。ふとした瞬間に吐露した本音は、言葉の表面だけをアラタはなぞりありふれたLBXを愛する少年とでもムラクを印象づけたのかもしれない。だから、本当は正確ではないアラタの認識を指摘して正すことができなかった。精密を求める近しさはなく、悪意のないアラタの言葉はときとして暴力になり得るのだろう。それは何もアラタに限った話ではないから、ムラクはこれまで通り沈黙を守るしかなかった。それでも馬鹿みたいに、ムラクをライバルであり友だちだと信じているであろうアラタのひたむきな強さが羨ましいだなんて、そんな風に思えてしまった以上ムラクは自分が弱っていることを認めざるを得なかった。

「ひとりで大抵のことはできると思っていたんだ」
「ウォータイムの話か?」
「ああ」
「ムラク、嫌な奴みたいなこと言うんだな」
「そうか?」
「ひとりでなんでもできたら、格好良いけど」
「………」
「おれは、ハルキやヒカルやサクヤがいて、それがいいって思ってるよ」
「――そうだな」

 仲間を邪魔だと思ったことはない。ただ打ち解け方を間違えたかもしれないと逡巡することは幾度かあった。強くあることは絶対条件だ。明かせない秘密もある。けれどもしかしたら、アラタのような人間だったら、素直に自分の背負うと決めたものを晒して見せることもできたのかもしれない。頼ることと、寄り掛かることの区別もつかないまま、弱さに似たものは総じて好みでなかったムラクには難しいことだったけれども。慕ってくれた後輩の導き方も、守り方もわからないまま失くしてしまった。悔しさばかりが積み重なっていく。孤独であれば、最強であれば無縁だったかもしれない歯痒さは逃れようもなくムラクを次の舞台へ誘う。その先に、まさかこんな近くにアラタがやってくるとは思いもしなかった。

「ムラクは――ジェノックの青は正直…似合わないな!」
「ああ。俺もそう思う」
「慣れの問題かもしれないけど。他の三人も違和感あるし」
「邪魔かもしれないが――」
「そういう話じゃないって!」

 ムラクの纏う青い制服を、アラタは指差して笑った。お揃いなんて、学生がはしゃぐことじゃない。物珍しさだって数日で収まるだろう。だからこそ、目の前の新鮮をアラタは無邪気に笑う。ロシウスからジェノックにやってきたムラクの心情が、決して愉快などではないことくらいわかっているから、できるだけ無頓着に見えるようにおどけてみせた。その行為にどれだけの効果があるのか、そんなことは知らない。

「ムラクが味方って頼もしいよ」
「……そうか」
「よろしくな」
「よろしく頼む」

 形式美の挨拶は、嘘偽りない本音を乗せたつもりだ。目的地もわからないまま、渦巻いていく仮想と現実の混濁した世界の行く末を負った自覚のない子ども。放課後を楽しみに待つ、不謹慎かもしれない。それでも、たった一日くらいならいいだろう。
 どうしようもなかった国境が崩れ去った午後のこと。やがて訪れる戦いから心を背けて、ただ大切な人間を大切と憚ることなく思えることが、どうしようもなく二人には嬉しかった。



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きっとどこへも帰れない
Title by『ダボスへ』





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