強さを示す眼差しが好ましかった。威風堂々、胸を張って、腕を組んで眼下を見下ろさずただ、そこに立つ。孤高の背中を知っている、見上げて、届かない手を下ろして、二人困ったように顔を見合わせるだけ。どうしようかなどと相談する必要はない。振り返れない人がいる。理由を問うたことはない。ただここにいる、紫の刃を美しいと思った。ならばその背中、せいぜい任せてもらおうと決めた。及ばなかったとして、何も言われないことが寂しくもあり、悔しくもあり。それでも折れないでいて欲しいと願うことは、果たして。
 揺らぐ切っ先を見た。信じられないと思った。純然たる強さの証こそが彼という人だと思っていたのに。それなのに。異国人のようだった。生まれた国籍の話ではなく、仮想国の話でもない。バカバカしいほどに単純な言葉しか選べない少年を、彼は連れてきた。二人にはやはり、理解できなかった。

「ムラクは瀬名アラタがお気に入りだな」
「お気に入りかは――」
「名前が全て示しているよ」
「万人が持つものさ」
「ムラクは持たない。弱き者を見ない。足を取られては困るから」

 バネッサの不機嫌に合わせて、背中に垂れたおさげが揺れる。視界に入る前髪を摘まみあげて、毛先を散らす。食事中の所作にしては具合が悪い。ミハイルは嘆息する。机の下に見えない彼女の両脚はきっと不用意に組まれていることだろう。目の毒だ。健康的な、褐色の肌が、すらり伸びては曲がり、辿り着く視線の下世話さを彼女は理解しない。強さばかりが全ての場所だと信じている。そうだろうかと、ミハイルは首を傾げる。敗北は、集団の結果でなければ許されていた。死ぬことは立ち去ることだ。世界から、この島から、仲間たちの記憶から――。
 メインディッシュのチキンにプラスチックのフォークを突き刺す。折れてしまいやしないかハラハラする。持ち方が間違っている、そんな風に拳を作っては食べにくいだろうに。ミハイルのお節介は言葉に乗ってバネッサに届けられることはない。彼女は、殊更ミハイルに立ち振る舞いについて指摘を受けることを厭っていた。フェミニストを気取っているようで、その実女を見下しているのではと噛みつかれたこともあったっけ。そんな風に自分を高みに置けるほど、良いところのお坊ちゃんではないのだと説明しても聞き入れない。顔立ちのせいだとバネッサは言った。褒め言葉だとも、ただ相容れないよと笑って見せた彼女は美しかった。柄にもなく、ときめいたのだ。
 ミイエルはリチュアルを重んじる。ささやかに、波を立てない生き方を。眼前に据えた背中の凛々しさに、潔癖を押し付けて、隣に立つ少女は野性的に敵を狩る。
 ――ああ、また。
 突き刺したフォークを揺らす手持無沙汰。口に運ばれない食べ物が食器の上に落ちて、ぼとりどこか汚らしい。バネッサの視線はフロアを周回し、ここにいない紫の人を待っている。頼りになるメカニックに呼び出された彼は昼休みを返上して機体の調整に付き合っているのかもしれない。しかしそれでは、午後の授業、バネッサは集中して教師の話に耳を傾けるだろうか。優秀だった。けれど融通が利かない頭でっかちの類ではないのだろう。自分以外の誰も彼もが柔らかく見える。ミハエルの癖だ。

「――食事は、」
「うん、」
「静かに摂るものだ」
「お前は」
「ムラクだって、そうだろう」
「窮屈だ」

 じゃじゃ馬め、人の話を聞かんのだから! 憤慨は過ぎた月日が疲労を訴えてどこかへ逃げ出してしまった。名ばかりが力と相俟って広まった。おかげで大衆の中でもこの机は快適だった。けれどそう、それでもなお、窮屈で仕方がないとバネッサは言う。お前と二人きりの食事は息が詰まって仕方がないよと面と向かって悪びれもせず言う。罵っているわけではないのだと、嫌っているわけではないのだと。だから相手は傷付かないだなんて、彼女、本当に思っているのだろうか。

「手が止まっている」
「キミのせいだとも」
「ミハイルは意気地がないな、人のせいにするなんて」

 けれど嘘など吐いていないのだ。バネッサが直情に言葉を吐くように、ミハイルも彼女に婉曲に言葉を放っても届かないと知ったのだから。咀嚼する口元はぴっちりと閉じられて、お喋りもやむ。不作法との落差、彼女は常識知らずではない。ただ退屈が顔を出す、感情が表層を覆う。彼女は正直だった。信頼にかこつけて、熟考することをミハイルに投げた。あるいは、先頭に立つムラクに。それでも彼女は可愛らしいお人形などではなかった。獰猛に、嗅ぎ付けた匂いを嫌うのだろうか。ミハイルにはわからない。瀬名アラタ、あまり関わって欲しくないと願った。環境が悪いから、傷付けあっては悲しいから、馴れ合いのせいで、煌めく刃が曇っては困るから。かこつける理由はいくらでも。それはミハイルの理由。ではバネッサは――。

「……バネッサ?」
「瀬名アラタだ」
「ああ、昼時だからね。ジェノックの人間がいても不自然ではないだろう」
「あいつまたムラクに…!」

 苛烈な嫉妬だ。バネッサの視線はわかりやすい。真っ直ぐと辿れば彼がいた。自分たちの旗と象徴、感情の読み取りにくい表情はそれでもどこか穏やかだった。手を振って離れていく異国の人を、彼は立ち尽くしたまま見送っていた。
 バネッサが立ち上がる。食器のぶつかる音が不快だった。群がる視線をものともせず、バネッサはムラクに向かって歩き出す。まだほとんど手の付けられていない食事を守るのはミハイルの役目だ。ついでに、彼の席の確保も担う。
 横を通り抜けるバネッサの、はためいたスカートの先が鼻先に香って俯いた。その勇ましい歩の理由が、どうか恋ではありませんように。弱々しい祈りは、ミハイルの食欲を完全に殺してしまっていた。



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君を連れ去った宇宙船
Title by『彼女の為に泣いた』






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