本日のウォータイムもつつがなく終了し、味方の機体の損傷も激しくなかったことに胸を撫で下ろしていたタケルの平穏をぶち壊したのは、小さな身体に見合わぬ大きな怒りを全身に纏いながら彼の部屋に飛び込んできたキャサリンだった。

「ここ、男子寮なんだけどな」

 そう、至極真っ当なリアクションをしたタケルの言葉など聞く耳を持っていないようで、見るからに「あたしの話を聞きなさい!」といきり立っているキャサリンにせめて扉を閉めるよう指で示し、言われなくてもわかっていると言わんばかりの態度で乱暴に扉を閉めた彼女をベッドに座り、その隣を叩くことで迎え入れた。いかにもメカニックの部屋といった散らかり具合を披露しているタケルの部屋では、てっとり早く他人を座らせられる場所がそこしかなかった。しかし今までにも何度かタケルの部屋に侵入したキャサリンは一度たりとも汚いと不満を漏らしたことがない。聞くところによると、彼女も洗濯物を溜め込んだりと整理整頓が得意な性格ではないらしい。性格は白黒はっきりさせたいすっきりとした高飛車な女の子だと思っていたのだが。因みにタケルがキャサリンを評する言葉を羅列するにあたり、そこに悪意は一滴も含まれていない。意見を提示しているだけであり、自分の感性に他人がどう感じるかということはまず論外として眼中にないのである。
 タケルが把握しているつもりでいるキャサリン像から、今目の前にいる怒りに震えている姿はさしてかけ離れてもおらず、しかしどうして自分の元へ発散しにやってくるのかそれだけが不可解であり、正直億劫でもあった。キャサリンは大抵ただ愚痴をこぼして、相手の言葉を求めるでもなく内側に燻っていた怒りを萎ませるところりと機嫌を直して立ち去ってしまうのだから、体よく利用される側からすればどうにも腑に落ちないのが当然だろう。さて今回はどんなささいな苛立ちを運んできたのだろう。幸か不幸か、忙しくない、暇を持て余すのではなく噛み締めていたタイミングで飛び込んできたキャサリンの幸運か、タケルの不運か。掘り下げるのは後に回してまずは耳を傾けようと彼女に話の先を促した、その直後に場所を弁えず叫ばれた言葉に、タケルは咄嗟に耳を塞いでいた。それでもキャサリンの怒鳴り声はよく聞こえる。

「あたしのアスカ様を馬鹿にされたのよ!!」

 拳を握りしめ、怒りがまためらめらと湧き上がってきたのだろう。歯を食いしばり、「ポルトンなんかけちょんけちょんにしてやるわ!!」と高らかに宣誓するキャサリンの肩を叩き、一先ず声のトーンを落とすよう顔の前で人差し指を立てる。慌てて口を塞ぐキャサリンに、もう少し詳しく説明を求める。
 ――そもそもあたしのアスカ様はぼくのお姉ちゃんなんだけどな!
 言うだけ野暮である。憧憬と家族愛を同列に扱ってはタケルが卑怯者と呼ばれるだけだ。むしろ家族であるがゆえ、タケルはこれほどまでに熱烈な感情を古城アスカに向けることはできない。姉として、タケルの前に立ち悠然と、自由に振舞ってみせる彼女について何を言われようとタケルは今更腹を立てたりはしないのだ。理不尽な暴言であればそれは相手の器が矮小だから。人柄への理路整然とした批判ならばそれは単に相性が悪いから。どちらも結局距離を置けばそれで終わると知っている。タケルが姉を好きだと思う気持ちに何ら干渉することなく、彼は家族と他人をごく自然に区別し、その心を守っている。だからきっと、キャサリンがこうして怒っている相手の言葉をタケルがその場で聞いていたとしても自分は肩を竦めるだけで反論はしなかっただろうなと冷静に想像する。
 キャサリンの話だけを聞いていると、帰り道に純喫茶スワローに立ち寄った際、プロLBXプレイヤーの好き嫌いについて話していたら突然ポルトンの生徒が突っかかってきたということらしい。アスカの変幻自在のプレイスタイルに魅せられ、彼女に憧れているキャサリンからすればそのポルトンの生徒が憧れている郷田ハンゾウは憧憬の対象にはならないだろう。彼は相手を選ばず正々堂々拳をぶつけ合う勝負を好む。トリッキーな動きで相手を翻弄するアスカとは正反対だ。その実、タケルがアスカから聞いた話では当人同士は友好的な関係を築いているらしい。この情報はキャサリンの怒りを鎮めるに役立たないだろうから、言わないけれど。

「明日ウォータイムに決闘するの!!アスカ様を馬鹿にした罪を思い知らせてやるわ!」
「いいの?作戦を立てるのは美都先生なのに」
「黙って引き下がれるわけないじゃない!大体アナタ、自分のお姉さんを馬鹿にされてるのよ怒りなさいよ!」
「キミがそんな風に怒ってたら気後れして怒れないよ」
「なにそれ!」
「怒るのはキミに任せるよってこと」

 不満げなキャサリンの頭を一撫でして、タケルは部屋の奥に配置されている椅子に向かう。勉強机の上に広げられた数々のパーツは、味方の機体を整備する必要がなくともタケルが趣味で開発している新型機のものが常に散らかっている。タケル本人は必要な物が全部出ているから直ぐ手に取れる便利な状態だと言い張るが、一見するとただ散らかっているだけにしか見えない。
 しかしやはりキャサリンはそんなことはどうでもいいようで、タケルが自分の怒りに親身に寄り添ってくれないことの方がよっぽど問題らしい。
 けれど仕方がないだろう。ただでさえ古城アスカを媒体にしなければ古城タケルを捕まえられないような気紛れなキャサリンと一緒になって姉の名誉を尊重していたのでは、その内自分の存在が姉と同化されてしまうのではないかと気が気でないのだ。姉は姉、自分は自分というスタンスはいつだって抱いているがキャサリンが相手となるとまた勝手が違うのだ。
 古城タケルに古城アスカをなぞっている内は、こんな風に無防備に規則も無視して男子寮の部屋に飛び込むことに危機感を抱くこともしない。この部屋の主が男であることを知ってはいるものの理解していない迂闊さが悔しかった。かといって急激に意識されて、足が遠のいてしまうもしもの未来を想像してみてもそれはそれで寂しいかもと思ってしまうのだから難しい。

「もっと真剣にあたしの話聞きなさいよー!」
「聞いてるよ、聞いてるからベッドの上で飛び跳ねないでよ」
「ふん!」

 作業を開始して、振り返ることもしないタケルにキャサリンの怒りの矛先は完全にポルトンから彼に移ってしまった。ばたばたとタケルのベッドの上で暴れる音がして、男子の部屋でそんなことをしてしまう迂闊を直視したくないのだと胸中で言い訳する。
 ――どうせ決闘なんかできないよ。
 ささやかな意地悪すら言葉に乗せられないで。しかし的中したタケルの予感は、また翌日もキャサリンをこの部屋に連れてくる。古城タケルの部屋からどうしてか女子生徒の声がするだなんて奇妙な噂が立つ日も近そうだ。



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きみを一人にするのはおしい
Title by『にやり』




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