古城タケルがキャサリン・ルースを評するに”子どもっぽい”の一語を用いたのは、単純に小柄な体格と、姉のサインを貰えるとはしゃいで回る姿を見たからだ。キャサリンの日常内の様子など、タケルは知らない。アラタの存在が気に掛かるようになるまで、特定の人物を追い駆けたことはない。タケルが仲間の機体の整備とは別に作り上げる機体の性能を引き出すに相応しいプレイヤーを想定して、有力なプレイヤーの情報を聞き逃さないよう耳をそばだてることはあったけれど、失礼ながらタケルのアンテナにキャサリンが引っかかったことはなかった。
 同じダック荘に住んでいても、所属するクラスが違うだけで大抵の人間が余所者に無関心になる。衝突しないだけまだ健全な学生生活を送っている証拠かもしれない。タケルの名前は天才と冠を頂いて学園中を歩き回っているようだけれど、その所為で不躾な視線や僻みを被ることは殆どなかった。狭い世界の話で、有名人とはいえ芸能人ではないのだから当然といえば当然だった。天才メカニックという肩書きの片隅に、さらに古城アスカの弟という呼び名を持つタケル自身、呼称による不便を訴えることはない。ただ手に負えるものでもない。だから、タケルの与り知らない場所で彼に向けられる批評には目を閉じて、耳を塞いでしまえばいい。神威大門統合学園の手狭さと矮小な国家という排他的な環境はタケルに余計な情報の遮断を容易くさせた。そんな風にして、タケルがキャサリンの情報を一切持ち合わせていなかったとしても何ら不自然はないのだと、周囲も本人も思っていた。

「アスカさまのヴァンパイアキャットも貴方が作ったの?」
「そうだよ。まあ、お姉ちゃんがサイバーランス社のイメージガールになってからはあっちの製品でメンテナンスしてるんだろうけど」
「アスカさまが初めてアルテミスを優勝したときのヴァンパイアキャットは完全に古城タケル製だったってことね!」
「うん。まさか本当に優勝するとは思わなかったなあ」
「あら、アスカさまなら当然よ!」
「あはは、そっか」

 タケルの隣で、キャサリンは息巻く。弟と熱烈なファンとでは、張り合う舞台も端から存在しない。そんなつもりはタケルにはなく、そもそも見ている姿が違う。タケルは古城アスカという姉を、キャサリンは古城アスカという偶像を。二人よりも先に生まれた人間は、その時点で彼等の前を歩く。キャサリンはそんなアスカを憧れとして追い駆けているそうだが、タケルは追い駆けずとも家族という枠の中でいつだってアスカを捕まえることが出来る。キャサリンほどの執着はなく、姉であることを度外視するならば確かに彼女は素晴らしいLBXプレイヤーだと讃えよう。だが、それだけだった。
 アスカのサインが欲しいと強請ったことがきっかけで知り合ったタケルとキャサリンの関係は、ダック荘の中でだけ繋がりを維持していた。すぐ隣の教室であるとはいえ、一室の内に国家が集約されている小国では外を出歩くことが殆どない。同盟を結べばウォータイム中に協力することもあるが、プレイヤーとメカニックでは直に接触する機会は多くはなく、その際個人の判別はさほど重要ではない。昼間も放課後も顔を合わせることのない二人だったが、一度顔と名前を認識してしまえば顔見知り程度にはなる。同じダック荘の下で暮らす者同士、食堂で一斉に食事を摂るとなれば自然どちらかが相手を見つけ、目が合えば頭を下げるなり挨拶を交わすこともあった。タケルとしてはそれだけのことで、距離を縮めるような出来事としてカウントされるようなことは何もなかった。だが、キャサリンからすれば数度挨拶を交わして、相手が自分のことを忘れていないと確認できればそれで充分だったらしい。何が充分なのか、正直タケルにもよくわかっていない。
 少なくとも、休日にタケルが食堂の一角で宿題を片付けている姿を見かけたら隣に腰掛けて話し掛けてくる程度の親しみを抱く程度には充分だったということだ。隣に座っている所為で、テーブルの下でキャサリンが両脚をぶんぶん動かしているのが見える。咄嗟に過ぎる子どもっぽいことはやめればという言葉は呑み込んだ。不平を訴えるのは、彼女の足がテーブルにぶつかってからでも遅くはないだろう。
 やはりキャサリンの唇から次から次へと紡がれるのはアスカのことばかりで、タケルには新鮮味のない話だった。それでも適当に相槌を打ちながら、鉛筆を動かす手も止めなかった。彼女の特徴的なソプラノは耳に心地良いような、耳障りなような、何とも言えない感覚をタケルにもたらした。作業中でなければ、もっと優しく話を聞いてあげられたかもしれないのにと残念に思う。具体的な要求もないのだから、タケルが作業を中止する理由がない。キャサリンも単に暇を持て余しているだけなのか、タケルの相槌だけの会話に不満を訴えることもなくぺらぺらと喋り続けていた。

「それで、私が知ってるアスカさまのことはこれくらいなのよね」
「凄いね、僕より詳しいんじゃない?」
「そんなわけないでしょ。貴方は家族なんだから」
「そうかもね」
「ね、私のことはもう喋り尽くしちゃったから、そろそろ貴方の番なんじゃないかしら?」
「――?何が?」

 キャサリンの言葉に、タケルは首を傾げる。もしもタケルだけが知っているアスカの情報があるなら教えろと言っているのなら、それはあくまで家族間の思い出であって、キャサリンの憧れを補強するようなものではない。何より話せと言われて咄嗟にどんな思い出話を披露すればいいのかもわからなかった。
 だがキャサリンは、タケルの察しの悪さにぴたりと停止する。それから、タケルにわかるように説明しようとしているのか何か言おうとするものの、言葉になりきらない声を漏らすだけでなかなか具体的な文章が出て来ない。そんなキャサリンの姿は、先程まで饒舌に瞳を輝かせて、頬を紅潮させてまでアスカのことを語っていたときとはまるで別人のようにしおらしかった。初めて見る意外な姿に驚いて、ついタケルも手を止めてまじまじと彼女の顔を見つめていた。

「だ、だからね、」
「うん」
「私のことは、好きなこととか、沢山喋ったんだから…」
「うん」
「そろそろ貴方のこと、私に教えてくれてもいいんじゃない!?」

 しどろもどろになりながら、キャサリンはたどたどしく語る。そして最後には気恥ずかしさが頂点に達したのか、怒鳴るように捲し立ててタケルから顔を背けた。そんな仕草を、今度は不思議と子どもっぽいとは感じない。瞬いて、彼女の言葉の意味を咀嚼する内にタケルの手からは力が抜けて鉛筆が転がる。

「君は、僕のことが知りたかったの?」

 タケルの、ぽろりと零れた疑問にキャサリンが「そんなにはっきり言わないの!」と怒りながら振り返った。顔を真っ赤にしながら、かち合ってしまった瞳に慌てふためいている。そんなキャサリンの姿に、タケルはやはり子どもっぽいと思うことはなかった。
 ――可愛い。
 心に浮かんだ新たな印象は、益々キャサリンを刺激してしまうだろうから胸の内に仕舞っておく。そして彼女の望み通り自分のことを知ってもらおう。その為に何を話そうか。そう思考を切り替えたタケルは取り組んでいた宿題のノートをしっかりと閉じていた。
 そんな自身の子どもっぽさを、タケルは不思議と悪いとは思わなかった。



―――――――――――

細胞単位で教えてよ
Title by『彼女の為に泣いた』





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -