頑是ない子どものように、ただ楽しくて遊び回って夕日が伸ばす影を踏みながら家路につくことができたならどれほど健やかでいれたことだろう。色とりどりの制服は、仲睦まじい友情を築くことのない同類たちなのだと思っていた。LBXが破壊されれば確かにこの学園、島からは追放されてしまうけれどLBXに対する想いが、ひたむきさが変わることなどないのだと数日前までのユノは当たり前のように信じていた。言葉にすれば真剣味が足りないと怒られてしまうかもしれないから言わないだけで、誰だってLBXを好きでなければ高みを目指したりはしないだろうし、こんな閉鎖的でLBXに関して以外は不便を感じても仕方ない環境に飛び込んできたりしないだろう。1960年代という日本人が向上心に満ちていたという時代は、ユノたちにとっては日本史の教科書の中で学ぶには現代史に括られていても十分に昔のことでしかなく、懐かしいよりも古めかしい。不便よりは便利であることが好ましく、純喫茶スワローのチョコレートパフェに巡り会うまでは戸惑いも窮屈も容赦なくユノに圧し掛かっていた。神威島に来る前の日常から取り上げられた物も手放してしまえばその内慣れてしまうということを、身を以て知り飛び込んだからには途中でリタイアしたくなかった。毎日の放課後に繰り広げられる擬似戦争はスケールの大きいLBXバトルでしかない。周囲の負けることへの嫌悪を結局は実力者同士の拮抗した環境が生み出すプライドの高さで割りきった。そして、それ故に妥協も協調もできない人たちの間を縫うことが割と苦ではなかったから、ユノはいつの間にか副委員長という役職に就いていた。学生みたいだと思い、その通りだと気付く。戦争の二文字は、命を投げ打たなければユノの胸にその意味を反芻させる機会を持たなかった。
 瀬名アラタという少年がやって来た日のことを、ユノはきっと後から何度も鮮明に思い出すのだろう。もしかしたら都合よく改変やら脚色やらされているかもしれない。ただいつか、ジェノックで過ごした日々を思い出として語ることがあるとしたら、その物語が転換期を迎えたのは間違いなく彼がやって来た頃だろうから。その初めの日を、まるで特別な日であったかのように覚えているふりをして、新しく作り上げてしまう日がないとはいいきれない。今はこうして当たり前のように傍にいる少年のことを捏造してしまう日が来るのかと思うと、ユノは囲われた檻の中で生活しているからこそ出会えたアラタとの繋がりの脆さが悲しくて仕方がなかった。セカンドワールドでの自分たちの戦いが、実際の世界での代理戦争として利用されていたことと同じくらい悲しかった。

「――ユノ?」

 アラタがユノの名前を呼ぶ。はっとして顔を上げれば、不思議そうに彼女の顔を見つめるアラタがいた。談話スペースの一角でアラタに勉強を教えている最中だったことを思い出すのに、数秒の間が必要だった。普通の人なら何も言わずにユノの反応を窺っているであろうその間すらせっかちならアラタにはじっとしていられないのか、どうしたと言葉を重ねてくる。どうもしないから妙だと感じたんでしょうにとは返さない。余計なことを考えていた自覚がある。できるだけ早く蓋をして、沈めてしまうのがいいだろう。目の前のことに全力で迎えなければ、いつ敗北がユノをこの学園から追い出すかわかったものではないのだから。

「問題解けた?」
「おう、ばっちりだ!」
「じゃあ見せて――うーん、初めの問題から違ってるなあ…」
「うそ!?」
「うそじゃない」

 アラタの手から数学のプリントを受け取る。赤ペンを手に彼の書いた崩れた数字が並んでいる解答欄の上から順に視線を滑らせていく。数学が特別得意なわけではないけれど、アラタに教えられる程度には日々真面目に授業に耳を傾けている。要は基礎がなっていないアラタに公式の類を覚えさせることができればいいのだ。そこからの応用は他人に教わっても、本人の数学との相性次第だと思っている。しかし公式を使った基礎の計算問題から躓いているようでは話にならない。LBXの実力者だからと入学を許された学園に於いても、結局学業から逃れることは出来ないのだ。国家はクラス単位、進学できなければそこから弾きだされる。どうやらアラタはそのことに対して危機感が足りていない。
 ――あなた一人が欠けてしまう、それだけのことなのよ。
 そんな冷たい物言いは、ユノの心にすら冷や水を浴びせる。つい先日知ったセカンドワールドの真実は重たくて、信じ難くて。現実世界へのフィードバックが起こりうる、責任を取る必要のない国家への干渉という戦果はユノたちプレイヤーの目に触れないようになっている。それはまるで自分たちが都合のいい駒にされているようで、けれど実際はその通りなのだろう。学園側も強力なプレイヤーに戦わせることで兵士の数の差ではなく兵士の技量の差が敗北の決定的な要因にならないよう国力と戦術に比例した平等の元にウォータイムを開催できる。プレイヤーは実力者同士ぶつかり合うことで切磋琢磨し、広まった学園のブランド名を背負って卒業まで漕ぎ着ければ自信と実力と、上手くいけば名声までの近道を切り開ける。対等のつもりなのだろう。
 けれど、知ってしまえば気が重くなるのが真実というものだった。その真実をクラスメイトたちの前で詳らかにしてみせたアラタたちであったのに、当人は次のテストに向けての課題の意味が分からないとユノに泣きついている。戦おうと皆を鼓舞したあの真っ直ぐな瞳が情けなく、今にも泣きだしそうに揺れていたこと。そのギャップに、ユノは真剣に考えていた自分がバカみたいだと肩を落とした。いつだって全力なのに、本気と不真面目の落差が激しくていやになる。それでも、嫌いになれないのだからその爛漫さが魅力でもあるのだろう。不満に思うだけ疲れるというものだ。

「ねえアラタ」
「お、採点終わった?」
「わたし、アラタのこと好きだよ」
「――へ?」
「アラタといるとね、なんか、元気になる。怖くて仕方がなかったことが、アラタがいてくれるなら大丈夫って思える」
「お…おう、」
「アラタがジェノックに来てくれて、本当に良かった」
「おう!俺もジェノックに入れて良かったぜ!」
「でもプリントは10問中2問しかあってませんでした。やり直し!」
「え――!?」

 眼前に突きかえされたプリントに、アラタから悲壮な声が上がる。ユノはほらほら頑張ってと鼓舞しながら近くにあった教科書から使用する公式の載っている頁を開いてアラタに示した。
 好きという気恥ずかしさの宿る言葉は感謝の念に溶かしてアラタの内側に落ちて行く。そして埋もれて忘れられてしまうかもしれない。それでも良かった。アラタがいてくれる。代理戦争だなんて突然明かされた真実に戸惑うしかないユノを導くように、彼女なりの結論を出せるまで、彼はきっといてくれる。もしかしたらずっと先に駆けていってしまうかもしれない。それぐらいアラタの速度はめまぐるしくて、時折寂しさすら覚えたりするものだけれど、アラタがアラタである限り見失ったりしないだろう。彼は神威大門統合学園中等部2年5組の瀬名アラタ、ユノのクラスメイトで仲間だ。

「アラタ」
「んー?」
「大好き」
「ユノ…今日変だぞ…どうしたんだ?」
「うふふ、日頃の感謝を伝えてみたくなったの」

 感謝されるようなことをしただろうかと怪しみながらもアラタは素直に礼を言う。こういう時は、先程みたいに「俺もユノが大好きだ」くらいの熱烈な言葉を贈って欲しいのだけれど我慢しよう。クラスメイトで、仲間。それ以上の想いをユノが自覚し、差し出せるようになるその時までは。面倒見の良い副委員長に甘んじてあげるつもり。
 頑是ない子どものように無邪気にLBXを操作していられる時間は終わってしまったけれど、きっと大丈夫。血の流れない戦争は、ユノの胸を貫いて殺しはしないのだから。



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もう死などみなかった
Title by『ダボスへ』





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